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400年の空白-1

 海良の思いは決まっていた。やり方は分からないし、出来るかどうかも分からない。けれど、やってみる以外の選択肢はない。


 ラウルの肩を貸してもらい、なんとか立ち上がった海良は定まらない焦点のまま、血に濡れた金のレリーフをそっと撫でる。強い光を放つそれに触れると、指先が熱くヒリついた。脳の底の方から、ごっそりと全てが持っていかれるような眩暈がして、体の中から腕を伝って、掌に何かが溜まっていく。


「イメージしろ、訪い人。この石碑に向かって、吸い尽くされる以上の魔力をぶつけるのだ。」


「……わっかんねぇよ、それ。」


 軽口が叩けるくらいには、意識は戻ってきていた。滲んでいた視界で焦点がしっかりと定まる。金色に光るそれに向けて、海良はありったけの苛立ちをぶつけた。


「この世界のクソッたれ!」


 喉からせり上ってくる熱い物を全て掌に集めるように、全集中力を以てレリーフに押し当てる。石碑は輝きをだんだんと増して、辺り一面が眩い光に満ちた。


 大砲の稼働音と、石碑の発光と、そしてどこからともなく再び響き始めた地響きの音に、深緑騎士団は皆不安そうに空を見上げる。


 そして、突然、地面が落ちた。


 石碑から周囲1メートル。唐突に輝きを失って、真っ二つに割れた石碑に呼応するように、地割れが起こって隆起する。地面がポカリと大きく口を開け、真っ暗な底の無い闇が足元へと現れる。クリーデンスは、その光景を動けずにただ見つめている事しかできなかった。


 起き上がった大地に、海良が飲み込まれる。足元が崩れて、彼を支えていた吟遊詩人が大きく体勢を崩した。傍にいた獣人が何かを掴もうともがくが、あたりは全て一緒に崩落していて、縋れるものは何もない。騎士団長は落下を悟ると、腰を低く落としてその時に備えていた。


 そして彼らの姿が大地に飲み込まれて掻き消える直前、ふと視線を寄越した海良と視線が絡み合う。土埃と瓦礫に視界を奪われながら、泣きそうな顔で彼はクリーデンスを見ていた。彼の口が動く。声は聞こえなかった。だが確かに、クレイと。


「待って……、俺を置いて行かないで……。一樹!」


 クリーデンスの声が辺りに響く。届かないのは分かっていたが、手を伸ばさずにはいられなかった。しかし視線の奥、見つめるその先にいる海良は、クリーデンスの叫ぶ声を聞いて、顔から表情を消す。そしてクリーデンスに助けを求めることなく、悲しげな瞳で大地の底へと消えて行った。




 吟遊詩人のラウルが目を開けると、そこは全くの暗闇だった。本当に、吟遊詩人人生で今一番最も暗いな、と思う程の闇。どれだけ言葉を重ねても、目の前の暗闇以上の暗闇は表現できないだろうな、と思う程の闇。この感動は今歌にしないと忘れてしまうのではないかという衝動に襲われて、思わず背負っていた荷物に手を伸ばそうとしたが、あちこちが痛んで上手に体を動かすことができなかった。


 息苦しさに大きく息を吸い込んでみたら埃っぽい空気が喉に張り付き、口の中にザラザラとした物が入り込んできて、酷く咳き込んだ。


 隣から呻き声が聞こえる。おそらくこの声は、異邦人の少年だろう。生きていた事実にホッとして、そういえば自分たちは地割れに落ちたのだと思い出した。


 まさか、石碑を壊したら地面が割れるとは。


 これもいつか歌にしたいな、とラウルは呑気に考えていた。


 自分が置かれた状況が分かり始めると、辺りにある色々な物が分かり始める。手に触るのはゴツゴツとした岩肌であること。先ほどから顔にかかるのは、頭上から落ちてくる土だということ。自分たちがいる空間は、それなりに広そうだということ。


「どなたか、生きていますか……?」


「ああ。大事ない。」


「こちらも無事だ。」


「めっちゃ痛い。」


 ダメ元で声を出してみると、意外にも近くから返事が聞こえる。どうやら、あの時石碑の周りにいた四人が、まとめて地の底へと叩き込まれたらしかった。


「こう暗くては立ち上がることもままならないな。誰か明かりになる物は持っていないのか。」


 おそらく、アンスリウムだと思われる声が途方に暮れた音で響いた。彼の言葉に、ラウルは自身のポケットに手を入れる。指先に触れた冷たくて丸い感触に、ホッと安堵の息が出た。


「小さい物ですが、光魔術の宝石があります。お守り程度にはなるでしょう。少々お待ちを。」

 手の上にコロリと転げた宝石に、ラウルはそっと囁きかけた。


「『光』」


 乳白色の小さな宝石は、淡い光で辺りを照らしだした。


 ようやくお互いの姿を認めた四人だったが、全員が酷い有様だった。もともと獣人との激戦で酷く傷を負っていたアンスリウムは、ボロボロな身の上に土埃が重なって、草臥れた様子で片膝を立てて俯いているし、一方の獣人は意外と平気そうで、ただアンスリウムに斬られた腕からは未だに血が滴り落ちている。そして、異邦人は異邦人で首の傷はすっかり治っていたが、ラウルの横で三角座りになって膝に顔を埋めていた。


「四人だけ、ですかね。他の方々はご無事なんでしょうか。」


 ラウルがそう呟くと、アンスリウムが億劫そうに顔を上げた。


「平気だろう。落ちた時に見た様子では、幸か不幸か地割れに巻き込まれたのは我々だけだ。」


「なら、いいのですけれど……。」


「それよりも問題は魔術砲だ。あれで本当に止まったんだろうな?」


 懐疑的な視線を投げかけられた獣人が、厳しい表情で頷いた。


「間違いなく、魔術機構の破壊には成功した。というよりは、魔術機構の破壊に成功したから地割れが起こり、我々が落ちたのだ。」


「どういうことだ。」


「起動式から砲まで、魔力を伝達している道がある。そこに負荷をかけて破壊したのだ。だから道が崩壊し、上にある地面が陥没した。」


 端的な説明に、思わず「なるほど。」と相槌を打つ。とにかく、ファング王国は滅亡の危機を免れたらしい。良かったような、自分たちの現状を考えればあまり良くなかったような、微妙な気分だ。ラウルは、横で未だに蹲る異邦人に目をやった。


 彼は、ずっと下を向いている。


 声をかけるのも、少し躊躇われた。


「おい異邦人、何をウジウジしている。」


 彼の事情などお構いなしに、きつい口調で問い詰めるアンスリウムの態度に、ラウルは頭を抱えた。別に今、彼の事情に触れる必要はないだろう。しかも、そんな不躾に。


 異邦人はノロリと一旦顔を上げたが、虚ろな目でアンスリウムを見、またすぐに頭を下げてしまった。それにイラッとしたのが、当のアンスリウムである。彼は苛立たしげにその場を立つと、乱暴に異邦人の腕を取り、無理矢理立ちあがらせた。


「目に見えて落ち込むな!鬱陶しい!」


「ほっといてくれよ!アンタには関係ないだろ!」


 反抗的な態度で身を捻る異邦人の体を押さえつけて、アンスリウムは鼻で笑う。


「不愉快だ。陰鬱な態度を取るやつが一人いるだけで士気が下がる。」


「いいよ、もう。放っておいてくれ。ここに一人で置いて行っていいから。」


「いいわけあるか。お前の首はここで落としていく。」


 アンスリウムはそう言うや否や、腰に帯びていた剣を抜くと、異邦人に向かって振りかぶる。獣人が素早い動きで立ちあがって、それを防いだ。


「邪魔するなよ獣人。」


「貴様こそ、訪い人を傷つけることは許さん。」


「災厄を生かしておくなど、それこそ騎士の名折れ。お前もまとめて叩き切ってやる。」


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