94.決闘
「精気を奪う……だと?」
「そうだ。ついでに行動無効の魔法もプレゼントしてやった。これでこいつらはもう俺様に抵抗することはできない。時間経過と共に精気を吸い取られ、そのまま死に至るのだ」
バルガはクククっと破顔一笑すると、地に伏す二人を見下ろす。
「どうだ? 精気を奪われるという感覚は?」
「て、てめぇ……」
「挑発していたのは初めからこれを狙って……」
無念にも動けない二人。
ユーグは根性で腕を上げ、術式解除の魔法を唱えるが……
「き、効かない……解除魔法が効かないだと?」
ユーグの魔法は無効化されてしまう。
バルガは愚かなと言わんばかりに嘲笑うと、
「無駄だ。俺様が魔法解除の呪文を詠唱しない限り、この魔法を打ち消すことはできない。この俺様を殺しでもしない限りな」
「なん……だと!?」
俺も何度か解除を試みるが、悉く失敗。
どうやら本当にこいつを倒すしか手はないよう。
「さて、お次は……」
と、バルガは目線を俺たちの方へ。
すると、
「そこの女にも、退場してもらうことにしよう。もう既に戦意喪失しているみたいだがな」
「……!」
次の標的はリーフへとシフトされる
(マズイ、今のリーフは……!)
「詠唱、≪ブレイク・マインド≫」
「……ッ!?」
瞬間、バルガから放たれる謎の詠唱。
同時にリーフの様子が一変し、その場で膝をついてしまう。
「リーフ? おい、リーフ!」
近づき、身体を揺らすも反応がない。
その上、少しずつ目の輝きがなくなっていき――
「お、お前リーフに何を……!」
「その女の精神を支配したのさ」
「支配だと……?」
確かにどれだけ声をかけてもリーフに反応はない。
まるで完全に機能が停止したかのように、ピクリとも動かなくなってしまった。
「まさか、さっきの魔法は催眠魔法か?」
俺が問うとバルガは指をパチッと鳴らした。
「その通り。俺様がさっきその女に施したのは≪ブレイク・マインド≫という催眠魔法だ。その女はもう戦う前から戦意がなかったからな。簡単に精神支配できたわ」
「き、貴様……!」
「だが、そこに寝ているバカ二人よりも一つだけ評価できることがある」
「評価……?」
「その女は、俺様の力量を把握できていたのだ。圧倒的力の差を戦う前から感じ取った。だからこそ、その女は恐怖していたのだ。この圧倒的脅威にな」
「なるほど。ということはさっきから気になっていたこの不愉快な魔力の高まりは……」
「俺様の魔力だ。その様子じゃ、貴様は平気なようだな。この俺様の魔力流動を直に感じ取っているというのに」
「ま、少しだけ肌がピリピリしているがな」
と、いうことはリーフはその魔力を直に受けたことで軽い精神崩壊を起こしたということになる。
どう見えても様子がおかしかったしな。
顔を真っ青にしながらずっと一点を見て、瞬き一つすらしていなかったし。
でもこれで動ける人間は完全に俺だけになってしまった。
いや、あえて動けなくしたと捉えるべきか。
こいつは俺との闘いを望んでいる。
と、すれば次にこいつが求めるのは……
「さて、これで邪魔者は消えた。後はシオン・ハルバード……貴様だけだ」
「その様子だと、俺に決闘でも申し込むつもりか?」
「ほう、鋭い勘だな。まさにその通りだ。だが貴様の場合、仲間を懸けた決闘になるだろうがな」
「……ああ、分かっているさ」
この決闘はただの決闘じゃない。
時間の決まった決闘だ。
それが何を意味するか?
それはユーグたちにかけられた魔法を解くカギがこいつを倒す以外にないということにある。
ユーグとリィナは精気、つまりは人が生きる活力となるものを徐々に奪われている。
ということはその精気が尽きれば、二人は死に至るということ。
そしてリーフも同様にこのバルガという魔人の催眠魔法で精神を完全に乗っ取られてしまっている。
もしその時間が長く続けば、たとえ催眠という呪縛から逃れたとしても一時的な精神的ダメージの影響で強い後遺症が残ってしまう。
要は癒しても癒して決して癒えない傷を、彼女の心に刻んでしまうことになるのだ。
それはある種の生殺し状態になることを意味する。
俺から言わせれば死んだも同然だ。
それだけは絶対に避けなければいけない。
(持ってあと数十分……それまでにケリをつけないと……)
みんなの命が危ない。
だからこれはただの決闘ではないのだ。
「状況は分かったな」
「……十分にな。悪いが、速攻でケリをつけさせてもらう」
「果たして貴様にそれができるのか?」
「ああ、できるさ」
まずできるかできないかじゃない。
やらないといけないのだ。
でなきゃ、みんなが死んでしまう。
「ほう……凄い自信だな。いいだろう……なら俺様もその意気込みに答えてやる」
と、言った瞬間。
バルガは目つきが鋭く変わる。
同時に変化する空気。
バルガの魔力がどんどん高まっていくのを肌で感じ取れた。
(な、なんて馬鹿げた魔力だ……)
例えるならまるで身体を火で焙っているかのような感覚。
肌のピリピリがビリビリに変わり、じーんと痺れるような感覚が身体にのしかかって来る。
前に戦ったゴルドとはだいぶ魔力の感じ方が違った。
というか魔力量だけならこいつの方が遥か上をいっている。
「俺様は本気の相手には本気で答える性分でな。少し早いが、それなりに力を出させてもらうぜ」
「上等だ。お前がどれだけ強くなろうと、関係ない。皆を守るために全力を尽くすだけだ」
「良い威勢だ。だがその強気な発言がいつまで持つかな?」
身体だけじゃなく、空気もピリピリと一変。
二人の間に盛大な火花が散る。
いよいよ、仲間を懸けた闘いが始まるのだ。
「……来い、シオン・ハルバード! 俺様がこの手で殺してやる!」
……こうして、俺と魔人バルガの決闘は幕を開けたのだった。




