89.人界侵略計画
人界と魔界。
古くからこの二つの世界は互いにいがみ合い、衝突してきた。
人界では俗に王と呼ばれる者たちが一つの国を統治し、それがいくつにもなって世界が作られ、対する魔界は魔王という絶対的支配者を据えることで世界は成り立っている。
元々二つの世界は別次元に存在するものだった。
だがある時。
人界と魔界を隔離させていた時空の障壁に穴が空き、二つの世界は繋がることになった。
この出来事は歴史上ではターニング・ゲート(世界の転機)と呼ばれている。
もう幾年も昔の話だ。
そしてその日から、人界と魔界の争いは始まった。
もう一つの世界があるとしった魔界は強奪し、自分の世界に吸収させようと動き、人界はそれを止めるべくして何度も戦争を行った。
沢山の血が流れ、勝利と敗北を繰り返し、果てのない抗争は続いた。
しかしながら文明や戦力で劣っていた人界は戦争が行われる度に大打撃を受けていた。
そしていつしか人界に住まう民の半分以上が消え、魔界の人界侵略がほぼ確実となった時だ。
人界に五人の若き英雄たちが現れた。
それが勇者という存在だった。
勇者たちは結束し、たった五人で魔界の軍勢と渡り合った。
そして見事、魔王を封印するまでに至り、人界は平和を取り戻した。
その後も魔王は幾度なく復活し、策を張り巡らせるも悉く勇者たちの力にねじ伏せられ、魔界の地に葬られた。
いつしか勇者たちは人々の間で救いの光となり、それは今でも続いている。
二人の魔人は現魔王がそんな過去に危機感を持っているということを話した。
「500年前、この世に勇者という存在が現れてから我々魔王軍は敗北を重ねてきました。前魔王であるアルバート閣下は勇者たちの手で無限封印され、現魔王であるガルーシャ様は忌々しい呪いを施された」
「呪い……だと?」
「今考えると腹の虫が収まりません。それは我々だけでなく、ガルーシャ様も想いは同じです」
何を言っているのかさっぱり分からない。
だが、こいつらにとって勇者という存在は何事にも代えられない特別な存在だということは何となく分かった。
そして魔王自身も俺たちのような勇者をかなり憎んでいると。
「我々にとって貴方がた勇者には返しきれないほどの借りがあります。だからこそ我々魔界の民は全力を持って貴方がた勇者を潰し、この人界を主ガルーシャへと捧げる。我々はそのために長い年月を生かされているのです」
「それが、人界侵略の理由ってことか?」
「あくまで理由の一つですよ。他にも色々と数えきれないほどあります」
要は今まで勇者にやられてきた復讐も兼ねているということか。
でもこれで今まで心の奥底にあった謎の一つが解けた。
正直に言えば今の勇者には昔のような威光はない。
今、どんな形であれ人界侵略に乗り出されてしまえば、人界なんてあっさりと奪われてしまうだろう。
それは魔王も十二分に分かっているはず。
だが彼らはとてつもなく慎重だ。
その理由は恐らく過去の出来事の教訓を踏まえてのことなのだろう。
もしかしたらまたかつての勇者たちのような英雄が現れるかもしれない。
500年前はたまたまそれが勇者だったってだけ。
他にもっとスゴイ力を持った者たちが現れる可能性は十分にある。
もしかしたら魔王はそれを恐れているのかもしれない。
「んなことはどうでもいい! それよりもお前たちはここで何をしている? その理由を先に話せ!」
と、そんなことを考えるとユーグの声が響き渡った。
ベルモットは何一つ顔色変えることなく、
「……実験ですよ」
……と、冷淡に一言発した。
「じ、実験だと……?」
「ええ。それもただの実験ではありません。人界を侵略するための布石となる実験です」
「布石となる……実験だと?」
ベルモットは不敵な笑みを浮かべると、淡々とその理由の一端を話し始めた。
「もうご存知かもしれませんが、我々はこの二頭の竜で人界を襲撃する予定です。そう、かつて我々魔王軍が人界侵略まであと一歩にまで持っていたようにね……」
「人類掃討作戦……か」
「ほう……その名をご存じですか。ならば話は早いですね」
「人類掃討作戦? なんだよ、そりゃ」
「かつて魔王軍が行った侵略作戦の名前です。数多もの竜を使役し、国の中枢都市を破壊し尽くし、国家的な機能を失わさせるというのが目的だったそうです」
「な、なんだよそれ……」
「そんなこと……聞いたことない」
リーフレットの説明で表情を歪め、驚くリィナとユーグ。
しかしベルモットの話はまだ止まらない。
「それともう一つ、それに付随して新たな要素を加えたのです」
「新たな要素……?」
「ええ、それが――」
と、ここで急にベルモットは言葉を止め、
「……おっと、流石にお喋りが過ぎましたか。ま、いずれ分かることなのでお話することでもありませんしね」
「な、何だと! そこまで言っといてそれかよ!」
「ふふふ……まぁそう怒らないでください。楽しみは最後まで取っておくほうがいいでしょう?」
「な、何だと……!」
「それよりも貴方たちにはすべきことがあるんじゃないんですか?」
そういうとベルモットは二頭の巨竜に目を向けた。
「ま、もういくら足掻いたところで無意味ですがね……」
ベルモットは「ふっ」と笑うと右腕天高く挙げた。
俺はその時、すぐに何かを察知した。
(ん、なんだ? 何かが始まる?)
「みんな、戦闘態勢を整えろ!」
「ど、どうしたよシオン? いきなり……」
「分かった、しーちゃん!」
「了解」
リィナとリーフレットの二人も感じ取ったか、すぐに聖威剣を抜き、構える。
「な、なんだってたんだ。クソッ!」
ユーグも聖威剣を片手で抜き、両手で構えた。
「……貴方がたには悪いですが、実験の被験者になってもらいます。我々の……完璧かつ崇高なる計画のためにね」
ベルモットはそう一言言うと続けて、
「さぁ、目覚めなさい! 眷属たちを! 我らの主に完美なる栄光を与えるのだ!」
ベルモットの叫び声が深層区画内に反射し、響く。
と、同時にパチッと盛大に指を鳴らした。




