95.魔人バルガ
――魔人バルガ
ゴルドと同じく魔王軍幹部の一角に名を連ね、実力は推定だがゴルドよりも上。
赤い髪に鋭い目つきが特徴の男で目の色は赤く、光り輝いていた。
「さぁ、どこからでもかかって来い」
「言われなくてもかかってやるさ。でもその前に……」
俺は胸元に潜ませていた一個のスクロールを取り出すと、
「発動対象、ユーグ・リィナ・リーフレット……」
紐を解き、三人の名を口にする。
と、突然三人の身体が白く光りだし、薄い膜みたいなものが彼らを包み込んだ。
「防御結界か」
「ああ。俺たちの戦いのせいで被害を被らせては申し訳ないからな」
発動させたのは前にロゼッタに作ってもらったスクロールの一つ。
『完全防御付与』のスクロールだった。
この魔法は特定の対象者に向けた魔法攻撃と物理攻撃を一回だけ防いでくれるというもの。
要は一度だけに限り、魔法や物理攻撃関係なしに身を守ってくれるという優れものだ。
だが流石に全部の攻撃を無効化できるわけではなく、上限はあるが、動けないユーグたちにとっては十分いい保険になる。
本来はもっと違う使い方で使用する予定だったが、今は皆を守るということを最優先として考えないといけない。
一時の保険に過ぎないが、ないよりはマシだろう。
「……待たせたな。俺もいつでもいいぜ」
互いに準備は完了。
後は一対一で殴り合うだけ。
こっちは制限時間っていう縛りはあるが。
「……行くぞッ! グラン!」
『承知!』
聖威剣に想いを込めて。
俺は自身の魔力を膨れ上がらせる。
高まる魔力、そして同時に気持ちも高まってくる。
皆を守らないといけないという責任感が俺の力をどんどん上げていくのだ。
「先ほどよりも力が増すか。……面白れぇ」
バルガはさも嬉しそうにな微笑すると、グッと戦闘態勢に。
(初手でどれだけ相手に圧力をかけるか……か)
相手の実力はまだ未知数。
しかしながら相手の実力を詮索している余裕はない。
ならば、もう最初から力を出して相手の力を無理矢理引き出すしかない。
「発動、≪高速移動≫、≪反応速度高速化≫、≪五感強化≫……」
自身に強化魔法を付与させ、聖威剣を構える。
そして低姿勢を作ると、剣先をバルガへと向け――
「発動、≪飛躍強化≫!」
バルガの元に急速接近。
鋭い剣筋でバルガに切りかかるが、
「……甘ぇよ!」
避けられてしまう。
が、こんなのは想定内。
もう既に俺は次のステップに移っていた。
「……そこか」
かわされた後、俺はすぐに方向転換を済ませると、逃げ道を予測し、剣を振り下ろす。
「……なに!?」
さすがのこれには驚きを隠せず、咄嗟に腰に差していた短剣を抜くと、ギリギリのところで俺の剣撃を防いだ。
「俺様の動きを読んだというのか?」
「まぁ……そういうことだ」
鍔迫り合いが続くにつれて、互いの表情は険しくなっていく。
するとバルガは一旦身を引き、態勢を整えると、
「なるほど。凄まじい判断能力だ。どうやら剣の実力だけじゃねぇみたいだな」
「そっちこそ、まさかさっきの一撃を防ぐなんてな」
向こうも向こうでとてつもない敏捷性を持っている。
しかも剣を抜いて防御するまでが異常なくらいに速かった。
多分、俺が向こうの立場だったら防げるか分からない。
それほど間はなかったはずなのに……
(やるな……だが!)
絶対に負けるわけにはいかない。
これは俺だけじゃなく他のみんなの命も懸かっているんだ。
俺はすぐさま地を蹴り上げると、
「ふん、そんな見え見えの攻撃など……!」
大振りの攻撃は軽々と避けられ、バルガも余裕綽綽の笑みを見せる。
が、これこそが狙いだった。
「今だッ!」
俺は先に行かせた幻影を囮に背後からバルガをロックオン。
「ッ!? 背後だと!?」
バルガも同じくして異変に気付くが、
「……遅い!」
流石のバルガでもこれには反応できなかったか、俺の剣撃は見事にバルガの背中を切り裂いた。
のだが……
(手ごたえがない……?)
バルガは斬られると、すぐに俺と距離を取る。
「さっきのは幻影だったというのか」
二段体術。
複数の体術スキルを組み合わせ、一つのスキルとする複合技。
俺がかつて、リーフレットとの模擬戦で使った攻撃と同じことをバルガにも仕掛けた。
結果は見事ハマった……のだが、何故か手ごたえを感じない。
(どういうことだ? 攻撃は確かに……)
命中したはず。
だがバルガは背中から出血させながらも、ピンピンしていた。
「初めてだ。この俺様が他の誰かに傷をつけられるのは……気に食わんが、予防線を張っておいて正解だったということか」
悔しそうに歯ぎしりするバルガ。
そんな中で俺は問う。
「予め防御魔法を背後に敷いていたってことか?」
「俺様は背後が取られるのが嫌いなんでな。それに敵の背後を取るのは戦術の基本だ。特に貴様みたいなのはそれが色濃く出るだろうと思った」
仕掛けてくるってことは想定済みだったわけか。
流石は暗殺を生業としているだけある。
先回りしたはずの行為が全て読まれてしまっている。
「だが、それにも関わらず傷を負ったのは事実。さっきの一撃で俺様は目覚めちまったようだ」
「……目覚めた?」
「ああ。かつて魔界で暴れまくり、幾年も前に人間界で破壊の限りを尽くしていたあの頃を思い出してな」
バルガは拳をギュッと握りしめ、バッと振ると、
「詮索はもうおしまいだ。初めはじっくりとやるつもりだったが、気分が変わった」
瞬間。
バルガはその紅く鋭い眼をバッと見開くと、凄い剣幕で俺を睨んだ。
「手加減は無しだ。この俺様も初っ端から全力で貴様をぶち殺してやる」




