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「ねえ、私死んじゃったんだけど。」

「はあ?」


四谷宗介の部屋に合鍵を使って入ってきた山中葵は、宗介の顔を見るなりそう呟いた。


「はは、死んじゃったの?じゃあここにいる葵は幽霊ってことか。」


そう言いながら宗介は葵の滑らかな黒髪に手をやり、優しく撫でた。


「触れる幽霊なんて珍しいなあ。」

「もう、信じてないでしょ。本当なんだから。さっきそこで、車に轢かれて死んじゃったの。目の前に車が迫ってきて、車と塀に挟まれて、身体がグシャって…」

「もういいって、らしくないよそんな冗談。今日泊まっていくんでしょ?荷物どうしたの?」

「そんなに言うなら見に行けばいいよ。ついさっきの出来事だからまだ身体もそのままだと思うよ。一本向こうの通り。見てきなよ。」



冗談のはずなのに、不気味なほどに無表情のまま葵は淡々と喋っている。今日の葵はおかしい。こんな悪質な冗談を言うタイプではなかった。

遠くからパトカーと救急車のサイレンが徐々にこちらに近づいてくるのが聞こえた。冗談なら、確認しに行けばいい。それでこの話は終わりだ。にも関わらず、宗介は見に行けば何かが終わると、そう思わずにはいられなかった。


「早く行きなよ。運ばれちゃうよ?」

「あ、ああ。そんなに言うなら見にいくよ。冗談だったら今度昼飯奢りな。」


宗介は渋々玄関に向かい、サンダルを履いた。重い足取りで外階段を降りアパートの外に出た。現在夜の10時。普段であればこの時間は人通りが少ないが、今日は人がまばらに歩いていた。皆同じ方向に進んでおり、向かう先は自宅から一本向こうの通り。徐々に喧騒が聞こえ、人の会話が聞こえる。

「飲酒運転だったんじゃない?」

「可哀想に、まだ若いのに…」

「すげ、ネットにあげよう。」

悲惨な現場に言葉をなくす者。

被害者を悼む声。

パシャパシャと携帯で現場の写真を撮る者。

様々な反応を示す野次馬をかき分け、宗介は事故現場に近づいた。そこで見たものはボンネットがひしゃげた車、崩れた塀、そして顔の判別のできない女性の遺体。しかしその女性の服装は、ついさっき会話していた筈の自分の彼女の物であった。付近には投げ出されたであろう大きめの鞄。葵が、宗介の家に泊まりに来る時決まって使っていたものだ。

迫り上がる胃液を押し込み、覚束ない足取りで宗介は帰宅した。


「お帰り、どうだった?顔わかった?」

「分からなかったけど…お前と同じ服着てたよ。」

「そ、じゃあこれで信じてもらえた?」

「ああ…」


あそこにいたのが自分の彼女であったのなら、今目の前にいるこの女性は一体誰だ?今更ながらに、宗介はこの不可解な現状に恐怖を覚えた。

サイレンの音はいつのまにか止んでいた。救命の余地なしと判断されたようで、サイレンが再び鳴ることはなかった。


ブルルルルル


テーブルの上に置いたままになっていた宗介の携帯が鳴り出した。現実から目をそらす様に、宗介は電話を取った。


「…もしもし。」

『あ、宗介君?今警察から電話があってね、葵が…事故にあったって。ほ、本人確認、しに、警察署に来るように言われたの。いきなりの事で私もまだ信じられないんだけど、あなたにも署に来て欲しいの。無理にとは言わないわ。』

「…今日、葵さん、うちに来る予定だったんです。うちの近所で交通事故があって、さっきまでサイレンの音が鳴ってて。…僕も行きます。横浜警察署ですよね?」


電話を切った宗介は葵に向き直った。


「葵のお母さんからだったよ。」

「そう。泣いてた?」

「まだ信じられないみたいで、泣いてなかったよ。」


この淡々とした女性は一体誰だ?葵は、もっと感情豊かだった。母子家庭で育って、母親が大好きだった筈だ。その母親を残して死んで、心残りがない訳がない。宗介は葵をまじまじと眺めた。


「何?」

「あの、悲しくないのかなって。随分普通にしてるから…」

「なんだかまだ死んだ実感が湧かないの、夢を見ているみたいで。きっとこの夢が覚めたら、私は本当に死んじゃうんだね。」

「そ、そっか…。俺今から警察署に行くけど葵はどうする?ここで待ってる?」

「一緒に行くよ。」

「で、でも混乱しないかな?死んだ人が本人確認しに来るって。」

「多分宗介以外には私の事見えてないと思う。さっき、自分の死体を間近で眺めてたけど、誰も何も言わなかったもの。もしお母さんにも見えるなら、それはそれで良いし。」

「じゃあとりあえず駅まで歩いて、そこでタクシー拾おうか。」

「そうだね。」

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