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蔦王の戦城-2

「真にひとつ、お願いがある。」


 そう言ったっきり、クレイは黙り込んだ。悲しそうに目を細めて、じっと地面に視線を落とす。固く結ばれた唇が痛そうだった。あまりにも悲痛な彼の様子に心が痛くて、海良はそっとクレイの頬に手を伸ばす。


 その手が彼に触れる直前に、いつの間にか近づいて来てきたあの野盗のような雰囲気の男が、海良の手を掴んで捻り上げた。


「おい、何ちんたらしてやがる。」


「痛っ。」


「ヒューイ、真に触るな!」


 恐ろしいまでの剣幕で近づいて来たクレイに向かって、ヒューイと呼ばれた男は海良を投げるように乱暴に突き飛ばす。慌てて抱きとめたクレイの腕は相変わらず優しくて、海良は少し泣きそうになった。


「良い人ぶってんじゃねぇよ、騎士様。それとも、お前マジでその化け物を人間として扱ってるわけ?ま、何でもいいけどな。とにかく異邦人に魔術陣を起動させろ。ようやくその時が来たんだからな。」


 ヒューイが言っている意味が分からず、困惑した海良はクレイに説明を求めようと彼に向き直る。クレイも、意を決したように口を開いた。


「真には、君の内包する魔力で蔦王の残した大規模魔法陣を起動してほしいんだ。」


「俺の魔力で、魔術陣を起動する?」


「蔦王が作った魔術陣は、起動に必要とする魔力量が膨大で、普通の人間には使えない。誰も使うことができないまま、長年ここに放置されていたんだよ。けれど一つだけ起動する方法がある。それが、規格外の魔力を持つ異邦人が起動式に魔力を送ること。つまり真なら、この魔術陣を使うことが出来る。」


 手を添えられた肩が少し痛い。皺が出来るほどにクレイの手には力が込められていた。表情は穏やかなのに、その手の感触から伝わってくるのは確かな困惑で、海良はそのクレイらしくないちぐはぐさに困惑した。


「俺が魔術陣を起動したとして、その後俺は何をしたらいいんだ?クレイとこの人たちは、一体何がしたいの?」


 海良の疑問に答えたのは、クレイではなくヒューイだった。


「王都へ向けて魔術砲を撃つ。」


 ざわりと、周囲を囲んでいた人々の間で興奮が膨れ上がり、雄叫びとなって感情が吐き出された。大地を揺らすような歓声に、海良は一人恐怖に震える。


 今、この男は何と言った。


 東の塔で俺たちを狙った、あれの何倍も威力のある魔術砲とやらで王都を撃つ?そんなことをすれば、王都はただでは済まないのではないか。


 答えを求めてクレイに縋るが、彼もまた辛そうな目で海良を見つめるだけで、海良に必要な物を与えてはくれない。そうこうしているうちに、ヒューイが声を上げる。


「さあ、始めようぜ異邦人!王都で踏ん反り返ってる奴らに、一発お見舞いしてやるんだよ。災厄がその名の通り、奴らに死をもたらす。ああ、愉快だな!」


「何が……、何が愉快なんだ。」


「あ?」


 高揚した気分に水を差すような反論に、ヒューイは不愉快そうに顔を顰めた。そして自分に楯突く異邦人を鋭く睨み付ける。視線の先で、先ほどまでか弱そうに騎士の腕の中にいた異邦人は、しっかりと自身の足で大地を踏みしめ、肩を怒らせていた。


「こんなこと、愉快なわけがないだろ!自分が言っている意味が分かっているのか。大勢の人が、死ぬかもしれないんだぞ。」


「構わないだろう?お前を憎んでるやつらだ。」


「確かに、俺はこの世界の人たちに憎まれているのかもしれない、けど。」


 思い出されるのは、初めて立ち寄った宿場街で見た人々の笑顔。誰もが笑い、賑やかに暮らし、子供たちは無邪気に街を走り回っていた。晴れ渡った青空に、照りかえる太陽が街を照らす。その光景が頭に焼き付いて離れない。確かに酷い事をされたとは思う。けれど、思い出されるのは、そんな彼らの日常風景なのだから、もうそれは本当に、仕方がない。


「誰が俺を憎んだって、誰が俺を嫌っていたって、俺がその人を傷つけていい理由になんかならないんだよ。平和ボケだって笑われるかもしれないけど、でも、俺はそうなんだって、胸を張っていたい。俺は異邦人かもしれないけど、誰も傷つけたくない!」


「ご立派だな。ご立派で反吐が出る。ああ、もういいや。俺の刀を渡せ。」


 取り囲んでいた人垣から、武骨なダガーがヒューイに投げ渡された。彼はそれを器用に掴んでスルリと鞘から引き抜くと、鈍色に光る鋭利な刃先を海良に向ける。


「起動条件、異邦人の血でもよかったよな?」


 彼の殺意から海良を守るように、クレイが海良を背に隠した。彼の手にもいつの間にか剣が握られており、あたりは一触即発の雰囲気に包まれる。


「どけよ、騎士様。異邦人は俺らに協力するつもりがないみたいだぜ。邪魔だし、殺しとこうや。」


「真にキズの一つでもつけてみろ。死ぬよりも辛い目に合わせてやる。痛い思いをしたくなければさっさと刀を納めるんだ、ヒューイ。彼は俺が説得する。」


「ハッ、異邦人相手に良い顔しやがって気色悪ぃ。」


「何とでも言え。」


「今回だけだからな。早くしろ。」


 刀を下げたヒューイは、途端に興味を失くして鞘に納めた刀を腰へ帯びた。両腕を組み、二人の様子を観察している。彼が海良を傷つける様子が無いことを確認して、クレイも剣を腰に戻した。そして、まるで子供へ語りかけるように、海良に言う。


「王都を滅ぼせば、真はこの世界で安全に暮らせるようになる。俺がずっと一緒にいるから、ここで共に生きてくれないか。」


 クレイはずっと、海良に愛を伝えてくれた。今この時だって、彼は海良の身を案じ、優しい言葉をかけてくれる。だが海良は、もうその歪さを見て見ぬふりなどできなくなっていた。


「クレイ、おかしいよ。俺を大切に思ってくれるのは、嬉しい。ありがとうって思ってる。」


「それじゃあ……。」


「でも、そのために誰かを犠牲にしちゃいけないんだ。俺は別に、王都ってところを滅ぼさなくても、ひっそりと安全に暮らせればそれでいいし、そこにクレイがいてくれたらそれはとても素敵なことだと思う。それで、できれば家にかえりたい。だから、俺はあんた達に力を貸すことはできないよ。」


「真、お願いだからいう事を聞いてくれ。君のためでもあるし、これは俺の悲願でもある。俺から大切な物を奪ったあの人たちを、俺はどうしても撃ち滅ぼさなければならない。そうしないと、気が済まないんだよ。そのために君の力を貸してくれ。そうじゃないと……。」


 クレイが蚊の鳴くような声で呟いた。その言葉に、海良は零れるほど瞳を見開く。


「そうじゃないと、また彼らは俺から君を奪うじゃないか。」


「クレイ……、何を言って……。」


「俺はもう二度と君を失わない。次こそは守ると誓ったんだ。」


 まただ。また彼は、俺の分からないことを言う。まるで夢物語のような、空想世界の出来事のような、地に足のつかない誓いの言葉。


 それでも自分を見つめるクレイの瞳は真剣で、その誠実な光は失われていない。彼が本気で海良を思ってくれいているのが、痛いほど分かってしまう。だから尚更、海良は引くわけにはいかなかった。しっかりと足を踏みしめて、クレイに向かって言い放つ。


「俺は、協力できない。」


 悲しげに歪むクレイの表情は海良の心を痛めたが、その程度の事ではこの場は譲れない。だって、海良は信じている。自分はこの世界の人々にとって異邦人で、災厄をもたらす厄介者なのかもしれないが、決して自分自身が彼らを傷つける存在にはならないのだと、なってたまるものかと、自分自身を信じている。


 ヒューイが皮肉気に口笛を吹くのが聞こえる。それと同時に、彼が再びダガーを構えたのも分かった。


 先ほどの話からすると、異邦人が血を流しても魔術陣は起動するらしい。それなら、ヒューイに傷つけられるわけにはいかず、ましてや殺されるなんて以ての外だ。絶対に彼らの思い通りになるものか。


 海良が逃げようとして腰を低く落とすのと、ヒューイが海良に飛び掛かるのと、クレイが剣を抜いて応戦するのは、ほとんど同時だった。


 クレイの剣がダガーを跳ね返し、跳ね返されたヒューイは体勢を崩されたが、辛うじてその場に膝をつくことなく耐え切る。一歩後ろに揺らいだ彼の隙を見逃さず、クレイはヒューイへと飛び掛かった。鋭く擦れる金属の音が嫌に耳に響く。ヒューイは何とか一撃を受けたが、鍔迫り合いになった状態のまま、それ以上動くことが出来ない。目を逸らせば斬られる。そんな恐怖が、ヒューイの体を支配していた。


 ふと、クレイの注意がヒューイから逸れる。


 好機とばかりに反撃に移ろうとしたヒューイも、それに気づいた。


 古城佇む森の奥。その暗闇から、一人の男が現れる。その男は、深い緑を帯びた軍服を身に纏い、厳しく高圧的な声色で高らかに叫んだ。


「王宮直属、深緑騎士団だ!全員動くな!」


 新緑騎士団の団長アンスリウムは、王から賜った剣を高く太陽に掲げた。

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