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蔦王の戦城-1

 目的の国境はもうそこすぐだとクレイは言った。だから、今は何をおいても海良をそこに連れて行くのだと。そう言って、彼は一日中ロゼアを駆けさせた。彼は何度も海良に謝りながら、決して足を止めてはくれなかった。君を守るためなのだと、繰り返して言い聞かせたが、それ以外の言葉はくれなかった。


 そうして気まずい空気のままで、次の日の夕暮を迎えた頃、その建物は見えてきた。


 一本の道の先に、まるで行く人を通せんぼするように立ちふさがる古く朽ち果てた城。辛うじて姿を保っているが、城壁には蔦が絡みつき、窓には蜘蛛の巣が張っていて、もう随分長い間人の手が入っていないことが分かる。


「ついた。」


 感慨深さに満ちたクレイの声が耳に入る。

 

 つまりここが、クレイの目指していた西の果て。昔、獣人が東の塔を襲った時に、住人がに逃げ出したという古城。貴族の城というには飾り気がなく、質素で慎ましやかな佇まいが、長年かけて朽ち果てて行った様はいっそう寂しげに見えた。


 呆然と城を眺める海良は、くすんだガラス窓にふらりと人影が動いたのを見た。それは一瞬のことで、良く見ようと瞬きをしている間にもうその人影は消えていて、思わずクレイの袖を引っ張る。


 だが、小さく助けを求める海良を無視して、クレイはロゼアから飛び降り、そのまま古城へと歩き出してしまった。


 いつもなら手を差し伸べてロゼアから下ろしてくれるのに、自分の方に見向きもしない。その不自然さに、鼓動が早くなる。何か嫌な予感がする。降り積もっていた違和感が、また胸の内で騒ぎ出した。

収まれと、胸に手を当てて大きく息を吸い込む。

クレイはいつも俺に言ってくれたはずだ。絶対に守ると。だから、心配することは何もない。優しく誠実で、実直な彼を信じていれば大丈夫だ。


 背後の草むらが大きく音を立てた。驚いて振りかえろうとするが、馬上では上手く動けず、ロゼアが嫌がるように身を捩った。はずみでチラリと姿が見えた。誰かいる。


 いつの間にか、先ほどまで誰もいなかった窓辺に、確かに人影が見える。それも、沢山。全ての窓から大勢の人が、海良とクレイを見下ろしていた。皆がそれぞれ手に弓や槍を持ち、剣呑な目で不躾に海良を観察しているようだった。


 ずっと無人だと思っていた古城の戸口から、一人の男が姿を現す。ところどころが破けている薄汚れた装束を纏い、粗雑に髪を一纏めにした屈強そうな男は、例えるならば野党というのがふさわしい。その男が、クレイの前に立つ。


「遅かったじゃねぇか、大将。」


 何を言っているのか、海良はにわかには理解できなかった。男が大将と呼んだのは、間違いなく目の前にいるクレイだ。しかし、この薄汚い男とクレイが顔見知りだなんて、どう考えても不自然で、驚きのあまりクレイの後姿を穴が開くほど眺めてしまう。しかし、海良の不安を裏付けるように、クレイは「ああ。」と素っ気なく返事をした。


「当初の予定より2日ほど遅いじゃねぇか。待ちくたびれたぜ。何ちんたらやってたんだよ。」


「お前には関係ないことだ。」


「まさか、後生大事に災厄を気遣ってたんじゃねぇだろうな。嫌だねぇ、騎士様は。どんな状態でも生きてここまで連れて来られりゃオッケーだってもんだろうがよ。で、それが噂の災厄か?」


 男の目が海良に向く。他者を見下すその視線を受けて、海良の気分は酷く悪い。奥歯を噛みしめて睨み返す海良を見て、男は嘲るように鼻を鳴らした。


「ガキじゃねぇか。」


 湧き上がる威圧感と共に、男の首に剣の刃が向けられる。その柄を握っているクレイは、地を這うような声で言った。


「彼を侮辱することは許さない。さっさと準備しろ。」


「はいはい。仰せの通りに。」


 男はヒラリと両手を上げると、降参のポーズを取ったまま、気だるげに踵を返して古城の中へと消えて行った。同時に、背後の草むらにあった気配も、窓辺にいた人影も全てゆっくりと離れていく。そして再びクレイと二人になった時、海良は一人不安に押しつぶされそうになる心を抱えて耐えていた。


 振り返ったクレイは、いつものように穏和な笑顔を浮かべていた。そっと海良に駆け寄ってきて、彼に手を差し伸べると、困ったように眉を下げた。


「怖がらせてしまったかな。ごめんね。」


 そっと海良の手を引いて、ロゼアからゆっくりと下ろしてくれる。いつもと同じ、いつものクレイだ。


「もしかして、クレイが言ってた仲間ってあの人たちなのか?」


 おずおずと問うた海良に、クレイは無言で頷く。


「クレイが仲間って言うから、俺てっきり騎士の人たちなんだと思ってた。……いや、そうだ、クレイ初めから騎士の仲間がいるとは言ってなかったんだっけ。それっぽいみたいな、そんなこと言ってたっけ。俺の勘違いかな……。」


「真、ついて来てほしい所があるんだ。」


 海良の問いかけには何一つ答えず、クレイは彼の手を引いて歩き出す。取られた手があまりに冷たくて、海良はビクリと震えた。いつもと違う。彼の手はもっと暖かくて、柔らかで優しい温度をしているはずだ。先を行く彼の顔を慌てて見上げるが、前髪に隠れて表情が見えない。そういえば、前も同じようなことがあった。旅を始めた日に幽霊はいるのかと聞いた時、あの時もこの人は同じように俺の顔を見なかった。


 連れて行かれた先は、古城の裏手にある大きな広場のようなところだった。地面の土は整備され、丁寧に芝生が敷かれている。崩れ落ちる寸前の石柱が四方を囲み、その中心には小さな祭壇があった。その祭壇へ、クレイは海良の手を引いて真っ直ぐに歩み寄る。そして直前でピタリと足を止めると、ふと空を見上げた。


 つられて海良も顔を上げる。今日もいつもと変わらない良い天気で、太陽は高く、風は心地よくそよいでいる。辺りの木々から漂う緑の香りの中に、ふと違う匂いが流れ込んでくる。少し体にまとわりつくような、塩の香り。海良には覚えがあった。


「近くに海があるのか。」


「そう。この古城をもう少し西に行くと、その先には海がある。」


 しかし、その話はおかしい。だってクレイはずっと海良に、西にある国境を越えてファング王国を出るのが目的だと伝えていた。西には特筆すべきものは何もないのだと。人の住んでいない朽ち果てた古城が一つだけあって、その先に逃げるのだと、そう言っていたはずだ。


「ここから海を越えるのか……?あ、でもそれじゃあ、あの狼男と連絡を取るのが難しくなるんじゃ……。」


「真、話の続きをしよう。」


 海良の悪あがきを遮って、クレイが切り出す。


「北には教会が、南には王宮が、東には塔が、西には戦城がある。ファング王国を建国した蔦王フェルトブッシュは、この戦城に魔王討伐のための大規模魔術陣を築いたそうだ。彼はこの地より、海から飛来する魔族を悉く撃ち滅ぼして王国に平穏をもたらした。この小さなファング王国という島国は、周囲を海に囲まれているんだ。」


「島国……?」


「海の向こうには人は住めず、魔族が蔓延っていると聞くけれど、それを見た人は誰もいない。蔦王がかの魔王を倒し、魔族とは互いに不可侵の協定を結んだからだ。そしてここには、海の向こうまで届く魔術弾を発射できる、大規模魔術陣だけが残った。」


「待てよ。海の向こうは魔族がいるって、じゃあクレイが初めに俺に言っていた事は……。」


「ごめん。全部嘘なんだ。どうしても、君にここまで来てもらわないといけなかったから。」


 嘘。その言葉は、海良を絶望の淵に叩き落とした。


 二つ目だ。クレイが俺についた嘘は、これで二つになった。


 それでも、海良は思い出す。クレイはあの時言ったのだ。俺を決して殺さないと。何に代えても守ってくれるのだと。だからその約束が、俺にとっても唯一絶対だ。


 いつの間にか、広場にはたくさんの人が集まっていた。彼らは一様に薄汚れた衣服を着て、疲れた顔に、辛い目をして海良を睨み付けている。その中には、クレイと喋っていた男もいた。

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