蔦王の戦城-3
「深緑騎士団……?」
呆然と、海良が呟く。
いつの間にかアンスリウムに対峙していたクレイが、小さく舌打ちしたのが聞こえる。だが、今はそんなことが気にならないくらい混乱している。頭が痛い。海良を追いかけてきていた男は、自分が国王直属の騎士だと言った。つまり、それは。
「クレイ、これは、どういうこと?」
彼はこちらを見ようとしなかった。ただひたすらに、アンスリウムの動向を見張っている。
「なるほど、西の古城か。国賊ながらに考えたものだな。確かにここなら到底悪事も暴かれるまい。」
広場を見渡して、関心したようにアンスリウムが頷く。
「あんた、騎士なのか?」
クレイから答えが得られそうになかったので、仕方なく海良はアンスリウムへと問いかける。以外にもあっさりと、アンスリウムはそれを肯定した。
「いかにも、我々はファング王国の王宮騎士団。騎士の命にかけて王を守り、名誉にかけて民を守り、そして……。」
彼は、ひたりと底の見えない瞳で海良を見つめた。
「誇りにかけて災厄を狩る者だ。」
騎士を名乗る男の脅しにも似た言葉は、海良の胸を貫くように飛んできたが、その痛みを感じるよりも早く、襲い来る不安へ飲み込まれる。この男もまた、あの吟遊詩人と同じように騎士は異邦人を殺すのだと言っている。その事実が重く海良の肩にのしかかってきて、どうにも払い落とせない。
「じゃあやっぱり、クレイも俺を殺すんだ。」
「クレイ……?その男の名か?」
不思議そうに、アンスリウムがクレイを見る。クレイが少し俯いたように、海良には見えた。そして、彼は消え入りそうな声で言う。
「俺は、王宮騎士じゃない。」
全ての前提を覆すとんでもない告解ではあったが、海良にしてみればそれは、今まで溜まっていた違和感を解消する、天から垂らされた一筋の糸にも似ていた。
「クレイは、王宮騎士じゃない。」
「そう。」
「じゃああの時、俺が捕まっていた時に見せたアレは?」
「騎士紋は、昔賜ったものだ。君を守ろうと決める前までは、確かに俺は騎士だった。だが、今は違う。俺は……。」
「お前の正体は、だいたい推察できる。」
クレイの言葉を遮って、アンスリウムがそう言った。
「その若さで俺と渡り合うだけの剣の腕を持ち、おまけにその。」
言葉を切って、クレイの持つ剣に視線を移す。その手に握られた朱と金が華やかに絡み合う意匠の荘厳な剣。
「その剣。炎風の聖剣を持つ騎士など、この世にただ一人しかいないからな。そうだろう?」
クレイが口の中で何かを呟いたが、言葉にならない音は吹いた風に攫われて、海良の耳まで届かない。クレイの思いをかき消すように、アンスリウムの声は嫌というほど広場に凛と響いた。
「王宮騎士クリーデンス・クレイウォルター。」
クリーデンス。その名前を知っている。
かつて王宮騎士団で活躍した栄光の騎士。異邦人と恋に落ちた彼は、目の前で恋人の首を落とされ、そのショックから今は王宮のどこかに幽閉されているのだという。
あの夜の日に、吟遊詩人が教えてくれた。
そして、新緑騎士団の団長は言う。クレイが、そのクリーデンスだと。
彼の顔がみたくて、海良はその背中を追いすがるようにじっと見つめるが、海良の願いに反してクレイは全く振り返ってくれない。
せめて、彼がこっちをむいて、いつものように笑いかけてくれたなら、と海良は思う。そうしてくれれば、俺は安心して彼を信じられるのに。そうしてくれれば、俺は胸を張ってこの失礼な王宮騎士に言ってやることが出来る。この人の名前はクレイだ、と。そんな、おとぎ話の登場人物などではないと。
しかし、クレイは動かない。ただじっと、海良を背に庇ったままで、顔をアンスリウムに向けたままだ。長い膠着に耐えられなくなったのか、アンスリウムが呆れたようにため息をついた。
「何か言ったらどうだ、クリーデンス。お前の失態は国中の者が知っているぞ。異邦人の処置を投げ出したばかりか、それを王都にまで引き入れたその愚行。国王から慈悲を賜っておきながら、またしても裏切るか。この騎士の恥さらしが。」
アンスリウムの言葉をうけて、海良は誰に言うでもなく呟いた。
「『栄光の騎士クリーデンス』っていうのは、もっと昔の出来事だって勝手に思ってた。」
海良に答えたのは、清々しいまでに響き渡る、聞き覚えのある声だった。
「『栄光の騎士クリーデンス』は、五年ほど前の出来事を歌った歌なのです。」
帽子は胸の前で握り、人付きのする和やかな顔をさらけ出した吟遊詩人は、アンスリウムの後ろで立ち止まって、海良を見つめる。その視線が交わる前に、海良はふと瞳を地面へと落とした。彼を見るのが怖かった。
「あなたが異邦人だったなんて、驚きました。本当に。」
吟遊詩人は疲れた声で、息と共に思いを吐き出す。彼の言葉を聞きたくなくて、海良はぎゅっと目を瞑った。
「我々吟遊詩人の歌によれば、五年前に召喚された前回の異邦人は、クリーデンスが駆け落ちを望んだにも関わらず、王国の平和と王への説得を願ったそうです。異邦人にまつわる伝承の解明と、王の命に背いた騎士クリーデンスの弁解をしに、王都へ向かったのだと言われています。」
海良はクレイに初めて会った時の事を思いだしていた。
王都へ向かわず逃げようと言った自分に対して、面食らったような顔をした彼。王を説得できないのは不本意ではないかと、彼は問うた。そのモヤモヤとした違和感が、確かに形になっていく。
「携帯電話……。」
そうだ、あの小さな時代遅れのガラケー。
「確か、前回の異邦人の持ち物だって……。」
クレイの体がピクリと跳ねた。
充電が切れて、画面がつかなくなったそれ。そして、それを見せてくれた時に、クレイは前の持ち主には会えないと言った。俺を襲った、王宮騎士団に「連れ去られてもう会えない」彼。それはつまり。
「殺されたから、だったんだ。」
「君を不安にさせたくなかった。」
前を向いたままで、クレイが口を開いた。太陽に透ける柔らかな髪色は、確かに日に照りかえる稲穂に似ている。
「君が東の塔へ来ると聞いた時、誰よりもはやく駆けつけて、必ず君を守りたいと思った。」
彼の言葉はこんな時でも真摯だ。
「誰かに捕まれば殺される事、異邦人が忌み嫌われている事、君という存在が本当にこの世界に災厄をもたらす事、そんなことを戸惑う君に説明するなんて、そんな惨いことはできなかった。」
苦しそうにクレイは続ける。
「騙そうと、思ったわけではなかったんだ。君が捕まっていた時、あの場を納める他の方法が思いつかなかった。」
「もういい、もういいよ!」
クレイが泣いているように見えて、海良は彼の言葉を止めた。
「クレイが俺のこと大切にしてくれてたのは、俺ちゃんと分かってるから。だから、もういい。」
「あの時、君の首が落ちたあの時だ!俺は誓った。もう二度と、君を失わない。君を悲しませない。君と共に生きるのだと!」
すっと、頭が冷えた。
彼が何を言っているのか分からなかった。
彼の言葉は、いつもどこか歪だった。
時々、海良の話をしているようで、全然知らない人の話をしているような時がある。今だってそうだ。彼が、誰の話をしているのか分からない。
一人戸惑う海良を置いて、クレイの叫びは続く。
「君が大切なんだ。愛してる。俺が必ず守るから、今度こそ一緒にここで暮らそう。」
「クレイ、何の話をしてるんだ……。あんた一体。」
誰と話してる?そう聞こうとして、聞けなかった。
真っ直ぐに海良を見ているような顔をして、その実まるで遠くを眺めているようなクレイ。今はただただ腹立たしく、もどかしい。彼の目には、本当に自分が映っているのだろうか。全く違う誰かを見ているのではないだろうか。




