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400年の空白-2

 人と獣が対峙する。


「何度同じ事を繰り返せば気が済むんですか!今は、そんなことをしている場合じゃないでしょう!」


 ラウルが制止するも、二人とも聞き入れるつもりはないようで、ジリジリと互いに間合いを測って、今にもぶつかり合わんばかりに緊張が膨れ上がっていた。


 当の異邦人も、獣人に庇われた場所から動こうとせず、俯いたままで突っ立っている。


「君も、彼らをなんとかしてくださいよ。」


 異邦人は先の地盤沈下のように、あれほど膨大な魔力を行使できるのだから、彼らを拘束して争いを止めることくらいは容易だろうと、ラウルは異邦人の手を取って頼み込む。しかし、彼は顔もあげずにただ一言


「無理だよ。」


と言っただけだった。


「あのねぇ……。」


 この世の終わりに直面したかのような彼の姿は、ラウルを酷く苛立たせた。確かに、彼には辛い出来事だったのかもしれない。五年前に最愛の恋人を失った騎士クリーデンスと、その恋人と同じ属性を持つ男の子。騎士クリーデンスが未だにかつての恋人の影を彼に重ねて接していたのだとしたら、それはこの異邦人にとって手酷い裏切りだろう。落ち込むのも分かる。


「それは君にとって、命と代えて良い程に価値のあるものですか。その悲しみに浸るためにすべてを投げ出す行為は、本当に天秤が釣り合っていますか。」


 異邦人は、動かなかった。そうしている間にも、アンスリウムは獣人の隙を伺って彼の首を狙っている。それでも、異邦人は立ち尽くしたままで、そして言った。


「一樹。」


「なんです?」


「落ちる前に、クレイは俺をそう呼んだ。だから、もういいんだ。俺を待っていてくれる人は、この世界にはいないんだから。」


 イツキという音の響きから推察すると、おそらく異邦人の名だろう。なんともまあ、栄光の騎士も残酷な事をするものだと、ラウルは思った。


 かつての恋人の名で呼んだのか。彼を。


 初めて会った時に、騎士が異邦人に向けていた眼差しを思い出す。あれだけ愛おしげに見つめ、大切にしておきながら、何ということを。


「それにさ、俺、魔術とか使えないんだよ。本当に。」


 ヘラリと痛ましげな笑みを浮かべた異邦人の表情があまりにも悲壮で、それを見たアンスリウムが思わず息を飲んだ。まるで、人のような哀愁を漂わせるその姿はあまりにも頼りなくて、少しだけ剣先がブレる。これが、本当に人間の脅威なのだろうかと、頭の片隅に疑問が擡げた。


 その戸惑いを振り払いたくて、アンスリウムは声を荒げる。


「嘘をつくな。あれだけの魔力量に恵まれていながら、魔術が行使できないわけがあるか。」


「出来ないよ、本当に。何も知らないんだ。」


「なら、初手で魔術砲を弾いたことがあったろう。あれをどう説明する?貴様は魔術を使えるはずだ。」


「だから、分かんないっていってるだろ!」


 突然溢れ出した異邦人の怒気に応えるように、ラウルの手の上で光っていた宝石がフッとその明かりを消した。周囲はまたしても暗闇に戻り、自分の鼻の先すら分からない状態になってしまった。


「おい、吟遊詩人!明かりをつけろ。」


「は、はい。『光』!」


 初めと同じように宝石に囁きかけるが、それは掌の上で冷たく転がるだけで、明かりを灯してはくれなかった。


「つかなく……なってしまいました。」


 ラウルの報告に、闇の向こうでアンスリウムが頭を抱えた。


 クツクツと、面白そうに獣人が笑った。


「明かりが無ければ我々は歩くこともままならず、ここで野垂れ死ぬことになろうな。」


「おそらくなのですが、僕の魔力量がショボいのが原因かと思います。なので、どなたかに代わって頂ければ、もう一度光らせることが出来るのでは。」


 ラウルの提案に、何人かがバッと顔を背けた音が暗闇に響いた。


 何事かとラウルが戸惑う。何故そこで顔を逸らす。私は至極全うな提案をしたはずなのに。


「あの……騎士団長さん?代わって頂けますか?」


「……使えないんだよ。」


 図体に似合わない蚊の鳴くような声で、アンスリウムが呟いた。


「え?」


「俺は魔術が使えないんだよ!」


 どうやら、相当なコンプレックスを刺激してしまったらしく、騎士の怒鳴り声が返ってくる。どうしていいか分からずに、無意味にワタワタと手を振るラウルの向こう側で、アンスリウムが大きく舌打ちをした。


「だから、俺以外に頼め。」


「あなた以外というと。」


 獣人しかいないのだが、とラウルは恐る恐る獣人がいるであろう方向に顔を向ける。およそ外れてもいないところから、獣人が言った。


「残念ながら、我らには魔力が備わっておらぬ。それよりも、適任がいるだろう。」


「え、誰です?」


「訪い人だ。彼なら明かりを作ることができるだろう。」


 獣人の提案に噛みついたのは、案の定アンスリウムだった。


「何を言っているのだ貴様は。異邦人の属性は崩壊と破壊だ。明かりの生成など無理に決まっている。」


「お前こそ無知が叫ぶな、王都の民。訪い人の属性は古来より蘇生と萌芽だ。明かりをつけることなど他愛もないはずだ。」


「待って待って待って。待ってください!ちゃんと、僕と彼にも説明してください。」


 ラウルがそう言うと、アンスリウムは鼻で笑い、獣人は頷いた。


「必要ない。」


「確かに。やり方を教えよう。」


 獣人は意外にも穏やかな声で、ゆっくりと彼らに語りかけ始める。


「魔術には素養が必要だ。魔道士と成る者にはそれぞれ、体に宿る属性がある。属性は、その者を象徴したり、その者の運命をなぞることが多い。王都の民が言うように、彼らから見れば異邦人というのは災厄の象徴だ。なので、属性は破壊なのだろう。しかし一方で、我らの伝承によれば訪い人の運命は蘇生、再生、旅立ち、萌芽。つまり、何かを生み出すのに適しているはずだ。やってみよう。目を閉じて。」


 獣人に導かれて、海良はそっと瞳を閉じた。初めに立ち寄った宿場町で人々に弾劾されたあの時、すごい魔法が使えればと思った。そうすれば、誰も傷つけずに、誰も怖がらせずに、クレイに迷惑を掛けずに済んだんじゃないかって。


あの時に願った入口に、俺は今立っている。少しだけ、絶望から心が立ち上がる。ああでも本当は、クレイに教えて欲しかった。


「明かりが点く物をイメージしろ、訪い人。何でもいい。松明でも、焚火でも、蛍光灯でも良い。その明かりを頭に思い描いて、魔力を流し込め。」


 明かり、と聞いて海良の脳裏に走るのは、あの日の焚火の濡れるような光。クレイと初めて出会った日。俺の事が好きだと告げた、彼の頬を優しく照らした柔らかな色。光る暁色が美しかった。琥珀色の瞳が波のように揺らいでいた。


「呪文を唱えろ。呪文は、イメージの具現をどのような形で出力するかの指定言語だ。照明系魔術の起動呪文は、『光』。」


「『光』。」


 頭の中に思い描いたあの光を、目の前に照らす。ふわりと照らし出されたのは、辺り一面の土の壁と、剣を抜いたままで正面を見据えるアンスリウム。


 そして、彼は自分の視線の先にいた人物の姿を認めて、目を点にした。


 柔らかな光に照らされて浮かび上がったのは、上半身は裸で灰色の髪を美しく整えた端正な顔立ちの青年。獣人が居たはずの場所に立つ彼は凛々しい眉を優しげに下げて、海良を見つめていた。


「誰だ、お前。」 


 呆然とアンスリウムが問いかけると、青年は小馬鹿にしたように眉を跳ねあげて笑った。


「王都の民よ、気でも狂ったか。」


「いや、本当に誰?」


 うっかり口を挟んだ海良に、青年は不思議そうに視線を向けると、そこで初めて自身を心底不審そうに見つめるつ六つの瞳に気付く。


 彼らは一体、何を見てそんなに驚いているのだろうか。そう、キョトンとした顔で彼らを見つめ返すと、少し俯いて自分を顧みる。


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