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「あ、あの…」


授業後、宗介に声をかけたのは同じゼミの佐藤桃華。ふわふわとした栗色の髪に大きな垂れ目。小さくも筋の通った鼻にぷっくりとした桜色の唇。十人中十人が彼女を見れば美少女と呼ぶだろう。真っ直ぐな黒髪にツリ目気味の葵とは正反対の顔。桃華が美少女であることは認めるが、正直宗介の好みではなかった。同じゼミに席を置いていても、人見知りの桃華とはあまり話したことはなかった。ただ、ふと彼女の方を見ると、良く目が合うことだけが印象に残っていた。


「何かな、佐藤さん。」

「あの、げ、元気出してください。私も高校生の時父親を亡くしたんですけど、最初は実感が湧かなくて、涙も出なかったんです。でも葬儀も全部終わって、家に帰ったらいつもテレビを見ているお父さんがいなくて…その時初めて泣いたんです。その時はお母さんが一緒にいたから慰めあったんだけど、一人だと辛いと思うんです。…だから、あの、えっと…しばらくは、あまり一人にならない方が良いかと…。すみません、なんかでしゃばったこと言って…。」

「…いや、参考になったよ、ありがとう。気をつけるね。」

「い、いえ…では私はこれで…お疲れ様でした。」

「お疲れ。」

「じゃーなー」


「ちょっと早いけど、学食行こうぜ。」

「そうだな。」

「山中さんか…理工学部の花だったよな。俺全然話した事なかったけど。今度紹介してもらおうと思ってたんだ。」

「ちょっと遅かったね。」

「お、やっぱ空いてる。お前何食う?俺担々麺!」

「俺は…カレーかな。」


それから亮介は葵の話題を出す事なく、二人は他愛もない会話を続けた。二人の皿が空になった頃、宗介の後方から甲高い声が聞こえてきた。


「あれ、亮介と四谷じゃん。珍しい組み合わせ!一緒に食べていい?」

「ち、ちょっと咲ちゃん…!」

「え、いいでしょ?隣座るねー!」


渋る桃華を引き連れ強引に同席したのは同じゼミの後藤咲。彼女は誰に対しても物怖じせず発言する女子のリーダー的存在であるが、少々強引な一面もあった。今日も返答を待つ事なく勝手に隣に座ってきた咲に続き、桃華が申し訳なさそうに席に着いた。


「あの、勝手にごめんなさい…」

「いや、佐藤さんのせいじゃないよ。気にしないで。」

「四谷がこの時間から食堂にいるって珍しいね!いつも授業が終わるとどっか行っちゃうし。」

「ああ…彼女と会ってたんだ。学部が別だったから…」

「彼女って理工学部の山中さんでしょ!?可愛いよねー!じゃあ今日は大学来てないって事?それとも喧嘩でもした?」

「おい咲、お前ちょっと黙って…」

「何よ?聞いてるだけでしょ?もしかして本当に別れちゃったの?」


咲は亮介と同様に口を開けば止まらないタイプであったが、彼と違い空気を読むということが苦手であった。故にリーダー的存在といっても、皆に好かれているわけではなかった。宗介も例に漏れず、咲の事を苦手としていた。


「亡くなったんだ、彼女。だから今日大学には来てないし、別れたっていうのも、あながち間違いじゃないかもね。じゃあ、俺もう行くから。」


驚きと自分の失態に言葉が出ない咲と目を合わせる事なく、宗介はトレイを持って席を立った。


「咲ちゃ~ん…」

「お前なあ…」

「な、何よう…知らなかったんだもん…二人は知ってたの?」

「今朝一限が一緒だったからな。」

「私もその後ろで聞いちゃって…」

「そうだったんだ。あ~どうしよう、謝りに行くのもおかしいよね?」

「もうそっとしておいてやれって。」

「うん…」



ーーーーーーーーー



三人と別れた宗介は一人外のベンチに座っていた。この後の授業は出席を取るものもないし、ゼミに行くのも彼らと会いそうで気まずい。まだ昼だけどもう帰ろうか、家で葵が待っている。昨日死んだはずなのに、宗介の家に居候している葵。彼女はいつまでここに留まっていられるのだろう。今すぐ会いたい気もするし、会うべきではない気もする。答えが出ず、宗介は取り敢えず三限に出る事にした。



「ただいま。」

「おかえりなさい。」


現在午後5時。宗介は四限の授業まできっちり出席してからゼミに顔を出す事なく帰宅した。

葵は相変わらず定位置のソファの上に体育座りをしてしていたので、宗介はその隣に腰かけた。見ているだけなら生きている人と変わらない。透けでもしていたら幽霊っぽいのに、と考えながら宗介は横目で葵を眺めた。しかしその思考も葵の右手に視線が移ると停止した。


「ねえ葵…」

「なあに?」

「なんで、右手だけ、透けてるの?」

「ああこれ?」


葵は昔読んだ本に幽霊は水に溶けると書いてあったのを思い出し、宗介が留守の間に試していた。何故か触れた蛇口から水を出し右手で触れた途端、葵の中から何がが抜け出し、慌てて手を抜けばその手はすでに透けていた。


「その本が言うには、幽霊って流動体だから同じく流動体の水に溶けて一緒に流されちゃうんだって。水の行き着く先は海で、だから海には幽霊がたくさん出るんだって。」

「…そういう危ない事しないで。本当に全部溶けてなくなっちゃったらどうするの?」

「なくなっちゃってもいいかなって思ったの。でも宗介にお別れを言ってなかったから、やめた。」

「水に溶けたら皆海に留まるんでしょ?成仏とは違うじゃん。ずっとこっちに残ることになるんだよ。変なことしないで、大人しく成仏するのを待とうよ。」

「成仏、できるのかなあ?」

「心残りとかないの?」

「ないと言ったら嘘になるけど…お母さんが心配、とか。でも皆死ぬ時はそんなものでしょ?宗介は、私に早く成仏してほしい?」

「今みたいに会えなくなるのは嫌だけど…葵にはちゃんと天に昇って、次の生に進んでほしいとは思ってる。今の状態は不自然だ。葵も、幸せそうには見えない。今の葵が笑ってるの見たことないよ。」

「…感情が、湧いてこないの。何も感じないの。色々な感情はきっと身体に置いてきちゃったんだね。」

「やっぱり早く成仏した方がいいよ。一緒に、その方法を探そう。」

「うん…」

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