96.無力な自分、そして本当の意味
わたしは――無力だ。
目の前で全力で戦う仲間がいるのにわたしは一歩も動けなかった。
怖かった。
脅威に脅え、足が竦んでしまった。
情けない……
ただこの一言だけがわたしの脳内を駆け巡る。
身体が思うように動かない。
(しー……ちゃん……)
蘇るかつての自分の記憶。
ずっと一人の男の子の後ろに隠れて、どんな時も守ってもらってばかりだった頃の自分。
わたしはそれがずっと情けなく思っていた。
自分を変えたい。
今度はこの男の子を守れるような立場になりたい。
守られる度に、わたしのその願いは強くなっていった。
その後、男の子は勇者になるために村を出ていった。
わたしもその後を追うようにして勇者を目指すようになった。
自分を変えるため。
あの頃守ってくれた男の子へ恩返しするため。
こんなに強くなったんだよって笑顔で言いたいっていう夢もあった。
そしてわたしは勇者になった。
沢山色々な経験をして、今までちっちゃな虫ですら怖くて動けなかったわたしがその何百何千倍も大きなモンスターや魔物を倒せるまでになっていた。
昔の自分と比べて成長していることが実感できたのは嬉しかった。
もう、わたしに怖いものはないとまで思うこともできた。
でも、それは慢心だった。
わたしはまだあの時からほんの少ししか成長していない。
確かに戦う力は身につけることができた。
でもあの時のひ弱で臆病な心はまだ完全に克服できていなかった。
それが今に繋がる。
精神を支配され、身体を動かすことすらできない自分。
見えるのはひたすら真っ暗な世界。そして時折聞こえてくる剣が掠れる音。
だから誰かが戦っているというのは分かる。
(わたしもそこに行きたい……)
この想いは強くある。
でも身体が動かない。
みんなと戦いけど、怖い。
こうした矛盾した想いが自分自らをロックし、そして相手に付け込まれる原因になってしまった。
どうしても、どう考えても身体は固定されて動かない。
二つの相反した想いがわたしを徐々に混乱の渦へと引きずり込んでいく。
(やっぱりわたしじゃ、ダメなのかな……)
あの頃の弱いままの自分から抜け出せないのか。
また、誰かに守られて終わってしまうのか。
それだけは――嫌だ。
(でも……どうすれば……)
その時だ。
ふとわたしの脳裏にあの頃の言葉が蘇ってきた。
”自分を責めるな。自分の信じる力を最後まで信じきろ。たとえ歯が立たなくても、リーフのことは俺が絶対に守る。だから思う存分に戦え。そして沢山失敗するんだ。自分の信じる力を……全てが終わるその時まで貫き通せ!”
(自分の信じる力を……最後まで信じ切る……)
昨日の夜、ずっとわたしの傍にいてくれた男の子が言ってくれた言葉。
あの時から既に気持ちが沈んでいたわたしに勇気をくれた言葉だ。
(そうだ。しーちゃんの言う通りだ……)
わたしは自分を信じ切れていないんだ。
だから自信をなくしてしまう。
昔のわたしも自分の弱さだけを認め、自分の持つ強さを信じようとはしなかった。
いつしかわたしは、自分という存在に歯止めをかけてしまっていたんだ。
(そう……だったんだね。しーちゃん。あの時言った言葉は……)
ようやくわたしはあの時、彼が言っていた言葉の本当の意味を理解することができた。
何度負けても、怖くても、立ち向かって、そして負けて挫折する。
でもそれこそに意味がある。
勝つこと、強くなることが全てじゃない。
負けて悔しい想いをするのも、また強さに変わる一つの布石。
一番ダメなのは自分を閉鎖的に捉え、挑戦すらもしないこと。
負けることを恐れて、何もしないことがダメなんだ。
負けてもいい。負けたら俺がその分をカバーする。
彼はそういう意図で、わたしを励ましてくれていたんだ。
(そうだ……何があっても、気持ちで負けたらお終いなんだ!)
わたしは再び剣を取る。
其の瞬間、徐々に黒一色だった世界に色と光が入り――視界を取り戻していった。
「わたしはもう、逃げない。最後まで戦い抜く!」
わたしは強くそう誓うと、聖威剣をギュッと握りしめるのだった。




