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蔦王の戦城-5

 アンスリウムはひたすらに、その前方を走る獣人を、それが抱える異邦人を追う。通常であれば獣人のスピードに追い付けるはずもないが、異邦人一人を抱えている以上、どこかで体力が尽きるはず。その時まで、追いかけ続ける覚悟だ。


 スピードを上げた狼男は、鬱蒼と茂る森の中へと飛び込んだ。木々の間を縫いながら、とにかく後ろを引き離すために走る。走って、走って、走ったその先で、彼は立ちどまった。


「……どうしたんだ?」


 不審に思った海良が担がれたままで呟くと、獣人はゆっくりと彼を地面へと下ろした。


「海だ。」


 眼前には、深い崖が広がっていた。その先にある、荒れ狂う大海原。まるでここが終点なのだと言うように、それが獣人と海良の行く手を遮っていた。崖の側には不似合いな石碑がひとつ立っていて、まるで灯台のようだと、海良は思った。


「ここまでのようだな。」


 後ろから追ってきたアンスリウムは、彼らの前で下馬すると、剣を構えて悠然と二人の前へと歩み出る。獣人は低く唸り声を上げた。


「下がれ、訪い人。ここは私が引き受ける。」


 獣人は石碑の裏に海良を隠す。獣の手が一瞬だけ、その石碑を撫でるように触る。見間違いかもしれないが、それはとても優しい手つきのように見えて、海良はギョッとして獣人の表情を伺うが、狼男の顔は長い毛に覆われていて感情を読むことができない。


「随分と手こずらせてくれたな。」


 剣を抜いたアンスリウムが憎々しげに言い放つ。それに応えず、狼男はただ牙を剥いた。波が岸壁を打つ音だけが、その場に木霊していた。両者とも一歩も動かず、ただ相手の動向を待つ。その言いようもない緊迫感をどこかに逃がしたくて、苦し紛れに海良の手が隠れている石碑を撫でる。ザラザラとした石の感触の中に、ひやりと冷たい物が触れた。その奇妙な手触りに、思わず二人から目を離してそちらを見ると、石碑に掘られた優美な意匠を見つけることができた。


 それは金のレリーフだった。


 そっと指先で形をなぞってみる。表面の埃がザラリとした手触りと共に大地に落ちた。冷たいながらも手に吸い付くような、見事なその彫刻は、どうやら蔦と花をモチーフにした紋章のようだった。


 その下に刻まれた文様に目が行く。何故か海良には意味が分かった。


「起動式……。」


 クレイが言っていた、大規模魔術陣を起動させるためのスイッチ。具体的には良く分からないが、この起動式に異邦人が魔力を送ることで、大規模魔術陣が動き出すはずだ。それに気づいた海良の頭のなかには、ひとつの事しか浮かばなかった。


 自分の命も、目の前で今にも殺し合いを始めそうな二人の戦士も、それに比べればどうでもいい。


「これを破壊しないと……。」


 クレイたちに王都を砲撃させてはいけない。その一心だった。


 そう思うや否や、海良は後先考えずに石碑の陰から飛び出す。魔術陣のことも、起動式のことも、異邦人のことも自分には全く分からない。知識がない。なら、この場で頼れるのは二人だけだ。たとえ彼らが何者で、どんな目的を持っていようとも、そんなのはもう関係ない。


「なあ!これブッ壊してくれ!」


 大声で叫んだ海良に、獣人とアンスリウムは睨み合っていたのも忘れてギョッと目を剥いた。獣人が慌てて振り返ると、そこには全く隠れもせず、朽ち果てた石碑をペチペチと叩きながら必死の形相で訴えかけてくる少年の姿。


「馬鹿か!」


獣人が叫ぶ。海良の思いがけない行動に、さしものアンスリウムも多少毒気が抜かれた。剣先は獣人を捕えたままで海良に視線をやると、獣人は酷く取り乱していた。


「叩くな!文化遺産だぞ!」


 そこなのか。


 異邦人の少年以上に場違いな指摘に、アンスリウムは呆れて剣を下ろした。そうしても問題ないくらいには、獣人の注意は異邦人へと逸れている。今こちらが不意を突いて襲いかかったとしても、持ち前のポテンシャルで反撃をうけてしまうだろうが、向こうからこちらに仕掛けてはこないだろうという自信はある。それくらい、獣人は焦っている。


「これ壊してくれないと、大変なんだってば!その腕力で一発頼むよ!な!」


「だから文化遺産だと言っているだろう!ダメだ。それは建国時にフェルトブッシュが魔族討伐を記念して……ああもう、だから叩くな!やめろ!」


「さっき広場にいたやつら、これを使って王都に魔術砲を撃ちこむ計画を立ててんだよ!大規模魔術陣の起動式なんだ!だから、これ壊さないとヤバいの!」


「待て、それは本当か。」


 アンスリウムが反応すると海良は目を輝かせた。少し思案した後、アンスリウムは言う。


「しかし、それを動かすには王国中の魔道士を全て招集しても魔力量が足りないはずだ。だから我々は今まで、それを放置していた。」


「なんか、俺……異邦人の魔力量なら動かせるって言ってた。」


「なるほど。」


 一つ頷き、アンスリウムは言う。


「まさに名の通り災厄。ここで殺す。」


「や、待って!ダメだって!なんか、えっと、血も起動させる効果あるって言ってた!俺をここで斬るのは良くないと思うよ!」


 苦し紛れに絞り出した新情報は、ある程度アンスリウムの考えを変えるのに効果はあったようで、彼は再び長考に入る。


「なあ、頼むよ。どっちでもいいから、これを壊してくれないか。そうじゃないと。」


 あの優しかったクレイが、人殺しになってしまう。


 今まで言葉にならなかった焦燥感が、ようやくちゃんとした言語になって、心にしっかりと形を取る。自分がどうしてこんなに必死になっていたのか、ようやく腑に落ちた。


「お前の情報には些か価値があるが、やはり起動式を破壊する必要はない。」


 アンスリウムが言い放った言葉を聞いて、海良の胸には絶望感と怒りが込み上げてくる。どうして、誰も分かってくれないのだろう。何故誰も協力してくれない。そもそも、クレイだってそうだ。俺を甘やかすだけ甘やかして、でも要望を聞きいれてくれたことは一度もなかった。でも、当然といえば当然なのか。だってクレイは俺のことを気遣ってくれたわけじゃなかったんだ。俺の頼みごとなんて聞く必要なくて、異邦人が傍にいることが重要だったんだから。


 この世界は誰も、俺のことなんて見ていない。


 ああ、腹が立つ。


 イライラと怒りを漲らせる海良の胸の内など知らず、アンスリウムは持論を展開する。


「ここではない場所でお前の首を落とせばいいのだろう。なら、やる事は変わらない。そこの獣人を片付けて、適当な場所でお前を殺す。それだけだ。」


 表面上は淡々と述べながら、アンスリウムは一人、少々面倒なことになったと考えていた。獣人の隙をついて異邦人を殺すことは、おそらくできる。しかし、異邦人を別の場所へ移す必要が出たとなると、獣人を片付けなければそれは難しいだろう。そして、人一人の力で獣人と戦うことは困難だ。しかし、やらねばならない。


 アンスリウムが地を蹴る。獣人に肉薄し、渾身の力で剣を振るう。一歩も通さないとばかりに、獣人が両手を広げて立ちふさがった。振り上げられた剣が獣人を頭上から襲い、半身を捻って避けた獣人はそのままアンスリウムの腹に一発パンチを放つ。その強烈な拳を受けながらもアンスリウムはなんとか耐え、まだ自身の腹にめり込んだ腕を、腰に隠していた短刀で斬りつけた。一度、二度、鋭く早く振るわれた短刀の刃に引き裂かれた獣人の腕から血しぶきが舞う。灰色の毛がたちまちどす黒く染まり、獣人は唸りながら腕を引いた。アンスリウムもまた、咳き込んでその場に膝をつく。


 腹が尋常ではないほどズキズキと痛んだ。だが、ここで倒れるわけにはいかない。アンスリウムは力を振り絞って立ち上がる。


 この身は王宮騎士である。この身は、この王国に住むもの全ての剣であり、盾である。だからこの命に代えようとも、この場で異邦人を始末しなければならない。この世界に住む皆のために、もう二度とロータス教会の悲劇を繰り返さないために。


 獣人と刺し違えて、及第点。異邦人が一人生き残っても。獣人さえいなければ後は俺が居なくても仲間が始末してくれる。獣人も異邦人も両方始末できれば合格点。一番最悪なのは、この場で己が倒れ、両者の逃亡を許すことだ。


 アンスリウムは剣の柄を強く握り、両足で大地を踏みしめる。


 俺に、騎士クリーデンスのような力はない。彼のように聖剣を手に取るチャンスもなければ、王から寵愛を受けることもなかった。しかし、彼に出来なくて、俺に出来ることがあるとすれば、それはこの異邦人を王の命に違わず始末することだ。俺の存在意義は、それだ。


 口から血が溢れて、顎を伝うのが分かる。


 獣人は腕を軽く振りながら顔をしかめているが、それでも大してダメージは受けていないように見受けられた。


 正直、状況は厳しい。仲間の応援を待ちつつ、耐久戦に切り替えた方が良いだろうか。しかし仲間が追いついてくるということは、同時にクリーデンスが追いついてくるのと同義である。獣人とクリーデンスが手を組むのは避けたい。


 石碑の隣で呆然と立つ異邦人は、何故か泣きそうな顔をしていた。意味が分からない。不快だ。全ての元凶が、まるで自分のことは棚に上げて、悲しげな顔をするのは卑怯だ。そんなに心を痛めるなら、素直に死んでくれればいいのに。

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