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400年の空白-3

そして、目を見張った。


「何だこれは……。」


 バッと眼前に手を差し出すと、握っては開き、開いては握りを繰り返して感触を確かめる。そのまま顔から足の先まで、体中を触って感触を確かめると、両手を高く掲げてガッツポーズをした。


「戻った!」


 言っている意味が分からず、彼以外の三人の頭にはクエスチョンマークが増え続けるが、そんなことは気にもとめず灰色髪の青年は小躍りしそうな勢いで海良へと詰め寄って両手を握った。


「私は君に礼を言わねばならない、訪い人よ。本当に……感謝を。」


「もふもふ。」


「ん?」


「いや、確かに握ってるのは人の手なんだけど、なんか毛が生えてるみたいな感触がする。あと肉球。」


「ん?ん?」


 恐る恐る男が手を離して、再び自分の体を触る。触っては首を傾げ、また違う部位を探り探り撫でる姿を見て、アンスリウムはため息を吐くと「失礼。」と割り込んで剥き出しになっていた彼の腹に手をやった。


「確かに、人に見えているが手触りは立派な毛並みだ。」


「なるほど。なるほどな。」


 アンスリウムの意見を聞いて、男は何度も頷くと、姿勢を正して再び三人に向き直った。懐疑的な視線を真正面から受け止めて、彼は言う。


「我が名はゲンゲツ。異邦人の導き手としての役を負い、貴殿ら王都の民に獣人と呼ばれ疎まれる者の長だ。」


「待て、意味が分からん。」


 アンスリウムが顔を歪めて彼の言葉を止める。


「お前が獣人?何を言っているんだ。」


「姿形は違えど、私は獣人だよ、王都の騎士。君たちの目に私の姿が人として映るのはどうやら。」


 ちらりと、ゲンゲツは海良に視線をやる。


「訪い人、君が原因のようだ。それに、面白い魔術の使い方をしたとみえる。気付いているか?君は吟遊詩人殿の宝石を媒体に使っていない。」


「マジで?」


 驚いた海良がラウルの掌を見やると、確かにくすんだ宝石が静かに沈黙しているだけだった。

ではこの明かりはどこから……?


 確かに四人の周囲は松明に照らされたように明るいのだが、その光源が全く特定できない。辺りをキョロキョロと見渡してみるが、やはりどこからともなく照らされている、そんな感じだった。


「俺なんか間違ってる?」


「いや、媒体なしで行使するというのは、なかなか才能があるとみえる。面白い。」


「褒めてる?それ。」


「まあ、それはそうとして明かりを消してはくれないか。そうだな……頭の中に思い描く明かりを消す。そんな感じだ。」


「お、おう。」


 戸惑いながら、海良は脳裏に思い描いていた小さな焚火をそっと吹き消す。柔らかな明かりが消え失せて、また暗闇が現れた。


「吟遊詩人、その宝石の明かりを灯してくれ。」


「へ?でも短時間しか無理ですよ。私もう魔力スッカラカンなんで。」


「構わない。頼む。」


「そういうことなら……。『光』。」


 微かながら爽やかな光が周囲を照らし出すと、獣人がいた。表情の読めない毛むくじゃらの顔を撫でながら、彼は言う。


「やはり、訪い人が作った明かりが原因と見える。実際には私の姿は獣のままだが、この場では人に見えていると考えるのが妥当だ。ならば、理由はこの明かりだろう。この場で呪いに作用するものは、訪い人の魔力によって作られたこれしかない。」


 勝手に話を進めるゲンゲツに、アンスリウムは苛立つ。人は人、獣人は獣人で、それは種族として異なり、敵対する存在のはずだ。獣人は異邦人を連れてきて、人に災いをもたらす。


 それなのにどうして、この男は自分が獣人であるように振舞うのか。戻ったとは、一体どういう事だ。その言い方はまるで、人の姿が本来の有るべき形のような物言いだ。


 困惑するアンスリウムに、ゲンゲツは無情にも告げる。


「信じられぬのも無理はない。我ら獣人と呼ばれる者たちは、もともと貴殿ら王都の民と生活を共にしていた人間だ。いや……、こう言う方が分かり易いかもしれぬ。私たちは、かつて賢者の都で生きていた、正しくファング王国の民だ。」


「ふざけるな!」


 アンスリウムは激昂した。


「お前たちが人間だと?お前たちのやり方はいつもそうだ。人を惑わせ、混乱に陥れる。人の世に徒成す化け物どもが……!我らを愚弄するのは許さない!」


 提げていた剣を再び構え、剣先を獣人に向ける。


「お前の名乗るゲンゲツという名は、我がファング王国を建国した三戦士が一人!獣人が、その名を名乗るな!」


 ふっと宝石の明かりが消えた。慌てて海良が再び辺りを照らすと、灰色髪の青年が一人ぽつりと寂しげに顔を歪ませた。


「我が名はゲンゲツ。かつて、ファング王国を創設した蔦王・フェルトブッシュに仕えた衛士隊長、ゲンゲツ・セネシオ。それが俺だ。」


「え、ちょっと待って。俺意味が分かってない。」


「大丈夫、私もですとも。」


 手を上げた海良の横で、ラウルが頷いている。


「全てを詳らかに話す義務が私にはある。だが、歩きながら話そうか。長い話になる。」


 辺りは一面岩肌で、落ちてきたはずの頭上からは光一つ入って来ない。完全に塞がってしまっているようで、掘り返して脱出するのは不可能に思えた。地下はずっと長い一本道が遠くまで伸びており、とにかくそこを通って行けるところまで行くしか、脱出する方法はなさそうだった。時折、土が上から降ってくる。落盤という可能性が脳裏に浮かんで、海良は小さく震えた。


「歩くだと?それに従ったとして、ここから出られる保証は?」


 アンスリウムが忌々しげに問う。


「あちらから空気が流れてくる匂いがする。それでは不十分だろうか。」


「クソッ……!」


 乱暴に頭を掻いて、アンスリウムは一人先頭を切って歩き始めた。眼前に広がる闇を指さし、偉そうに「異邦人!」と呼び付ける。


 先を照らせ、という合図なのだろうかと海良が彼に駆け寄ると、苦虫を噛み潰したような顔をして、吐き捨てるように言った。


「ここから出たら、そこの獣人共々、絶対に首を切る。覚悟しておけ。」


 彼の物言いに、海良は自分の頭がカチンと鳴るのが分かった。


「は?何でお前そんな偉そうにしてんだよ。俺が気に入らないなら、勿体ぶってないでここで殺せば?」


「出来るものならそうしている。」


 腹立たしげに言葉を返すアンスリウムが、海良から視線をスッと逸らした。


「はっきり言えよ。あんた、俺を殺すのが仕事なんだろうが。」


「俺は魔術が使えないんだ!分かるだろう!」


 しばらくの沈黙の後、海良の背後で吟遊詩人が「ああ。」と手を叩いた。


「彼の明かりが無いと歩くこともままならないですもんね!野垂れ死にます!」


「煩いぞ吟遊詩人!」


「あー、なるほど。俺がいないと騎士団長さんは困るのか。へー。」


「黙って歩け、異邦人風情が!」


 彼の声に、海良は最初の日を思い出していた。

あの時、俺を異邦人風情と呼んだ声。あれは、この男だったんだ。キラキラと光の粒子が降り注ぐ幻想的な光景の中で、確かに彼と目が合った。


「何を見ている。」


 訝しげにアンスリウムが海良を振り返った。それに、小さく首を横に振る。アンスリウムはそれ以上問い詰めることもなく、興味なさげに前方に視線を戻した。


「そういえば吟遊詩人殿、名はなんと言う?」


 ゲンゲツがラウルに問いかける。


「そういえば、自己紹介がまだでしたね。色々あってすっかり忘れてましたよ。」


 近くに落ちていた愛用の帽子を手繰り寄せて、軽く頭に乗せると彼は言った。


「私は吟遊詩人のラウル。皆様のように立派な肩書はありませんが、この身は北から南まで、語り尽くせぬ歴史を知り、人に語り継ぐ身であります。」


 吟遊詩人らしく頭を下げたラウルに、ゲンゲツが面白そうに笑った。


「私が怖くないか。」


「獣人は怖いです。ですが、人間ならば恐れることはありません。」


「頭の柔らかな男だな。」


「そうですとも。旅芸人は柔軟さが命なのです。」


 そして、ラウルが海良を見た。彼の瞳に、海良は身を竦める。自分の中に巣食う後ろめたい気持ちが、彼から顔を背けさせた。


「俺は海良真。」


「カイラ……?変わった名前ですね。」


「訪い人、貴殿らのいう異邦人の名の響きだな。真、というのか。何度も顔を合わせているのに、今初めて名を知るというのは何とも奇妙な話だ。」


「ああ、シンの方がお名前なのですか。なるほど。で、そちらの騎士団長様は……。」


 憮然とした顔でひたすらに前方だけを見つめていたアンスリウムは、ラウルに促されているにも関わらず更にそっぽを向いた。その大人げない態度は彼の真面目そうなイメージからは大きく外れていたが、海良は意外に似合うじゃないかと変に感心してしまう。


 ため息を吐いたラウルが、仕方なく代わりに紹介した。


「深緑騎士団団長のアンスリウム・クルシオ様です。」


 アンスリウムは明後日の方向を向いたまま動かない。顰めた眉で出来た顔の彫が、陰が出来るほど深い。完全に不機嫌だった。


「さて、何から話そうか。蔦王が先の魔族大戦で勝利を納め、この国を建国したのが約四百年前。私は、その時に彼の隣にいた。」


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