弔いの旅路-3
海良は思い出していた。アストラガスが分かれる前に放った「墓守」と言う言葉。あの時は何を言っているのか分からなかったが、今なら多少の推察が出来る。異邦人の魔術暴走によって死に絶えた場所で、生き残った彼らは花を手向けながら生活しているのだろう。決して忘れず、信仰を抱きながら。
北の教会に行けば、もう一度アストラガスと会えるかもしれない。その事実は、海良の胸に小さな火をつけた。ロータス教会を異邦人が滅ぼしたという話を聞いてから、海良の中には一つの決心があって、それは日に日に大きくなっていく。
せめて彼には、自分が異邦人だという事を打ち明けて、直接謝りたい。それが何になるのかと問われれば明確な答えは無いけれど。
男に礼を述べて、海良は三人へ合流する。何事もなく街へと入った彼の様子に、ラウルは胸を撫で下ろした。
「ひやっとしましたよ。」
「うん、俺も。」
安堵のため息を漏らすラウルを見て、海良は笑った。ラウルの隣にいたアンスリウムが表情を硬くしたことには誰も気付かなかった。
その日の夜。自警団の案内で一つの宿屋に案内され、四人は二つの部屋を宛がわれた。混乱を避けるために自警団の人が事前に宿の主人に事情を説明しており、人の姿をしている三人は自由に移動してもいいが、獣人の姿をしているゲンゲツだけは部屋から出来るだけ出てこないでほしいというのが宿屋に泊る条件として提示された。
それに不満な顔をしたのは海良一人だけで、それ以外の三人は当然とばかりに二つ返事で取引を受けたものだから、反感を持った海良だけが拍子抜けする結果となった。
当事者であるゲンゲツすら違和感を持っていない物だから、どうにも反論することも気が引けて、海良は言われるがままに宛がわれた部屋へと移動する。監視と牽制の意味もあって、海良はラウルと同じ部屋に泊まり、ゲンゲツがアンスリウムと同じ部屋となった。
部屋は簡素な設えながらも清潔に保たれており、海良は長らく出会うことのなかった真っ白なシーツを見ると、目を輝かせて飛び込んだ。柔らかな弾力が体を抱きとめて、わざと体重をかけながら何度もその感触を楽しむ。
子供のようにはしゃぐ海良を見て、ラウルも楽しそうに荷物を置いた。
「宿が取れてよかったですね。」
気軽な調子のラウルの声に、海良はバタバタと動かしていた手足をピタリと止めた。何も言わず、身動きもなくなった海良をラウルは不思議そうに見つめる。しばらくの沈黙の後で、シーツの底からくぐもった声が聞こえた。
「ごめん。」
ベッドに顔を埋めた海良は、ただそう言った。
それは、ずっと言いたかった言葉。一人で置いて行ってごめん。騙すようなことになってごめん。俺が逃げ出したばっかりに、あなたに迷惑をかけることになってごめんなさい。ずっと、そう言いたかった。
「シンくん、僕はね、怒っています。」
ラウルが言う。
「待ってると言ったのに、君たちは帰ってこなかった。君は異邦人で、彼はその逃亡を助けた騎士で、あなた達にさえ出会わなければ、僕は今頃こんな境遇にはいなかった。獣人が元は人間で、僕たちは同じ人を足蹴にしていたかもしれなくて、災厄というものが実は普通の少年だった。」
彼の言葉が、海良の耳には痛い。奥歯を強く噛みしめて、目に力を入れていないと涙が零れそうだった。けれど、耳を塞ぐことはしない。聞かなければいけないから。
「あなたと出会ってから今までの間に、いろんなことを知りました。分かりますか。知ったということは、今まで知らなかったということです。僕は今まで、異邦人が異世界から勝手に呼ばれた人を指すだなんて知らずに生きてきた。腹立たしいのです。知らない人を忌み嫌って生きてきた。知らぬ人の悲運を歌にして日銭を稼いできた。それが酷く、腹立たしいのです。」
ラウルの声はいつだって歌うように朗朗と響く。彼の風貌からは想像できないほど力強い言葉は、彼という人間らしく優しい音と共に生まれて、海良には涙が出るほど心地良い。
「だから、僕は君に会うために、騎士団へと随行したんだ。ちゃんと言いたかった。あの時、食べ物と明かりを分けてくれてありがとう。そして……。」
気を抜くと涙が溢れそうだった。ぎゅっと強くシーツを握る。
「そして、あの時辛い歌を聞かせてしまってごめんなさい。」
騎士クリーデンスなんて、歌わなければよかったと、ラウルは何度も思った。西の古城で海良がクリーデンスを否定した時も、ゲンゲツが昔話をした時も、その考えは重くラウルの肩にのしかかり、日に日に重みを増していく。クリーデンスという騎士が、前回の異邦人をどれだけ大切に扱っていたのかなど、この少年に語るべきではなかった。自分があの時違う演目を選んでいたら、彼の絶望はこれほど深くならなかっただろうに。そう、自分を責め続けてきた。
鼻をすする音がして、海良が驚いて顔を上げると、そこには目を真っ赤にしたラウルの顔があった。何の前触れもなく頭を上げた海良の動きに、ラウルは何がおかしいのかクスクスと淚混じりに笑い出す。
「シンくん、目が真っ赤です。」
指摘されなくても分かっている。海良は、ごしごしと目元を擦ると、ラウルに釣られて笑い出した。
「呼び捨てでいい。俺もラウルって呼んでる。」
「君は初めから、僕のことを割と見くびっていますよね。」
「俺にとってラウルは、ただの面白吟遊詩人なんだよ。」
そう言って海良はふかふかのベッドから腰を上げた。荷物も持たずに部屋を出ようとする海良の格好を見て、ラウルが「夕食に行きますか?」と問いかけた。
宿は一階が食堂、二階が宿泊施設という造りになっていて、夕食を摂るためには下階へと降りななければならない。それを指しての言葉だったが、海良は首を横に振った。
「下で軽食を作ってもらってくる。ゲンゲツが部屋から出られないのに、俺が一人で自由に行動するのも気が引けるし。部屋で食べるよ。」
ついでにゲンゲツの分も何か作ってもらおう。そう海良が思っていると、ラウルが大きく頷いて
「では、私もそうしましょう。私の分も何かお願いしてよろしいですか?」
と言い出した。
「三人で、ゲンゲツさんのお部屋で晩御飯と致しましょう。」
「四人じゃなくて?」
海良の素朴な疑問に、ラウルは笑って応える。
「きっとアンスリウムさんは、お一人で勝手に下に行っていると思いますよ。」
ラウルが予想した通り、階段を降りた先にある食堂の片隅で、アンスリウムは酒瓶を抱えて塞ぎこんでいた。空になったコップに手酌で酒を注ぎ、一気に飲み干したら底を叩きつけるようにテーブルへ置く。周りの客が何事かと注目するのもお構いなしに、アンスリウムは深いため息と共にテーブルへと突っ伏した。
何故俺は、こんなところで一人酒などしているのだろうか。
どこからおかしくなってしまったのか、これまでの経緯を思い返してみるが、どの時点で歯車が狂ったのかなどもう良く分からない。なんとなく、異邦人が悪い気がする。
そもそも、俺は今どこかおかしい。
アンスリウムは街に入る時に自警団へと見せた、騎士紋を懐から取り出して手の中でクルリと回す。照明を照り返して、紋章が眩く光った。
騎士紋は、自分が騎士団に所属するという証明書で、騎士にとっては剣の次に大切な物だ。これがあれば、ファング王国での権限が保障される。今回のように、多少無理な設定でも、騎士が付いているというだけで住民を納得させることも出来てしまうのだ。
どうして俺は、名誉あるそれを使ってまで彼らに協力しているのだろうか。




