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弔いの旅路-2

「ええ。この町の話です。」


 ラウルが苦々しい顔で頷いた。


「王都から派遣された捕縛隊が、東の塔で異邦人を討ち損ねたらしいから、厳戒警備中だとか言って、宿場町にも関わらず顔に見覚えの無い余所者は全て立ち入り禁止にしたのです。そのおかげで、こちらで野宿の装備を整えながら計画を練るつもりだった私は、身一つで夜の森に放り出されたという顛末ですよ。あ、思い出したらまたムカついてきた。」


 弱々しい両腕を突きだすシャドウボクシングをしながらラウルがボヤいているのを、海良は居た堪れない気分で聞いていた。


 彼があの日、真っ暗な森を半べそを掻きながら歩いていたのも、俺のせいだった。


 俺が東の塔から離れていなければ、彼はあんな風に不安を抱えながら彷徨うこともなかったし、西の古城で大捕物に巻き込まれて地底に落ちることもなかったし、この歪な旅路に参加することも、異邦人と関わることも無かった。


 彼の不幸の元凶が全て自分のようで、海良は三人の輪からそっと一歩下がる。今更ながら、自分が彼らと共にいて良いものか、よく分からなかった。


 鼻息も荒く先頭を歩くラウルと、その少し後に遅れて呆れた顔のアンスリウム。いつになく戸惑い気味のゲンゲツの背中を眺めながら、最後に海良という順で街の入り口へと至った。


 槍を持って立っていた自警団の男たちは、初め自分たちが一体何と対面しているのか理解できないといった様子で立ちすくみ、見る見る間に顔を青くしたかと思うと、今度は真っ赤に表情を強張らせてゲンゲツに向かって槍を構えた。


「じゅ、獣人だ!獣人が現れた!」


 穂先を向けられたゲンゲツが立ち止まって、両手を上げる。自警団とゲンゲツの間に、ひょろりとラウルが体を割り込ませて、ワタワタと焦ったように手を振った。


「申し訳ありません!勘違いなのです!」


 突然割り込んできた吟遊詩人の存在に自警団は鼻白んだが、槍を退けようとはしなかった。彼らは互いに仲間と顔を見合わせると、何度か目配せをし合って、そうしてリーダー格の男が一人口を開いた。


「何が勘違いなのだ。何故お前は獣人と共にいる。目的は何だ!」


「仰ることは尤もですとも!皆さまを混乱させてしまい、申し訳ありません!私は旅の吟遊詩人ラウルと申します。この度は王都より招集を受け、歌を歌いに参上する道行でございます。」


「王都で歌を……?」


 食い付いた。


 ラウルは心の中でガッツポーズをした。しかし、決して態度に出してはいけない。長く一人旅を続けて来た教訓として、ここで彼らの上に出て良い事など一つもないことをラウルは良く知っている。この街は彼らのテリトリーで、自分たちは余所者だ。だから、どこまでも徹底して、彼らに敬意を払わねばならない。それが対話への一番の近道だ。


「はい。東の塔で異邦人の処刑が失敗したという事態を危惧した国王が、国中の吟遊詩人に言ったのです。『異邦人がいかに邪悪か民衆に知らしめよ。』と。憎悪を思い出し、警戒を怠るなということでしょうね。ですから、王都までの村々へ立ち寄る、歌いの旅をしております。こちらの二人は、その芸人仲間なのです。」


 ラウルが海良とゲンゲツを指さす。事前の打ち合わせ通りに、二人は無言で深く頭を下げた。


「私の歌は舞付きなのです。私が奏で、物語を辿りながら彼らが躍る。そちらの少年が異邦人役で、カイラと申します。そしてそちらが、獣人役のゲンゲツ。獣人役ですので、それらしく見えるよう専門の魔道士に魔術をかけて頂いております故、皆さまに誤解を与えるような事態になってしまい……。」


 申し訳なさそうに頭を下げるラウルの横から、アンスリウムが悠々と歩み出てくる。


「国民にいらぬ不安を与えぬよう、私が護衛を仰せつかっている。我が名は王宮直属、深緑騎士団が団長アンスリウム・クルシア。こちらが身分証だ。」


 かつてクレイが見せたようなレリーフの勲章を自警団のリーダーへと手渡す。彼らはそれをまじまじと見分すると、丁重な仕草でアンスリウムへと返した。


「クルシア様と仰いますと、あの三大貴族の……。」

 

 戸惑い始めた自警団に、ダメ押しとばかりにラウルが声をかける。


「信じて頂けますでしょうか……?いえ、ご迷惑であれば無理に立ち入るつもりはありません。諦めて野宿することに致しますので。騎士様も、よろしいですか?」


「私は別に構いませんとも、ラウル殿。この身は騎士なれば、民を無暗に恐れさせるのは本意ではありません。」


 にっこりとアンスリウムがラウルへ微笑む。その顔を見て、誰だお前と海良は場も弁えずツッコミたくなった。そんな爽やかな笑顔で笑えるのか。マジかお前。今までの仏頂面は何だったんだ。


「なかなか騎士団長っぽい。」


 自警団へは聞こえないように小さな声で海良がそう言うと、同じく自警団からは見えない程度に小刻みにゲンゲツが頷いた。


「猫を被っておるわ。」


 へぇ、こっちの世界でも猫って被るものなんだ。と海良が思考を飛ばしている間に、前衛の二人で話がまとまったようだった。自警団たちが武器を下ろし街への入り口を解放していて、ラウルが二人に手招きをしている。どうやら街に入れてくれるらしい。この世界に来て初めてふかふかのベッドで寝られるのかと思うと、どうにもこうにも気分が浮き立つ。隣にいたゲンゲツも作戦成功に安堵したのか、いつもよりも軽い足取りで二人の元へと向かった。


「ちょっと坊主。」


 突然、自警団の中から海良に声がかかる。ビクリと体を振るわせて、海良が足を止める。他の三人にも緊張が走った。もしかして、彼が異邦人だとバレたのだろうか。いや、しかしそんなことはありえない。人間には、人間に紛れた異邦人を見分ける手段などない。


 ぐるぐると頭を回転させながら、ラウルは成り行きを見守っていた。万が一の場合には裸足で逃げ出すしかない。そう覚悟を決める。


 自警団の一団から出てきたのは、一人の中年の男性だった。海良は、その男に見覚えがあった。海良が異邦人だといって広場で押さえつけられた時に、一番初めに声を掛けてきた人。彼は気まずそうに頭を掻きながら、海良の前へと進み出てくる。


「あんた、王都から招集された旅芸人だったんだな。だからあの騎士も極秘任務だって……。勘違いして悪かった。本当に。」


 その言葉に、胸がつまる。謝ってもらう必要なんてない。あんたらは正義から行動を起こし、結果として正解を引き当てていたのだ。謝るのは俺の方だ。そう海良は彼に言いたかった。


 けれど、それはできない。異邦人だと身分を明かすことなど、出来やしないのだ。それは自分を街へ入れてくれようとしたラウル達への迷惑を考えてのことでもあったし、しかしなによりも心の一番上にあったのは自分の保身だった。


 だから、海良は小さな声で「気にしてないよ。」と言うのが精一杯だった。自分があまりにも浅ましい生き物に思えて、酷く胸が軋んだ。もっと堂々と胸を張って、前を見つめて生きていきたいのに。


 ああ、そういえば。そんな風に生きていたアストラガスは、まだこの街にいるのだろうか。


 海良の頭にそんなことが浮かんだ。どうしてか無性に彼に会いたくなった。


「なあ、おじさん。あの時俺を庇ってくれた人、アストラガスさん、どこにいますか?」


「ああ、彼ならもう出たよ。」


 男からもらった答えは無情だった。そしてそこで初めて、アストラガスが街の住人ではないことを海良は知った。


「どこに行くとか、どこに住んでるとかご存知じゃないですか。」


 それでも諦め切れなくて、海良は男へ縋る。男はしばらく考えた後、そうだなぁと呟くと、確証はないんだけれどと前置きをした上で教えてくれた。


「北の教会跡にいるんじゃないかと思うよ。ロータスの生き残りは、みんなそうだ。彼らは今でも教会の遺構を守って生きていると聞くからね。」


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