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翌日、葵の通夜が執り行われた。相変わらず呆然としている紫を支えているのは、彼女の親戚だろうか。焼香を済ませた宗介は会場に設置されたパイプ椅子に腰かけ辺りを見回した。葵の親戚、高校時代の友人であろう女性達、理工学部の同級生。様々な人が葵の遺影の前に並んだ。葵は、まるで自分の死を確かめるかのように遺体のすぐ側でそれを眺めていた。宗介は葵が気が済み自分の所に戻ってくるまで椅子に座り続け、その後は紫に挨拶をしてその場を去った。紫は涙を流すことなくただ座っていて、挨拶も心ここに在らずの様子であった。宗介も、勿論涙は出なかった。
「明日のお葬式にも出るの?」
「出るよ、勿論。葵の葬儀なんだから。」
「ふうん。私の身体、そこで焼かれちゃうんだね。」
「そうだね。」
「宗介も骨拾う?」
「どうだろう、まだ家族じゃなかったから、拾えないかも。」
「確かに。」
片耳にイヤホンを付け、通話をしている振りをしながら宗介は葵と家路に着いた。アパートの外階段を登っていると、ふと横に葵の姿が横切った。葵は飛んでいた。
「葵、浮いてる。」
「うん、なんかできるかなって思ったらできちゃった。」
「そっか…」
「今日のお通夜で死んだ実感がさらに湧いたのかも。ますます幽霊っぽくなってきたよね。このまま私が自分の死を受け入れたら、成仏できるのかも。」
「そうだね。」
翌日の葬儀にも宗介は出席し、紫の願いもあり火葬場まで同行した。骨を拾うのは遠慮しようとしたが、是非にと親族に言われそれも参加した。葵はそれをじっと見ていた。
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葵の死から二ヶ月が経過していた。現在夏休みを目前とした7月下旬。大学で宗介と食事をしながら、亮介は口を開いた。
「来週から夏休みじゃん?」
「そうだな。」
「今度みんなで海に行くんだけどお前も来いよ!」
「海かあ…」
「お前、いくら呑みに誘っても全然来ないじゃん?たまには気分転換にパーっと遊ぼうぜ!桃華ちゃんも来るよ?おっぱい見れるよ?巨乳だよな、桃華ちゃん!お前に気がありそうだし。」
「佐藤さんが?ないない。」
「でも最近お前ら仲良いじゃん。よく話してるだろ?この前手作りのお菓子貰ってたし。」
「あれは多分気を使ってくれてるんだよ。気があるとかそんなんじゃないと思うよ。亮介だって貰っただろ?」
「そうかあ?俺はオマケだと思うけど。まあ、取り敢えず海行こうぜ!女子の水着!見に行こう!最近ゼミにもあまり顔だしてないだろ?気まずくなる前に、行こうぜ!」
亮介の気遣いを感じた宗介は、無下に断ることも出来ず渋々了承した。ゼミの仲間とは言え、人付き合いがあまり得意ではない宗介は亮介以外にそこまで親しい友人もいなかった。一人で荷物係でもやるかなと、宗介はすでに諦めの境地にいた。
葵にとって、海は危険だ。今もなお成仏することなく同居している自分の彼女の事を思い出し、葵には留守番していてもらおうと心に決めた。
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「桃華!今度の海、四谷も来るんだって!」
「え、そうなの?」
「チャンスだよ桃華!その巨乳を見せびらかせば傷心の四谷もイチコロだって!」
「や、やめてよ…気にしてるんだから!それに、四谷君の事は別に…」
「好きでしょ?一年の頃からずっと見てるじゃん!彼女いるから諦めてたんでしょ?そろそろ攻めてもいい頃じゃない?」
「まだ早いよ…彼女さんが亡くなって、まだ二ヶ月しか経ってないんだよ?それに、勝てる自信ないし…」
「勝てるって、山中さんに?」
「…うん。生きてる人は、亡くなった人には絶対に叶わないもの。生きてた時のいい思い出しか心に残らないんだから。」
「難しいこと考えてないで好きなら好き!って言えばいいのよ。そんなんだからまだ処、モガモガ」
「もー!咲ちゃんのばか!デリカシーないんだから!」
「ご、ごめんごめん。」
桃華と咲は正反対の性格をしていたが仲が良く、同じ学部な事もあり学内では一緒に行動することが多かった。二人は今日も同じ授業を四限まで受け、帰宅する途中であった。
咲は少々空気が読めないが、面倒見は良く、性格が悪いわけではなかった。大切な友人である桃華が、宗介に恋い焦がれている事は三年一緒にいればさすがに気づいた。しかし彼女がいた宗介との恋愛を応援する訳にもいかず、咲は今まで気が付かないふりをしてきた。彼女が亡くなるという悲しい結末を迎えたとは言え、宗介は今はフリー。付き合うとまではいかなくても、それとなく気持ちを伝えても良いのではないかと咲は考えていた。身近な者をなくした経験のない咲は、二ヶ月という期間が長いのか短いのか、判断できなかった。
「あ、電車来ちゃった。じゃあまたね!今度水着買いに行こう!」
「う、うん、じゃあね、咲ちゃん。」
桃華は傷心の宗介の心の隙間に入り込むような真似はしたくなかった。宗介がきちんと葵の死を乗り越えた後に、気持ちを伝えるつもりだった。しかし近くで見ていても、宗介は未だ嘆き悲しむ様子を見せる事はなかった。現実逃避には些か長すぎる期間に、桃華の心配は加速していた。
海に行って、気分転換でもしたらまた状況が変わるかもしれない。海では宗介を思い切り楽しませたいと、桃華は水着の新調を決めた。
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「海?」
「そう、ゼミのみんなとね。夏休みに行くことになったんだ。葵に海は危険だから、お留守番ね。」
「…佐藤さんって子も来るの?」
「え?同じゼミだからね、来るんじゃないかな?直接聞いてはいないけど。なんで?」
「別に、聞いてみただけ。私も行こうかな、海。」
「な、なんで?危ないよ、流されたら消えちゃうよ?」
「私が死んでもう二ヶ月だよ?右手が透けて、飛べるようになって。そこから何も変わらないじゃない。そろそろ部屋から出て、色々な事を試してみたい。…約束したじゃない、夏休みに一緒に海に行くって。だから私も行く。ダメって言われても、着いて行く。」
「…わかった。でも絶対に水に入らない事。約束して。」
「約束する。」
葵の珍しく意固地な態度に戸惑いつつも、宗介は同行を許した。まさか入水自殺するつもりではないとは思うが、海では葵から目を離さないようにしようと心に誓った。
宗介が度々持ち帰る手作りのお菓子。誰から貰ったのか聞くといつも同じ名前が帰ってきた。佐藤桃華。学部もゼミも違う葵ですら聞いたことがある、男子の憧れ。死んでしまってこれ以上の進展はない葵と違い、桃華は生きていた。
葵は、なくしたはずの感情が一つだけ戻りつつあることに気付いていた。それは嫉妬。空っぽの心に、どす黒い感情が渦巻くのを自覚した葵は、しかしそれを宗介に伝える事はなかった。




