87.二頭の巨竜
「ついてこい……だと?」
「そうだ。貴様らに拒否権はない。同行していただこう」
いきなり出てきて随分と偉そうな奴だ。
でもまさか向こうから出てくるとは……。
「俺たちをどこに連れて行くつもりだ? お前たちの主とは誰だ?」
「我々の主のところだ。それ以上を語るつもりはない。抵抗するようなら実力を行使してでも貴様らを捕縛し、連行させてもらう」
淡々とした感じで言葉が返ってくる。
あくまで詳細は答える気はなし……か。
でも主のところということはこの事件の首謀者に会える可能性が高いということ。
もしかしたらドラゴンがいる場まで案内されるかもしれない。
「たが一つだけ約束しよう。我々は貴様らに対して危害を与えるつもりはない。それが主の命令だからな」
黒ローブの女は一言付け加える。
すると隣にいたリィナとリーフレットがこっちに視線を合わせてきた。
「どうする、しーちゃん?」
「シオン、これは罠。絶対に乗っちゃダメ!」
二人は警戒している様子。
まぁ当然といえば当然だ。
でも俺は奴らが嘘をついているようにも思えなかった。
(何かしら目的があるのは間違いないだろうけど)
一方でユーグは何故だかそのローブの女を難しい顔をしながら、無言でじーっと見ていた。
一体何を考えているのやら。
「どうする? 今、貴様らが取る選択肢は二つある。一つは大人しく我々についてくるか。二つ目は少し痛い目に遭って無理矢理連れていかれるかだ」
どっちにせよ、連れて行くことに変わりはないのね。
でも、これでボスのところまで行けるのなら俺たちにも得がある。
わざわざこんなぐにゃんぐにゃんした迷宮を攻略しながら進むより、ショートカットできるならそうした方がいい。
時間もないし、何より効率的だ。
向こうも向こうで当然、何かを企んでいるんだろうが、ここはあえて乗ってみることにしよう。
(一応、万が一の時の場合の切り札もあるし)
互いに一言も発さず、睨み合いは続く。
そんな緊迫した空気の中、俺は沈黙を破るように口を開いた。
「……分かった。お前たちについていこう」
「しーちゃん!?」
「シオン、本気!?」
俺の思わぬ発言に二人は驚嘆の声を上げる。
俺は心配しながらこちらを向く、二人に硬い笑顔で答えた。
「大丈夫だ。こいつは嘘をついていない」
「どうしてそう言い切れる? 相手は敵なのに……」
眉間にシワを寄せ、そう言い放つのはリィナだ。
正直、どうしてって言われても言葉が見当たらない。
ただ、そう思うとしか言えないのだ。
でも一つだけ分かるのは……
「見た所、向こうに戦闘意識がないことだけは確かだ。どうやら向こうの目的は俺たちを無傷でその主とやらの場所まで案内することらしいしな」
そう言えるのは向こうが意図的に魔力を制御しているからだ。
微かに魔族特有の魔力は感じるが、そこまで大きくない。
でも表面出ている覇気は隠しきれておらず、本来ならば倍以上の魔力を持っていると推測できる。
と、なれば向こうはあえて魔力を抑えつけているということになる。
戦闘意識があれば魔力を抑えるなんてことはまずしない。
他にも雰囲気とか諸々そう感じる要素はあるが、確信にまで辿りつけた主な理由はこれだった。
「二人が心配するのは分かる。でも今は俺を信じてくれ。頼む」
理由も話さずこういうのはズルいとは思う。
でも二人はそんな俺を何も反論することなく、信じてくれた。
「分かった。しーちゃんがそういうならわたしたちはついていくよ」
「少し不安だけど、シオンが言うなら……」
「ありがとう、二人とも」
もし何かあれば全責任は俺が取る。
俺はそう一言だけ皆に伝えると、再びローブ集団の方に目を向けた。
「……話はついたか?」
「ああ……」
「よろしい。お前たちは先に戻っていろ。ここは私が取り仕切る」
「「「「「……」」」」」」
他のローブ集団はリーダー格の命令に対してコクリと頷くと暗闇の中へと消えて行った。
「……ついてこい」
ローブの女はそういうと、背を向け、先を歩いていく。
俺たちもその後に続いていく。
そんな中、さっきまで黙り続けていたユーグが、
「なぁ、シオン。少しいいか?」
小声で耳打ちをしてくる。
「どうした? 何かあったのか?」
「いや、あのローブの人について少し考え事をしていてな。俺の予想だとあの人は相当ヤバイ」
「……お前も感じたのか?」
「ああ……」
さっきまで考え込んでいたのかそのためだったのか。
確かにユーグの言う通り、あのローブの人物の覇気はかなりのものだ。
実力も恐らくここにいる三人と同等かそれ以上。
俺も実際に戦ってみないと勝機があるか分からないほどだ。
でもあのユーグがこんなにも険しい顔するなんて、よっぽど――
「あの人は絶対に美女だ! そうに違いない!」
「……は?」
思わず気の抜けた声が出てしまった。
でもユーグが至って真剣な顔つきで、
「お前も感じただろう? あの人から溢れ出るフェロモンを!」
「お、お前なに言って……」
「おい、まさか感じなかったわけじゃないよな? あ、それとも――」
「いやそうじゃない。お前が感じたってのは奴からあふれ出る覇気じゃなかったのか?」
「覇気だ? お前は何言ってんだ」
いや、それはこっちのセリフである。
どうやら俺のいる世界とユーグのいる世界は全くの別物のようで……
「俺はあの人から感じる女性らしさを感じ取ったんだ。俺の美女センサーが反応したからな!」
「……」
もう言葉も出ない。
だがユーグの熱弁は留まることを知らない。
「絶対にあの人は美人だ。初めはローブを着ていて分からなかったが、俺の心はいつしか高まっていた。要するに俺の魂が彼女を美人だとそう言い聞かせているのだ!」
「……でも、相手は魔族だぞ。お前はそれでもいいのか?」
ふとそんな質問を飛ばしてみる。
が、ユーグはギュッと拳を握ると、
「種族など関係ない! 可愛いと美しいはもはや正義だ! 相手が人間族だろうが魔族だろうが、そこに隔たりはないのだよ!」
「勇者としてあるまじき発言だな……」
本当に美女・美少女に目がない男である。
(ちょっとでも期待した俺がバカだったな……)
前言撤回。
やっぱり、こいつは正真正銘のアホだ。
だからもう下手なツッコミはしない。
でも、不思議だ。
こっちのユーグの方がなんか落ち着く。
さっきまでの不安を露わにしていたユーグに違和感を覚えるくらいだ。
(慣れって怖いな……)
そう思いながら、暗闇を先へ先へと進んでいく。
すると――
「この先だ」
ローブの女(ユーグ曰く美女)についていくと行く先に一筋の光が見えてくる。
恐らくこの先が深層区画の最深部。
俺たちは足を止めることなく、その光の先へと歩む。
と、その瞬間。
俺たちの目に入ってきたのは……
「……こ、これって」
「ど、ドラゴン?」
「ま、マジかよ。これ……」
光の先。
深層区画の最深部にいたのは、黒と白の甲殻をと巨大な翼を持った二頭の巨竜。
まるで俺たちを待ち構えていたかのように二頭の脅威は眠っていた。




