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8月中旬。夏真っ盛りのこの日、宗介達は海に来ていた。真っ青な空に白い入道雲。潮風に吹かれた一同は、久々に見る海に興奮していた。
「海だー!超久々!」
「晴れてよかったね。」
「男女別れて着替えようぜ!」
十人のグループは男女に分かれ、更衣室に向かった。
(葵はここで待っててね。絶対勝手に動かないでよ!)
「分かってるって。子供じゃないんだから。はやく着替えて来なよ。」
小声で葵に話しかけ、宗介は更衣室に亮介達と向かった。手早く着替えをすませると、一同は葵の待っている一角に戻ってきた。
「女子が戻る前にパラソルとか設置しようぜ。」
テキパキと指示を出す亮介に従い宗介もピクニックシートを敷いた。葵は近くの砂浜に座ってそれを眺めていた。やがて咲の大きな声が聞こえ始め、女子が戻ってきた。
「お待たせー!さあ泳ごう泳ごう!ほら、桃華もパーカー脱いで!海に入れないじゃん!」
「ち、ちょっと待って咲ちゃん…」
咲は飾りのないシンプルな黒いビキニに水着用のショートパンツを着用していた。桃華は胸元にピンクのフリルがついたビキニに、短いパラオを腰に巻いていた。桃華が動くたびにプルプルと揺れる胸に内心興奮していた男達だったが、桃華の性格上見ていることがバレると二度とパーカーを脱がないかもしれない。男達はチラチラと横目で盗み見る様に桃華の豊かな双丘を堪能した。
「宗介も大きいおっぱいが好きなんだ。」
(ば、ち、ちがうって。俺は見てないよ。)
無表情のまま葵に詰め寄られ宗介は慌てて否定した。男達の不埒な視線に気づかないまま、桃華は咲と共に海に入った。
「桃華!海が怖いなら腰に浮輪の紐くくりつけときなって!溺れても紐掴めば水面に出るから!」
「ええ~恥ずかしいよ…でも波怖いからつけとこうかな…」
「じゃあ行くよー!どんどん行くよー!」
「ち、ちょっと早いって…」
咲は桃華の入った浮輪の取手を掴むと、それを押しながらバシャバシャと泳いで行った。
「後藤さんパワフルだなー。俺はここで荷物番してるからみんな行ってきていいよ。」
「お前泳がねーの?」
「後で泳ぐよ。その時は誰か交代して。」
「わかった!わりーな!」
宗介を一人残して他の面々はそれぞれ仲のいい友人と共に海に入っていった。
「ふう…」
「宗介は泳がないの?」
「後で気が向いたら泳ごうかな。」
「ふうん。お盆の時期に海に入ったらいけないんだよ。」
「え、なんで?」
「帰ってきてる死者に海に引きずり込まれるんだよ。水難事故が起きるよ。」
「たしかにお盆の時期ってそういうニュース多いよね。」
「泳ぐなら浮輪持って行きなよ。」
「そうする。でも葵を一人置いて行ったらつまらないだろ?なるべくここにいるよ。誘ってくれたみんなの手前全く泳がないのは悪いから少しは海に入るけど。」
「そうだね。そしたら飛んで着いて行くよ。」
「え…絶対に海に入らないなら、いいよ。」
「分かってるって。」
その後も葵と取り留めのない話をしながら、たまに戻ってくる友人達と言葉を交わし、気がつくと時刻は昼になっていた。
「そろそろ皆集めて昼にしようぜ。あっちに海の家あったからそこで買おう。貴重品持っていけば全員で行けるだろ。」
「そうだな。」
宗介達は海の家に行き、それぞれ昼食を買った。お祭りの時の様なプラスチックパックに入った焼きそばと缶のコーラを持って、宗介はパラソルを目印に歩き出した。皆でピクニックシートの上に座り、それぞれ食事を始めた。
「うーん、味はイマイチね!でもみんなで食べると美味しく感じるのが不思議ね!」
「咲ちゃんたら…」
「海の家なんてこんなもんだろ。」
「そんな事ないわ!最近はお洒落な海の家だって結構あるんだから!ここのはしょぼかったけど。」
「まあ確かに、値段も高かったしな。」
「しょうがないよ。サービスしなくったって客が来るんだから。」
他愛のない会話をしながら食事を終えた後、桃華が躊躇いがちに宗介に話しかけた。
「あ、あの、四谷君。この後私と咲ちゃんで荷物見ておくから、四谷君は泳ぎに行っていいよ。」
「え、でも悪いよ。」
「ううん、私ちょっと疲れちゃったから、少し休もうかと思って。だから四谷君気にしないで行ってきて。」
「そうよ、あんたのこと荷物番として呼んだわけじゃないんだから。海に来て泳がないなんて損よ!桃華の浮輪貸してあげるからちょっと泳いできなさいよ。」
「それじゃあ、ちょっと行ってみようかな。」
宗介は浮輪に入りプカプカと海に浮かび、その側には葵がフワフワと浮いていた。暑さと日焼けで火照った体に冷たい水が気持ちよかった。
「はあ…やっぱ泳いで良かった。気持ちいい。」
「浮輪の紐、腰につけておいたら?」
「子供じゃないんだから。俺泳げるし。」
今日一日桃華を全く意識している様子のない宗介を見て、葵は自身のどす黒い感情が薄れて行くのを感じていた。その確認のためだけに今日着いてきた葵だったが、青空と青い海に挟まれて浮かぶのは思いのほか気持ち良かった。たった一つの憂いもなくなり、葵は海を堪能した。
自分は死んでいて、宗介は生きている。いずれ葵以外の女性と出会い、その人を愛するのだろう。分かってはいても、気持ちが追いつかなかった。葵を地上に留めているのは、他ならない宗介への執着だった。せめて葵が消えるまでは、自分のものであってほしい。しかしそれを言葉にして宗介を束縛することを葵は望んでいなかった。
「気持ちいいね。俺眠くなってきた。」
「溺れるよ。」
「分かってるって。」
そんな会話をしながらまったりとした時間を過ごす宗介の足元に、無数の手が伸びた。