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弔いの旅路-1

 北の教会に行くにあたって最も問題となったのは、どうやって他人に姿を見られずに目的地まで行くかということだった。


 海良はまだいい。彼は一見しただけでは異邦人に見えず、少なくともアンスリウムと共にいれば、他者からの疑いを払拭することができる。


 それに比べて、ゲンゲツは完全にアウトだ。彼の姿は獣人その物で、人の街に入る事はおろか、街道で他の旅人に姿を見られることすら許されない。


 どうしたものかと悩む海良とラウルに、アンスリウムがあっけらかんと言い放ったのは


「別々に行動すればいいのではないか?」


という元も子もない意見で、ゲンゲツは当然それに異を唱えた。


「私が付いていなければ、騎士殿が真に何をするか分からぬではないか。」


「まあ確かに、それもそうなんだがな。」


 当然のように頷くアンスリウムを見て、海良は身を震わせた。分かりあえたとは言わずとも、多少の相互理解は出来たと思っていたのに、アンスリウムはまだ隙あらば海良を捕らえて殺そうと思っているらしい。それに気づいて、海良は必死で手を上げる。


「ハイ!ハイ!俺とゲンゲツさんが二人で街道外れからアプローチするから、アンスリウムとラウルは街道を行けばいいと思います!」


「却下だ。」


 アンスリウムが呆れた顔で手を振る。


「俺が付いていなければ、獣人がお前を連れて逃げるかもしれん。」


「確かに、無い話ではあるまい。」


 納得するゲンゲツの様子に、ラウルは肩を落とした。各々の立場上、仲良くすることは出来ないだろうが、これは少し殺伐としすぎているのではないだろうか。気ままな一人旅を続けていた身としては、この雰囲気がずっと続くのは多少辛いものがあった。


 皆が頭を悩ませていると、アンスリウムがふと視線を海良へと向ける。何か言いたいことがあるのだろうかと海良が促すように小首を傾げると、彼はまるで学校の先生のような口調で言った。


「確かに敬称に様を使うなとは言ったが、呼び捨てを許可した覚えはない。」


「へ。」


 素っ頓狂な声を上げた海良が目を丸くする。そう言えば確かに、彼を呼び捨てにしていたかもしれない。自分の言葉を思い出す。


 うーん、呼び捨てにしている。


 そもそも今まで全くの敵だった人間相手に、アンタ呼びの延長で名前を呼んだから、すっかり敬称という存在を忘れていた。ちなみに地下での事はノーカンだ。人は誰かにお願を聞いてもらいたい時には下手に出る生き物だから。


「しかもお前、そこの獣人は丁寧に呼んでいたな。どういうつもりだ。」


「どういうつもりも、ゲンゲツさんは四百歳なんだぜ?呼び捨ては無理だろ。」


「私は別に構わんのだが……。」


「俺はお前より年上で、それほど親しくもない。呼び捨てにされるのは心外だ。」


 憮然とした口調で言うアンスリウムに、海良はこいつ結構面倒臭い男だなと思った。敵対していて、相手がこちらに良い印象を持っていないから、大小のすれ違いが生まれるのだと今の今まで思っていた。王宮騎士団長というのは、豪放磊落で大きな器の凛々しい男がなる職業だと思っていたが、どうやらそれは違うらしい。


 様をつけるなとか、敬称はつけろだとか、そのくせ自分は他の人を名前で呼ばないし、今だってゲンゲツの事を獣人と呼んだ。嫌な奴だ。


「はいはい、申し訳ありませんでした。アンスリウムさん。」


「異邦人の分際で可愛げのない。」


「アンスリウムさんさぁ、その異邦人っていうのやめろよ。俺にだって名前があるんだから。自己紹介、聞いてなかったわけじゃないだろ?」


 海良がそう言うと、アンスリウムはそれを鼻で笑う。


「必要性を感じないな。」


「なんだよそれ。」


「お前を名で呼ぶ必要がないと言っている。異邦人で十分だろう。」


「少々お待ちください、アンスリウムさん。それ、すぐ必要性出てきますよね?」


 口を挟んだのはラウルだった。皆が彼に注目すると、ラウルはキョトンとした顔で


「だって、これから先、人前でシンさんを異邦人って呼べないでしょう。すぐにこの旅が破綻しますよ。それどころかアンスリウムさん、異邦人を捕えずに共に旅をするだなんて、王国の叛逆者として捕まるんじゃないですか?」


 と言った。


 あまりの正論に、アンスリウムが苦虫を噛み潰したような顔をする。そもそも、召喚された異邦人を殺さずに放置していること自体が命令違反であるし、その上人間の敵であるはずの獣人と連れ立っているだなんて、確かに大きな醜聞である。騎士団に連絡が出来てい事実も合わさって、アンスリウムの立場は大変良くない。


 勝ち誇ったように見上げる海良の顔が面白くなくて、アンスリウムは彼らからそっぽを向いた。


「こんな奴、お前と呼べば十分だ。問題ない。」


「アンタ見かけ通りの強情だな。」


「アンスリウムさん、人間が小さくていらっしゃいますよね。」


 同情にも似た眼差しは無視して、アンスリウムは明後日の方向を向いたまま動かなくなった。


「初めの話に戻ろうではないか。私が居れば街に入れぬという問題であっただろう。」


 ゲンゲツの言葉に、海良が頷く。やはり街道を外れて人気のない場所で野宿しながら向かうのが最適だろうか。クレイとの旅は、色々あって結局ほぼ毎日が野宿だったので、無理ではないだろうと海良は考えていた。


「ああ、それなんですけれども、私良い事を思いつきました。」


 手を上げたのはラウルだった。


「この方法を使えば、街道を行くことは叶わずとも、夜は街に入る事が出来ると思うんですよね。アンスリウムさんとゲンゲツさんには、一芝居売って頂かないといけないのですが。」


 ラウルの提案を実践するのは、西の古城を出てから三日ほど経った日の事だった。三日の間は、出来るだけ暗くて周囲から見えない場所にキャンプを張り、木の下で見張りを立てながら野宿した。ラウルが言うには、その方法は小さな集落では失敗する可能性が高いため、大きな宿場町に入る時のみ使おうという事だった。それでも、北の教会までの道のりで、数夜に一度でもベッドで寝られるというのは活気的な話であったので、これが本当に成功する可能性があるならば、やってみる価値はあった。


 一番心を躍らせていたのは当のゲンゲツで、何故かと問えば何でも、獣人が住家から移動する時には絶対に人の前に姿を現さないように細心の注意を払うため、海良を召喚してからこっち、ずっと食うや食わずの野宿生活を送っていたらしい。


 そしてその時が来た。日が落ちる前に辿り着いた街の様子に、海良は酷く見覚えがあった。クレイと訪れた最初で最後の宿場町。今は入口に槍を持った自警団が立ち、街に入ろうとしている人を見分しているが、一番初めにここを通った時は本当にのどかな街だった。そして、海良はこの町の名を知らない。知らずに、今まで過ごしてきた。


「ツワブキ宿です。」


 まるで海良の胸の内を悟ったかのように、ラウルが言った。彼もまた、苦々しい思いを思い返しながら、街の様子を見る。


「ここらでは一番栄えている宿場ですが、僕を追い出した憎き街でもあります。思い出しただけでも腹立たしい。」


 彼の言葉に、海良はラウルと初めて会った時のことを思い出していた。もう日もすっかり沈んでいたというのに、森の中を彷徨って、飛び出てきた吟遊詩人。


 アンスリウムが「そう言えば。」と呟く。


「たしか、異邦人騒ぎで街を追い出されたと言っていたな。ここのことか。」


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