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400年の空白-8

 二人に押し切られるようにして話は終わる。そのことに少しほっとしながら、海良はクレイのことを考えていた。彼はいつも、俺を心配させたくないのだと言っていた。海良がクレイを騎士だと勘違いしたことを正さなかった時も、王国ではなく教会が異邦人の命を狙っているのだと嘘をついた時も、彼は心配させたくなかったと何度も繰り返した。


 しかし、別に正直に話してくれても良かったのではないだろうか。


右も左も分からない異邦人相手に、どうして国の歴史を偽る必要があったのだろう。それが分からない。たとえ初めから、ちゃんとした国の歴史を伝えられても、俺はきっと彼のことを信じてついて行っただろう。そんな自信がある。


 クレイは俺の、何が信じられなかったんだ?


 それともまた、クレイが「その事」を心配したのは、俺にではないのだろうか。


 その考えに至った途端、すっと隙間風が吹いたように、海良の心は冷たくなった。心なしか、照らしていた明かりが風に煽られたように揺らぐ。


「おい。」


 アンスリウムの不機嫌な声が飛んできた。


「しっかりしろ。」


 彼にしてみれば、ただの苦情であったかもしれないが、その声は海良の体の底に重く響く。不思議と腹は立たなかった。三人が、己の照らす明かりを頼りに歩いていることを思い出して、海良は背筋に力を入れる。頭の中でいっそう強く明かりをイメージした。


 闇夜を照らす篝火では足りない。あの炎は温かくて美しくて離れがたいが、それでは弱すぎる。もっとしっかりと足元を、そして行先を照らしたい。


 頭に浮かぶのは、自分を庇って両手を広げてくれた蜂蜜色の髪をした青年の背中。アストラガス。彼は、教会の生き残りだと言っていた。かつて、俺より前に来た異邦人が滅ぼしたロータス教会の子孫。異邦人を憎んでいるはずなのに、その嫌疑をかけられた俺に理性的な態度で接してくれた。憎悪に溺れることなく、復讐に塗れることなく。


 雫が水面を打ったような彼の雰囲気と、村人の前で誇りを説く堂々とした姿が、何度も思い返される。眩い。眩いほどの矜持。それは周囲の曇った心をも照らす。


「凄い……。」


 ラウルは思わず声が漏れた。段々と強さを増した明かりはオレンジ色から白へと色を変えて岩肌を照らし出す。太陽の光にも似て、それでいて肌を焼かない柔らかさも併せ持ったそれは、例えるならば冬の日の朝に似ていた。


 感嘆のため息をつくラウルの横で、ゲンゲツも関心して何度も首を振っていた。


「先ほど石碑を破壊した時にも思っていたが、真の魔力量は今までの訪い人と比べても格段に多いように見える。行使の素質も十分だろう。改めて、我々からの頼みを聞いてはくれないか。」


 ゲンゲツが何を言おうとしているのか、その場にいた者は皆既に理解していた。彼の話が本当であるなら、彼の悲願はただ一つ。東の塔の人々を、人間に戻すことだ。それは、海良にしてみれば断る理由のない頼みごとだった。


 この世界は、俺を海良真という一個人だと決して認めてくれない。みんな、異邦人であるこの身を追っている。国王も、住民も、騎士も、獣人も、クレイだってそうだった。だでも海良真を見ていない。俺は、異邦人だ。


 そして人は誰も異邦人を必要としていない。異邦人は災厄で、化け物で、いてはいけない物だ。その中でゲンゲツが、獣人がそんな異邦人の力を必要としてくれるなら、出来る限り応えたい。例えそれが、俺その物への必要性でなく、異邦人という属性に対してだとしても。


 心は決まっていた。しかし、その前に言わなければならないことがある。


「ゲンゲツさん、俺、さっきの話を聞いて、あんたの話が本当なら獣人の助けになりたいって思った。」


「ならば……!」


「でも、ごめん。俺からも一つお願いがある。それは、ゲンゲツさんだけじゃなくて……その……。」


 気まずげな視線を向けられたアンスリウムが、珍しく少したじろいだ。今まで憎らしいほどに小生意気だった異邦人が遠慮がちにこちらを見ているという事態に、彼は身構える。


「アンスリウム……さん。様?」


「様はやめろ。気色の悪い。吟遊詩人、今後はお前もだ。」


「え、私もですか?」


「当然だろう。お前が妙な呼び方をするから異邦人が真似るんだ。」


「偉い人には媚び売っといて損することはないんですよ!?」


「どんな人生を歩んできたんだお前は。で、俺に願いとは何だ。言ってみろ。」


 自分で話を中断しておきながら、先を促す尊大さに多少イラッとしながら、海良はそれをなんとか押しとどめる。


「地下から出たら、ロータス教会を見に行きたいんだ。だから、しばらく殺さないで下さい。」


「はぁ!?」


 アンスリウムの驚嘆が辺りに響く。ビリビリと鼓膜を刺激するほどの大声に、三人は顔を顰めた。

 海良の願いは、アンスリウムにとっては素っ頓狂なものだった。願いその物は、大して意外性も何もない、ただの命乞いだったが、そこに付随してくる理由がおかしい。


 何故この異邦人がロータス教会に興味を持つ?


 アンスリウムの頭の中は疑問でいっぱいだった。


 アンスリウムの常識に照らし合わせて考えてみれば、異邦人という存在はもっと身勝手な生き方をするものだ。


 勝手に獣人が連れてきて俺たちの国を荒し、捕縛すれば殺さないでと泣きわめく。そんなものにかける情けなどなく、俺の仕事は常に、何か良くないことが起きる前に彼らの首を狩る事だった。そんな奴が、どうしてロータス教会に行きたいなどと言い出すのか、意味が分からない。


 アンスリウムの疑問に答えようとするように、海良が続ける。


「さっきの話、ゲンゲツの知ってる歴史にしても、ファング王国の人たちが知ってる歴史にしても、どっちでもロータス教会は異邦人が滅ぼしたんだろ?だったら、俺はそれを見ておきたい。だから、お願いします。ロータス教会に行くまで、俺を殺さないで下さい。」


 それに何の意味があるというのか。


 異邦人がロータス教会に行く意味が分からない。異邦人が何を思い、何をしようとしているのか、全く理解ができなくて、アンスリウムは眉間に皺を寄せて考える。


「命乞いの口実か。」


「そうじゃない。」


「クリーデンスと落ち合うつもりか。」


「違うってば。俺は……。」


「では何だと言う!貴様がロータス教会に行く理由など、ありはしない!」


「俺は!」


 異邦人の放つ明かりが、いっそう明度を増したように見えた。砂利道の影が濃くなって、長く伸びる。眩い。アンスリウムはそう思った。


「俺は、異邦人が滅ぼしたっていう街をちゃんと見ておきたい。見て、知って、それで出来れば手を合わせたい。」


「手を、合わせる?」


 聞きなれない単語に、アンスリウムは呆然と問い返した。


「えっと……、祈るってことだよ。鎮魂。安らかにって。」


 そう言って目の前の異邦人は掌を合わせたが、アンスリウムはただそれを眺めるだけで、二の句が告げなかった。どうしてこの異邦人は、まるで人のような事を言うのだろう。この世に災いをもたらすために存在する化け物が、何故俺たち人と同じような感性を口にする?かつて騎士クリーデンスは、異邦人の邪法にかかって、その気高く強い心を歪まされたのだと王から聞いた。これが、そうだというのだろうか。


「何故、祈る?」


 恐る恐る問いかけると、異邦人は驚いた顔をした後に少し思案して、そして言った。


「俺が異邦人だから。」


 その顔があまりにも悲しそうに歪むものだから、悲哀に満ちているのに瞳は強いままだから、アンスリウムは心臓がズキリと痛むのを感じていた。


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