97.一刀で……
魔人バルガは焦っていた。
予想以上にシオン・ハルバードという少年が強かったからだ。
(まさか、ここまでとは……)
ゴルドが処された理由を身を持って感じる。
そして同時にまやかしが通じない相手だということも理解した。
(この坊主は俺の潜伏能力を五感だけで感じ取ることができる。しかも先の一撃は……)
とても重い一振りだった。
かつ剣速も今まで戦ってきたやつらとは別次元。
圧倒的だった。
恐らく防御結界を張っていなかったら、即死だっただろう。
結界を張ってでもこれだけのダメージを負ったのだから。
(一瞬でも気を抜いたら殺られる……か)
バルガ自身、ここまで相手に警戒するのはこれが初めてだった。
自分に勝てるものはいない、自分が常にナンバーワンだと信じていたからである。
でも、今目の前に自分の力量を越えているかもしれない存在がある。
しかも皮肉なことにその相手が自分たち魔族にとっては敵となる人間。
(この俺様が……ビビッているというのか? 人間相手に?)
焦燥に駆られるバルガ。
でも相手の実力は本物。
今まで感じたことのない感覚がバルガの身体を駆け巡った。
(こうなったら、やるしかねぇかもな。これだけは使わない予定でいたが……)
バルガは次なる行動に移る。
目的はただ一つ。
シオン・ハルバードという一人の強者から勝利を手にするために。
♦
「――手加減は無しだ。この俺様も初っ端から全力で貴様をぶち殺してやる!」
バルガの目つきが一気に変わる。
同時に高まる魔力が周辺の空気そのものを震え上がらせる。
(とうとう本気で来るか……)
魔人バルガは思った以上だった。
いや、自分が想定していたよりも上の段階の強さを持っていたというべきか。
ゴルドとはまた別でこの魔人には独特な覇気を感じられた。
さっきの攻撃も俺として倒せることを想定して放った一撃だった。
でも魔人バルガには傷を負わせたものの致命的なダメージには至らなかった。
むしろ闘争心に火をつけてしまったのか、さっきよりも心なしか活き活きとしているように見える。
(油断ならないな……)
多分、一瞬でも集中を解けばその隙を突かれてしまう。
あの魔人にはできる。
さっき一度だけだが攻撃をくらって分かったのだ。
こいつはゴルドのような脳筋タイプではなく、どちらかというと知を活かす戦法を取る者だと。
現に俺のさっきの攻撃も読まれてしまっていた。
見た目的に力任せな感じかと思ったが、真反対だ。
これが容姿的ギャップってやつなのか?
「グラン、何を仕掛けてくるか分からない。魔力量は今のままを維持しておいてくれ」
『分かった。だがさっきの魔法だけには気をつけろ。あれをやられると流石の我でも……』
「ドレイン・ゾーン……だったか?」
『ああ。奴の言う通り、暗黒魔法は一度術式を発動させたら発動者ですら解除できない禁忌魔法だ。その威力は言わずもがな。現にお前のお仲間二人は今、相当危険な状態だ』
「暗黒魔法……か。二人はあとどれくらい持つ?」
『あくまで予想だが、持ってもあと15分ってところだろう。二人の魔力量はそこらの並の人間と比べれば逸脱しているが、暗黒魔法相手ではそう長くは持たない」
「15分か……」
猶予はもうほぼないと考えた方がいいだろう。
(と、なればこいつを処せるチャンスはあと一回か二回ってところか)
実際、もう一回のチャンスを無駄にしてしまっている。
それに同じ戦法はもう使えない。
ならどうするべきか……
「どうしたシオン・ハルバード? 来ないのか?」
どうやら相手はもう準備が完了した模様。
奴の体内に流れる充実した魔力が肌を伝って、俺の脳内に入ってくる。
「来ないか……ならば、遠慮なくこっちから行かせてもらうぜ!」
短剣を抜き、襲い掛かってくるバルガ。
その速さは先ほどと比べて桁違いだった。
「……ッ! 間に合わない!」
回避行動も剣を構えての防御態勢を整えることもできない。
ならばと俺は身体全体にグッと力を入れると、
「はぁぁッ!」
「な、なにっ!?」
あえて体内に流れる魔力を暴走させ、故意的な魔力爆発を引き起こし、剣の軌道を変える。
剣先は俺の頬を掠め、掠り傷は負ったものの何とか攻撃を回避。
続けて連撃を試みるバルガよりも一足先に懐に潜り込むと剣体で思いっきりバルガの横腹を叩いた。
「……うぐっっっ!!!」
勢いよく飛ばされるバルガ。
だがすぐに態勢を整えると、口元についた血を腕で豪快に拭った。
「はぁ……はぁ……まさか、あの攻撃を避けるなんてな。しかも魔力暴走を回避に利用するとは……」
「さっきのは流石にひやっとしたぞ。今まで体感したことのない速さだった」
「ふん、その割には見切っていたようだが?」
まぁ正直、攻撃の軌道は読めていた。
普通に攻撃されていたら防御してからカウンターまで容易だっただろう。
だがあそこまでの瞬発性ある動きができるのは盲点だった。
確実に今のは人が反応できるギリギリをついている。
ある意味、俺が反応できたのは運が良かっただけなのかもしれない。
(今の一撃で動きは大体分かった)
次の一撃で確実に仕留める。
そう心に決めた時だ。
「殺る気の目だな。それは……」
「分かるのか? 今、俺が考えていることを」
「ああ、分かるさ。その眼は俺の大嫌いな目だ。自信に満ち、勝利を確信している。次の一手で全て終わらせられると心の中で思っているのが見え見えだ」
「ほう……中々の洞察力だな」
確かに自信はある。
だが俺には時間がない。
たとえ最終的にこいつとの闘いに勝ったとしてもユーグたちを救えなかったら何の意味もない。
どちらかというとこの一刀に全てを賭けていると言った方が適切だろう。
(……やるか)
聖威剣を構え、目を瞑らなくともただ一点だけを見つめ集中。
魔力を心臓の一点に集め、風船のように少しずつ膨らませていく。
「……来るか」
バルガも高まる俺の魔力を察し、姿勢を低く身構えた。
(この一刀で決める……!)
そして全てに終止符を打つのだ。
「まだ……まだ……」
膨張する魔力。
とっくに人の限界をさらに超えた魔力量だが、グランの固有能力のおかげで何ともない。
一刀で決めるのはそれ相応の魔力が必要になる。
しかも対魔人なら尚更だ。
(……よし、これなら!)
人知を超えた魔力量。
そしてグランにもその魔力が注がれ、蒼白く変化する。
「やれるか、グラン?」
『ああ、大丈夫だ』
準備は整った。
俺は聖威剣を真っ直ぐとバルガに向ける。
そして数秒間、目を瞑ると、再び開眼させ……
「行くぞ、グラン! これで全てに決着をつけるんだ」
『ああ、分かった……!』
俺はグランを力強く握ると、地を蹴りあげ、急接近。
バルガにその刃を向けた。




