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騎士クリーデンス-1

 日が落ちれば足を止め、火を焚いて森の陰で体を休ませた。日が昇れば出立して、食事はクレイの持つ非常食を食べるか、もしくは釣った魚や採った木の実を口にして凌ぐ。日が落ちる前には、民家の明かりが微かに見えるか見えないかという場所に野営の準備をする。その時クレイは必ず海良を自分の側に寄せ、深夜は寝ずの番をする。時たま静かに目を閉じる事はあるが、少しでも海良が身動ぎするとすぐに目を覚まし、彼の無事を確認したら再び目を閉じる。風が葉を擦る音の隙間に、焚火の爆ぜる音が入り込む、そんな静かな夜を二度過ごした。


 そんな生活に海良が我慢できなくなったのは、三度目の夜を迎えた時の事だった。


 いつものように火を起こし、寝る場所を確保したクレイが手頃な岩に腰をかけると、海良がその隣にちょこんと座って彼を見上げた。不思議そうな顔をするクレイに、海良は言う。


「今日は俺が見張りやるから、ちゃんと寝ろよ。」


 海良の提案に、クレイは首を振った。


「ありがとう。でも俺は大丈夫だから。真こそ慣れない旅で疲れてるだろう。ほら、早く横になって。」


 そう言って横たわるように促す手を、海良は払いのけた。


「俺じゃ頼りないかもしれないけど、でも俺だって、クレイが俺にしてくれる分くらい……、こんなんじゃ全然足りないかもしれないけど、何か返したい。それに、クレイは毎日全然寝られてないし、こんなの長く続かないって。短い間でもいいから、俺に見張りをやらせてよ。頼む。」


 最後はほとんど縋るように訴えかけていた。クレイはいつも優しく微笑むだけで、まるで海良に苦労を掛けられている顔をしない。優しくて、強い。でも、それが逆に海良の心を痛める。


 自分は役に立たないのかもしれない。守られている方が、クレイにとっても楽なのかもしれない。何もせず、彼のいう事に従っているのが正解なのかもしれない。そんな事は分かっていたが、そんな理性を押しのけてでも、今はクレイの体が心配だった。


「ごめん。どれだけ真が頼んでも、これだけは任せられない。」


 クレイの返答を聞いて、海良はキッと彼の顔を睨み付けた。


「じゃあ俺も寝ない。」


「真……。」


 駄々を捏ねる子供を見る目で、クレイは海良を諌めようと試みるが、彼の意見を遮るように海良は言葉を重ねた。


「俺が寝ないのは俺の勝手だろ。今日は一晩中起きてるから。」


「君ね、何を言っているのか分かってるのか。」


「分かってるに決まってるだろ。一晩徹夜するくらい平気だよ。どうせ昼間だって、ほとんどロゼアに跨ったままで、自分でなんて歩いてないんだ。」


 そして三角すわりした膝に顔をうずめて、喋れば喋るほど声は小さく、囁くようになっていった。


「なあ、一晩俺とお喋りしようぜ。そうしたら、きっと楽しいよ。」


 顔色を伺うように上目使いで、海良はそっと顔を上げる。いつの間にか風は止んで、辺りには静寂が落ちている。パチンと、薪が爆ぜる音がした。


「ああ、それは……、楽しいかもしれないね。」


 クレイがそう呟いた。それは海良にとっては意外な返答で、思わず「えっ。」と声が漏れた。


「いいの?」


 思わず確認すると、今度はクレイはしっかりと頷いた。


「夜通し君と話をするのは、とても楽しそうだと思ってしまったんだ。俺の負けだよ。」


 飛び跳ねるように立ち上がると、海良は意気揚々と手近にあった薪を火の中に放り込む。焚火の炎はゆっくりと、薪の表面を舐めて広がって、パチパチと威勢よく音を立てはじめた。少し離れたところで足を折って休んでいたロゼアが、迷惑そうに唸る。


「それで、何の話をしよう。俺、なんかいっぱいクレイに聞きたいことがあったんだけど、何だったかな。いざとなったら出てこないな。」


 座りやすい場所を改めて探して、海良は姿勢を正す。こちらにやってきてから今までの出来事を思い返しながら、目の前の男に聞きたい話をいくつも思い浮かべた。この世界の話。あの街のこと。昨日食べた木の実の名前。頭はいくつもの疑問に溢れていて、到底一夜では話し尽くせる気がしない。


 そして、その中からひとつ、大切な事を思いだした。


 ああ、これだ。どうして今まで思い当たらなかったのか、不思議になるほど当然の話。

 海良は心にストンと落ち着いたその質問を、クレイに投げかける。


「クレイの家族ってどんな人?好きな食べ物は?何で騎士になろうと思ったの?」

 彼の質問に、クレイは驚いて動きを止める。そして、ゆっくりと自分の生い立ちを話し出した。



 クレイは四人家族の長男で、お父さんが王宮騎士団に所属していたから、自分も騎士を目指したこと。弟は王都で働いていて、時々手紙のやり取りをすること。食べ物の好き嫌いはなくて、でも実は甘い物がすきなこと。ロゼアとは騎士になった頃から相棒なこと。


 彼の話はまるで寝物語のように、海良の心を穏やかに満たした。彼の、彼自身の話が終わると、次は海良の番。二人は交互に、尋ねては話し、話しては尋ねてを積み重ねて夜を過ごす。そして月が真上に上る頃、突然、薪を火にくべていたクレイが動きを止めた。


 彼の不自然な動きに、海良もまた口を閉じた。いつの間にか、ロゼアが耳を立てて顔を上げていた。


 クレイはすっと人差し指を立て、口元に持って行く。喋るな、のジェスチャーに海良はしっかりと頷いた。クレイの手には、いつの間にか見覚えのある装飾の剣が握られていて、クレイが警戒をしなければならない何かが起こっているのは確かだった。


 土を踏む音が聞こえる。


 それはまだ遠くのようだったが、確かに足音だった。


 音のする方をじっと注視しながら、海良は身を固くした。誰か人が近づいてくる。クレイは火を消そうと焚火に近づいて、そしてふと思いとどまった。足音はひとつ。馬の蹄も聞こえない。追手が来たと考えるにはあまりに勢力が貧弱だ。


 焚火を消せば、逆に不自然ではないだろうか。それに相手が一人なら、真っ暗闇よりも明かりがある方が対処がしやすい。


 足音は随分と近くまできていた。視界の先で、木に紛れて黒い影が動くのが視認できるほどになる。そして、木々の間から、その人物はひょっこりと姿を現した。


「良かったー!人がいたー!」


 緑色のマントを羽織り、同じ色の帽子を被って、背には大きな荷物を背負った男が一人そう叫ぶ。泣きつくように二人に駆け寄ると、クレイが剣を握っていることなんて気にもせず、その手を取るとブンブンと振り回して何故か礼を述べる。


「ありがとうございます!ほんと!ありがとうございます!」


「あの……えっと。」


 戸惑うクレイの手を放り出して、次は海良に握手を求める。素直に握手に応じたら、同じように熱心にお礼された。


「ありがとう!いてくれてありがとう!存在してくれてありがとう!」


「お兄さんちょっとスケール大きすぎじゃない?どうしたんですか?」


 海良の疑問に、男は両手を腰に当てて胸を張る。先ほどと一転して何故か誇らしげな様子に、意味が分からず海良は小首を傾げた。


「私、実は吟遊詩人でして!色々な村を訪れて詩を歌うのが仕事なのですが、道に迷いましてね!街を出て、街道を通って次の街へ歩いていたつもりが、気が付いたら森の中にいました!歩いても歩いても道に出ないし、方位磁石の使い方は分からないし、次の街に泊まるつもりだったから食料も用意してなかったし、もうこれは餓死かな?って思っていたら遠目に炎が見えた気がしたので、それを目指して頑張って歩いてきたらあなた方がいたというわけです!本当にありがとう!晩ご飯ください!」


 そして何がおかしいのか、彼は豪快に笑った。


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