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400年の空白-7

海良にとってそれは至極全うな意見のように聞こえた。


「異邦人は聞きかじりの魔術で家に帰ろうと試みて、その魔力を暴走させた。その結果は君たちが知る通りだ。あの日から、この国唯一の権力者となってしまったファング国王は異邦人捕縛令を出し、ずっと獣人と異邦人を憎んでいる。それでも我々は、異邦人を呼ぶ事をやめられない。塔の知力を結集して、独自に異邦人を召喚する方法も編み出した。その存在に敬意を表し、呼び方も変えた。どうしても、私は守らねばならぬのだ。国王陛下の遺言を。」


「そんなことが……。」


 ラウルが眉を顰めて呟いた。先を歩くアンスリウムも、ゲンゲツの話の間は口を挟むことなく、何かを考えているようだった。そして、海良は首を傾げる。


「何があったんだ?」


「え、ご存じないのですか?」


 彼の間の抜けた問いかけに答えたのはラウルだった。


「北の教会、ロータス教会と言うのですけれど、300年前に呪いをかけられて壊滅したのです。異邦人と獣人の攻撃だと、伝承には残っておりますよ。その事件をきっかけに、ファング国王は異邦人への取り締まりを強化したのです。しかしまさか、そんな事があったなんて。」


 ロータスという音の響きに、海良は覚えがあった。宿場町の人々が、アンスリウムが、そしてアストラガスという青年が口にしていた街の名前。何か不幸な出来事があった場所の名前なのだろうと察してはいたが、それが北の教会の名前なのだという。


 いや、まて。そもそも彼らは何と言っていた?北の教会が、300年前に滅んだ?それはおかしいじゃないか。だって、クレイは。


「俺の……異邦人の命を狙っているのは教会だって、クレイは言ってたのに。」


「え?いえ、ですから教会は300年前に滅んでいます。異邦人の斬首を命じているのはファング国王陛下で、だからアンスリウム様率いる王宮騎士団の方々が……。」


 そこまで言って、ラウルは黙り込んだ。顎に手を当てて何か思案して、それからひとつ頷いた。


「一つずつ、整理しましょう。私たちに足りないのは、お互いの理解です。」


「そうだな。」


 彼の提案に、意外にもアンスリウムが同意した。


「意外だな、王都の民よ。貴殿が一番拒否反応を示すと思っていたが。」


 ゲンゲツの疑問をアンスリウムは笑いとばした。


「お前の話は荒唐無稽だ。だから真偽を判断する必要がある。それだけだ。それに……。」


 一瞬、彼は言葉にするのを躊躇った。そして、頼りなげにゲンゲツの顔をチラリと見ると、一呼吸置いたあと心の内を吐露する。


「俺の名は、アンスリウム・クルシアだ。お前の話の中に出てきたロゼア・クルシアは、俺の先祖に当たるんだよ。」


 アンスリウムの告白に、ゲンゲツは微かに目を細めただけだった。それが何を意味するのか、海良には理解できない。しかし今はそれよりも重要な事がある。


「待って。でもそれ馬の名前だよね?」


 突拍子もない単語に、全員の目が点になる。注目を一身に浴びた海良は、慌てて体の前で両手を振った。


「いや、違うんだ。クレイが連れていた馬の名前がな、ロゼアって名前でさ。」


「ふっ、そうか。馬の名か。」


 ゲンゲツが面白そうに声を震わせた。笑うまいとして呼吸を止め、我慢ができなくなって失敗する。洞窟のような道行に笑い声が木霊した。


 ひとしきり笑って満足したゲンゲツが、目じりに溜まった淚を吹く。


「失礼。ロゼア・クルシアはファング王国創設期の三戦士として現在まで名が広まっている故、かの騎士クリーデンスもそれにあやかったのだろうよ。それにしても、馬か。」


「俺の先祖を馬の名になど、不敬にも程がある。やはりクリーデンスは気に食わん。」


 憮然とした顔でアンスリウムが言う。それがまた面白かったようで、ゲンゲツはまた体を揺すった。


「それで、シン君は北の教会に追われていると思っていたのですか?それはどうして。」


 気を取り直してラウルが話を海良に振る。問われた海良は、東の塔に来てからの事を一つずつ思い出しながら話した。


 クレイを王宮騎士だと勘違いしていた事。王国と教会が敵対していて、異邦人を処分したい教会から王宮騎士が異邦人を保護していると説明を受けた事。アンスリウムたち深緑騎士団を教会から派遣された傭兵だと思っていた事。全て少しずつ、つっかえながら話した。三人は口を挟むことなく、真剣に話に耳を傾けてくれた。全てを余すことなく話し終えた後、ラウルが眉間に皺を寄せて、低い声で言った。


「シン君が聞いた伝承は、全くの出鱈目ですね。教会が異邦人を忌み嫌い、王国が保護する……か。実際には、教会への攻撃を目にした当時のファング国王が異邦人を敵視し、現れる度に処断しようとしているのです。先ほどのお話によると、誤解のようですが。でもどうしてクリーデンス様は、そのような嘘をついたのでしょう。」


「狂っているのだろう。当の昔に。」


 吐き捨てるように言ったのはアンスリウムだった。


「そもそも、異邦人に恋をするような男だ。もともと正気でなかったのだろうよ。」


「クレイのこと、そんな風に言うな。」


 抗議の声を上げたのは、先頭をいく海良だった。不機嫌を隠そうともしない、感情が高ぶったままの彼の声が、辺りの岩に反響して木霊する。アンスリウムが口を噤んで不快そうに彼を睨み付けたが、先ほどまでの戸惑った態度から一転して海良は決してアンスリウムから目を離そうとしない。そうして、真っ直ぐに彼を見つめたまま、もう一度口を開く。


「クレイはそんな人じゃない。」


 アンスリウムも海良の真っ直ぐな瞳から目を逸らさなかった。


「そんなに奴がお気に入りか。」


「何当たり前のこと言ってんだアンタ。俺は今までずっと……そりゃ、そんな長い時間じゃなったけど……、それでもずっと一緒にいたんだ。クレイがそんな人じゃないって知ってる。」


 そうじゃなければ、命を投げ出してまで石碑を破壊しようなんて考えなかった。クレイの誠実な瞳が好きだ。柔らかく笑う目尻が好きだ。それを汚したくなかったから、あの時なりふり構わずアンスリウムとゲンゲツに声をかけたのだ。


 少年の強い瞳に、アンスリウムは不思議と苛立った。この異邦人も、クリーデンスも、何もかも気に食わない。そもそも、何故俺は異邦人と獣人と連れだって歩かなければならないのか。こんな状況じゃなければすぐに拘束してやるのに。


 そんな不満が一気に噴き出して、そして再び心の中に収まって行った。ちゃんと自分が飲みこめたのを確認してから、アンスリウムは盛大に顔を顰めて言った。


「だったら、あいつと共にいればよかったじゃないか。」


 今度は海良が押し黙る番だった。


 だって、仕方ないじゃないか。あの人は俺のことなんて初めから見てなかったんだ。そんな悲しい事実を受け止めて、拒絶した。それだけでは足りないと、この男は言うのか。


 ギュッと唇を噛みしめて、叫び出しそうになる体を抑える。耐えるばかりに立ち止まってしまった海良に、ラウルがそっと寄り添った。


 それを見たアンスリウムが鼻で笑う。


「慰めてもらえて満足か、異邦人。情けない。」


「少し言いすぎです、騎士様。今の話を聞いていれば、彼には責められる由縁などありませんでしょう。何が気に入らないのです。」


 いつになく強い口調で諭すラウルの言葉に、アンスリウムは片眉を跳ねあげた。


「吟遊詩人殿こそ、嫌に異邦人贔屓じゃないか。」


「私は柔軟な男ですから。周りの噂に左右されず、己の目で見た物を信じる。それが旅の吟遊詩人というものです。騎士様には無理でしょうけれど。」


「無理で結構。俺の仕事は、この国の平穏を守ることだ。そこの化け物相手に情に流されることじゃない。」


「言っていればいいじゃないですか。きっとクリーデンス様にも何か理由があったんでしょう。今はそれでいいと私は思います。再び会えば、尋ねることもできますから。ね、ゲンゲツ殿。」


「そうだな。今ここで議論しても意味がない問いかけなのは確かだ。なら、問題を棚に上げてしまうのも悪手ではない。」


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