82.峡谷へ
「本当に感謝する。シオン殿、ユーグ殿、リィナ殿、リーフレット殿」
「討伐隊の隊長として私もお礼を申し上げる。ありがとう、皆の者」
「いえいえ。お役に立てて光栄です」
時刻は次の日の早朝。
まだ日が完全に昇りきっていない時間に、俺たちは出発の刻を迎えた。
「増援部隊は予定通り来るとのことだ。我々も準備が出来次第、すぐに後を追う。それまでどうか身体を大事に」
「はい。では、また後で」
「武運を祈る」
俺たちはクゼルたちと別れると、峡谷へ向け、ベースキャンプを去るのであった。
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「ふぁぁぁぁぁ~」
道中。
ユーグは眠そうに目を擦りながら、大きな欠伸をかます。
「おい、ユーグ。お前、昨日はちゃんと寝たのか?」
あまりに眠そうな顔をしていたので一応聞いてみることに。
するとユーグはその面を向け、
「んあ? もちろん寝たぞ。2時間前にな」
「2時間前だ!? お前ってやつは……」
昨日は超早起きになるからしっかりと休んでおけよと言ってたのに……。
だがユーグはその眠気面を向けながら、反論してくる。
「仕方ないだろ~俺は夜型の人間なの! 朝には弱いの!」
「夜型って……」
まぁ確かに思い返せば、ユーグが朝に強いといった印象を持ったことはないな。
早朝鍛錬の時の起きているのか寝ているのか分からないほど、ぼけーっとしてたし。
でもこのままではよくない。
今回の任務はいつも以上に死と隣合わせなのだ。
眠気のせいで命を落とすなど笑い話にもならない。
「ほら、これを飲め」
「ん、なんだこれ」
俺は腰につけた小さなポーチの中から白い粉の入った瓶を渡す。
「水袋は持ってるか?」
「ああ、持ってるけど……」
「ならそれを飲め。だいぶ視界がよくなるはずだぞ」
ユーグは「?」とした表情をしながらも、その粉を水と共に服用する。
「これでいいのか?」
「ああ。これであと数分も経たないうちに目が覚めるだろう」
「てか今の粉はなんだ? 眠気覚ましの薬か?」
「まぁ簡単に言えばそうだ。眠気を吹っ飛ばす効果のあるヤコウの実と活力剤を混ぜて乾燥させ、顆粒タイプにしたものだ」
「ものだ……ってまさか今のお前の手作りか?」
「そうだよ。ちょっと俺も昔、精神的な問題で満足に起きられない時期があってな。ちょうど調合師の資格でも取ろうと思ってたから作ってみたんだ」
「な、なんじゃそりゃ……」
もう随分と昔の話。
軍を追放されてから数か月先のことだ。
「お、見えてきたな」
……と、そんな会話をしている中で目の前に大きな岩の山が見えてくる。
「あれがスノア峡谷か……たっけぇ岩山だな~」
「如何にも魔物がいるって雰囲気。腕がなる」
「でも少し怖いね……」
各々峡谷に対する感想を述べたところで、俺は皆に号令をかける。
「みんな、一度こっちに来てくれ。情報を整理する」
三人は一斉に俺の元へ。
そして懐からクゼルから貰った周辺地図を取り出す。
「いいか。今回俺たちが深層区画へ入る場所はここ、南門だ。で、例のドラゴンたちが目撃された場所がこの北門だ」
「ってことは俺たちは反対側から深層区画に侵入するってことか」
「そういうことだ」
深層区画への入り口は大きく分けて東西南北と4つある。
調査隊員たちがドラゴンを目撃した場所がここからちょうど真反対にある北の門。
俺たちはベースキャンプから一番近い入り口として南の門から入り込むことになった。
「それと、迷宮内はかなり複雑化している。迷子になるのだけは避けたい。だから入る前にみんなにはこれをつけてほしい」
と、言って渡したのは小さな鈴形の魔道具だ。
「なにこれ?」
「ちょっと特殊な魔道具だ。つけるとつけたもの同士で会話を共有することができる」
「な、なんだそりゃ! そんなものがあるのか!」
「ま、共有できる効果範囲に限りはあるけどな。もし何かあった時にはこれに魔力を込めてみるんだ」
「すごいね。でもこんな魔道具どこで手に入れたの?」
「え? いやまぁ、色々と」
実はルシアからコッソリと貰っていた。
それがこの魔道具だ。
どうせ使わないからって貰ったものだが、俺たちとしてはベストタイミング。
本当に良いモノが手に入った。
「後は魔物に注意ってところかな。多分、内部はかなりレベルの高い魔物がいることが推測できる。くれぐれも油断しないようにな」
「「「「「了解!」」」」」
三人は息をあわせて返事をする。
「よし、じゃあ行くか!」
スノア峡谷前にて。
俺たちは今一度情報を整理すると、深層区画の入り口まで足を進めるのであった。




