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400年の空白-4

 今から400年前、ファング王国を建国した蔦王フェルトブッシュは十八歳の青年で、ゲンゲツ・セネシオも二十歳の年若い青年だった頃。魔族大戦で収めた勝利を王国民は皆喜び合い、北の教会を率いた予言者たる『巫』が宴会を開こうとフェルトブッシュへともちかけ、東の塔の長官もそれを喜んで受け入れ、国は一気にお祭りムードへと突入し、人々が手を取り合って喜んでいたあの日。王位についてまもないフェルトブッシュは、当時彼の衛士隊長をしていたゲンゲツを執務室まで呼び出して、こう言った。


「悪いんだけど、東の塔の研究者たちを迎えに行ってくれないか。」


「俺がか?お前の護衛任務を放り出して?」


 魔族大戦からこっちフェルトブッシュは働きづめで、治世に全力を注いでいた。その衛士隊長であるゲンゲツもまた、その身は武人であり大戦で先陣を切った戦士ではあれど、最近の仕事はといえば王宮に缶詰になっているフェルトブッシュの補佐が主で、祭りの準備を控えている今、ゲンゲツが王宮から離れるのは得策ではない。


「なぁに、ゲンゲツがしてくれてる仕事はロゼアに回すよ。」


「あの女は書類関係からっきしだろう。悪い事は言わないからやめておけ。」


 ゲンゲツが務めていた衛士隊長と対になっていた役職が近衛隊長で、その席には当時、フェルトブッシュ国王の幼馴染である女剣士ロゼア・クルシアがついていた。彼女は勉学のセンスが皆無で、特にフェルトブッシュの書類仕事の手伝いなど不可能と言い切り、今も中庭で新兵を扱いている。


「大丈夫だって。ロゼアもやればできるよ。多分。」


「お前は諦めるってことを覚えた方がいいな。アレには無理だ。俺をここに置いて、ロゼアを塔へと向かわせた方が良いと思うぞ。」


「うーん。そうは言ってもね……。巫からの要望なんだ。」


「教会からの要望だと?予言絡みか。」


「そうだろうね。三日前に巫から連絡があって、なんでも東の塔から護衛の要請があった場合はゲンゲツを派遣しろって内容だったらしくて、それで本当に塔から護衛の要請があったのが昨日。これは巫の予知能力大爆発だろうってことで、どうしてもゲンゲツに行ってほしいんだ。」


「確かに、あの巫の予言であれば信憑性もあるか。」


 当時の巫は最年少で、史上最も預言に優れた少女だった。それになによりも、フェルトブッシュとゲンゲツにとっては、魔族大戦を共に潜り抜けた戦友でもある。それならば、とゲンゲツは決断した。


「それに先の大戦の功績として、ゲンゲツは東の塔周辺の領主になったじゃないか。名前もこの前、セネシオに変えたし?何にしてもゲンゲツに行ってもらうのが、一番素直なんだよなぁ。」


「まあ、確かにそうなんだが……。」


 大戦の影響で王国が荒れないようにと、フェルトブッシュが領地再編をしたのは記憶に新しい。もともと自治領として認めていた東の塔にも、今後のために信用できる人物を代表者として据えておきたいということで、ゲンゲツがその役を仰せつかっていた。


 どうにも自分が行くのが最適らしい。ゲンゲツは腹を括ることにする。


「ではその命、私ゲンゲツ・セネシオが賜りました。フェルトブッシュ王子。……失礼。フェルトブッシュ国王陛下。」


 敬礼をする黒髪の軍人に、齢十八歳の若き国王はニコニコと手を振った。


「いってらっしゃい。ゲンゲツ。」


 執務室を後にしようと重厚な扉のノブに手をかけて、ゲンゲツはもう一度部屋の奥に座る国王を振りかえる。窓から陽光が燦々と降り注ぎ、その下で透き通る蜂蜜のような国王が穏やかに笑っていた。


「フェルト、俺が居ない間は無茶するなよ。」


「分かってるよ。大丈夫。もうこの世界は平和なんだから。」


 それが、フェルトブッシュ国王にとって、ゲンゲツ・セネシオの姿を見た最後の日になった。


 ゲンゲツはその日のうちに馬に乗って、平野を駆けた。東の塔への道行は、一人で駆ければ三日もかからない。関所を抜け、いくつかの村々を通り過ぎて、街道を駆け抜けると、その先に乳白色の塔がそびえ立つ、白き賢者の都が現れる。天を高く差す石造りの塔は、そこに住む者たちの清廉潔白さと、英知を探求する矜持を体現している。久しぶりにその佇まいを目にしたゲンゲツは、思わず馬上で姿勢を正した。


「おや、ゲンゲツさんじゃねぇですか。お久しぶりっす。」


 塔の近くにいた青年がゲンゲツに手を振る。王都で贔屓にしている定食屋の息子だった。


「お前、何で東の塔にいる。店はどうした。」


「塔の先生方が新しい調理器具を開発したって聞いたもんで、親父に頼まれて仕入れにきたんですよ。仕事っす、仕事。」


 そう言って、定食屋の息子は手に持ったジョッキを振った。明らかに、酒が入っている。


「ほどほどにしろよ。」


「分かってますって。で、ゲンゲツさんはどうして東に?」


 普段は王宮近辺にしか出没しない衛士隊長を不思議そうに見る青年に、ゲンゲツは笑いながら言った。


「仕事だよ、仕事。」



 塔は研究者たちの研究所兼、住居になっていて、エントランスへ足を踏み入れると辺りは賑やかな喧騒に包まれた。誰もが足早にどこかへと向かい、荷物を抱えながら先を急いでいるが、みんな一様にゲンゲツの姿を見つけると、気軽に声をかけてきた。


「ゲンゲツさん!お久しぶりです!」


「あ、衛士隊長だ!」


「ばか!今は領主様だろ!ね、ゲンゲツさん!」


「今日は王子一緒じゃないんですか?ロゼアさんは?」


「ゲンゲツさん、お祭り楽しみですね。」


 誰もが溌剌と、活き活きと、己の仕事に誇りを以て生きていた。それが、東の塔の研究者たちだった。


 エントランスの奥にある受付で長官の呼び出しをお願いすると程なくして、最上階から延々と垂れ下がっている螺旋階段から一人の女性が現れる。塔長官を今期務めているのは、フェルトブッシュ国王のかつての家庭教師で、歴史学者の女性だった。彼女は長くて美しい銀色の髪を嫋やかな仕草で耳に掛けると、ゲンゲツにニコリと笑いかけた。


「お久しぶりですね、ゲンゲツ衛士隊長。」


「どうも、ご無沙汰しております。」


「今回お呼び立て致しましたのは、宴の準備に数名の研究員を行かせようと思ったのが始まりなのです。フェルト殿下がお困りと聞き及びましたので、その御手伝いになればと。私たち塔の研究者は、頭を使う事に関してはこの王国で一番ですからね。」


 長官は自信げにそう言うと、嬉しそうに胸を張る。しかしそれもつかの間で、途端に悲しげな表情になると肩を落として萎んでしまった。


「ですけれど、生きることに関しての自信はあまりなくて。王都へ無事にたどり着けるか不安で……。会議した結果、それなら王都から迎えに来てもらえばいいのではという話になり、ゲンゲツ殿に来て頂いた次第なのです。」


「ええ、心得ています。陛下からも先生方をお守りするように任されております故、道中の護衛は私にお任せください。」


 頼りがいのあるゲンゲツの言葉に、長官は手を叩いて喜んだ。そして、受付にいた職員に一言二言話しかけると、職員が塔全体に館内放送をかける。


『ゲンゲツ・セネシオ様がいらっしゃいました。先遣隊の方は一階ロビーにお集まり下さい。』


 スピーカーから流れる音声に反応するように、そこかしこの部屋から足音が響き初める。先遣隊と言う名のお手伝い人員たちが出立の用意をしているのだろう。応接室で待つようにという長官の勧めを断って、ゲンゲツは外に繋いでおいた愛馬の様子を見に行こうとした、その時だった。


 外から、獣の唸り声が聞こえる。


 風に乗って届く不気味な音が、塔の内部を揺るがせた。それはまるで隙間風が鳴るように吹き込んで、家鳴りのように塔の中の空気を震わせる。幾重にも重なる、嫌な声。何度も何度も届く声は、その度に人々の不安を膨らませ、不意に消えた。


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