騎士クリーデンス-3
おかしいじゃないか。
海良の思考がぐるぐると回り始める。
クレイの話では、国王は異邦人を保護しているのではなかったのか。異邦人の「確保」を命じているのは教会という組織で、国王はそれに反対していると、クレイはそう言っていたはずだ。だから王宮騎士である彼が自分を護衛しているのだと、今の今までそう思っていた。
それとも、クレイが言っていた王都は危ないという話が関係しているのだろうか。良く分からない。足元に急にぽっかりと穴が開いたような気がする。夜が押し迫ってくる。篝火に照らされたクレイが、海良の様子を心配そうに見つめているのを知っていたが、見ないふりをした。
だって顔を合わせたら、クレイに尋ねなければならなくなる。
今まで少しずつ、けれど確実に募ってきた違和感の説明を求めなくてはならなくなる。
聞きたいような、聞きたくないような。どうにも落ち着かない心地で、海良は目を彷徨わせた。
酷く気分が悪かった。突然様子がおかしくなった海良に気付た吟遊詩人が、心配そうにこちらを見ているが、出来ることといえば曖昧に微笑むくらいのもので、ちゃんと反応ができない。手を握ったり、開いたりしながら、自分の血の気が引いて行くのを海良は感じていた。
そっと、背中に暖かな温度が触れる。その感触にドキリと心が高鳴って、海良は思わず背後を振り返った。温かな手の持ち主は、いつもと変わらない誠実そうな瞳で海良を見つめていた。
「真?大丈夫?もう本当に、この話はやめにしよう。ね。顔色が随分と悪い。」
「……クレイ。」
彼の名を呼ぶ。ようやく、呼吸ができた気がした。背中から、体中にじんわりと体温が戻っていく。それと同時に、少しだけ心の底から勇気が湧きあがってきた。
この優しい自称俺の騎士は、きっと俺のために何か隠しているのだと。今ならそう信じられる。決して自分を陥れようとしたのではないと、クレイはそんなことはしないと、そんな自信が確かにあった。
だから、海良は吟遊詩人に笑いかける。
「焚火に当たり過ぎて、ちょっと気分が悪くなっちゃったみたいだ。悪いけど、ちょっと涼んでくる。クレイ、一人じゃ怖いから側にいてくれる?」
クレイはすぐに頷いた。
「じゃあ私はここで火の番をしていますね。決して絶やしませんから、ご安心ください!」
素知らぬふりをして吟遊詩人も胸を張った。
やっぱりこの人はいい人だ。第一印象は馬鹿にできない。
「何かあったら、この明かりを目印に、ここに帰ってきてくださいね。」
海良は一つ頷くと、腰を上げて木々の闇にまぎれるようにして歩いた。後ろからクレイが続く。そうして適当な距離まで離れた時、海良はひたりと立ち止まると、後ろを振り返ってクレイに問う。
「さっきの話、王の命令で王都に連れて行かれた異邦人は、王宮の衛兵に取り囲まれて殺されたって言ってた。俺もそうなのか?だからクレイは、王都には行けないって言ってたの?」
しばらくの沈黙のあと、クレイは小さな声で「そうだ。」と呟いた。
「そうだ、真。君は今、王からも命を狙われている。初めに説明しなかったのは、君を不安にさせないためだった。この国にある全ての権力者から命を狙われているだなんて、異世界から来たばかりの君に伝えるのは酷だと思ったんだ。こんなことなら、初めに伝えておけば良かった。俺が悪い。」
「クレイは初め、自分のことを王宮騎士だって言ってたよな。あんたは、俺を殺すの?」
「違う。違うんだ。」
「何が違うのか、ちゃんと説明してくれよ!俺はあんたを、信じていいんだよな?」
「当たり前だ。俺は絶対に君を殺さない。何に代えても守り抜く。そう誓った。たとえどんな事が起きたって、それだけが変わらない俺の唯一絶対だよ。」
言葉を切って、クレイは考え込むように口元に指をやる。その端正な顔を顰めると、トントンと指で顎を叩いた。
「何から説明……、いや、弁解すべきか。まず俺は……。」
クレイの言葉をかき消して、突如として馬の嘶きが森一帯に響き渡った。何事かと耳を澄ませるクレイが聞いたのは、いくつもの足が地面を蹴る、地鳴りにも似た足音。その数の多さに、ついに追手が追いついてきたことを察した。
「奴らが追ってきた。ちょっと失礼するよ。」
狼狽する海良を担ぎ上げて、そのまま全速力でその場を離脱する。吟遊詩人が待つ野営地から遠ざかるように、できるだけ早く。申し訳ないが、ロゼアはここに置いて行く。異常事態に気が付けば主人の後を追って駆けてくるだろうし、たとえ追ってこなくても吟遊詩人が可愛がってくれるだろう。この先の道行に馬がいないのは不便だが、今はそんな事言っていられない。
先を急ごうとするクレイを妨げたのは、彼に担がれた海良だった。
彼はクレイの腕の中で大きく両手足を動かすと、抱え込もうとするクレイに非難の声を上げた。
「焚火のところに戻らないと!」
「ダメだ、真。全て置いて行く。今はとにかく逃げるのが先だ。」
「だって、まだ吟遊詩人さんがあそこにいるだろ!あの人、あいつらに捕まっちゃうじゃないか!」
「やつらも、ただの吟遊詩人を捕まえるほど暇じゃないさ。多少の事情聴取はあるかもしれないが、俺たちが心配することじゃない。とにかく今は、君の身を安全なところに移すのが先決だ。」
「そんな……だって、待ってるって言ってたのに。」
明かりを目指して戻ってきてと、そう言った吟遊詩人の顔が頭に浮かぶ。自分たちが帰らず、東の塔で襲ってきた奴らに彼が囲まれる。そうして奴らの話から俺が異邦人だと知ったら、彼はどんな風に思うのだろう。あんなに素敵な声で歌う人が、あんなに笑顔で他人の手を握る人が、あの街の住民のように自分を怖れて侮蔑の目でこちらを見るのだろうか。
そう考えたら、怖くて怖くてたまらなかった。
それなのに、クレイは足を止めてくれない。ただひたすら、海良をその場から遠ざける。草木を擦りながら走り続けていると、蹄の音がひとつ、二人に近づいてくる。聞き覚えのある足音にクレイが振り向くと、そこには主人を探して追ってきた相棒の姿があった。
「ロゼア!」
クレイの呼びかけに、ロゼアが応える。猛烈な勢いで駆けてきた足を少し緩めると、クレイに並走して背を差し出す。彼女の背に向かって、海良を腹這いに投げ乗せて、クレイもそれに続いて手綱を握って飛び乗る。瞬間に、ロゼアは心得たとばかりに速度を上げた。
「クレイ、嫌だ。戻りたい!戻ってくれ!」
「ダメだ。本当に、俺は……俺たちは、君を失うわけにはいかない。」
どれだけ頼んでも、どれだけ叫んでも、まるで海良の声はクレイに届かない。彼は、ひたすらに前を向き続けた。
もうすぐ日が昇ろうとしていた。




