80.迷宮攻略に向けて
――ロゼッタ・マリーストーン。
二つ名は『翠嵐の魔女』。
その名の通り、翠色の髪と目の色を持ち、かつて大陸内で絶大な力を持っていた組織『聖鳳師団』という魔女集団を率いていた女魔術師である。
勇者だった時、俺は軍上層部の命令で師団を壊滅させるように言われた。
俺は自らの持つ大隊を率いて、師団のアジトに乗り込んだ。
結果、大量の犠牲者を出しながらも俺たちは師団を壊滅させることに成功。
そこで会したのが、当時師団を率いていたロゼッタだった。
最初は大陸中を脅かした罪人として帝国に捕らわれていたが、その圧倒的魔法技術を見込まれ、帝城の地下に自らの研究室を持つまでになった。
かつては刃を向けた相手だが、今では色々あって協力者に近しい関係になっている。
「で、頼みたいことって一体何かしら?」
場所は変わり、俺は彼女の研究室へと招かれた。
ロゼッタは研究室にあったソファにドサッと座ると、
「あ、もしかして人殺しの依頼? それか国を一つ滅ぼしてこいとかかしら?」
ニンマリ顔でそう言った。
「んなわけあるか」
即座に否定。
ロゼッタは首を傾げると、
「あら。じゃあなんの要件?」
なんだ……と残念な表情を浮かべる。
(相変わらずだな……この人は)
思わず苦笑い。
いつ如何なる時も思考が明後日の方向にぶっ飛んでいるのは昔から変わっていなかった。
「実は作ってもらいたいものがあるんだが……」
俺はスパッと結論だけを述べた。
「作る? 一体何を……?」
そう聞いてくるロゼッタに俺は一言だけ言った。
「スクロールだ」
「スクロールって……これまた何とも珍しいご注文ねぇ~」
ロゼッタはマグカップを片手に続ける。
確かに今の魔法文明が発達した時代でスクロールなんてものを使う場面はほぼない。
だが、個人個人で使える魔法は限度がある。
そこでその不足分を補うのがスクロールという魔道具だ。
「……で、なんのスクロールをご所望で?」
スクロールと言っても膨大な種類のものがある。
中には正規ルートでは売っておらず、その手の職人に作ってもらわないと手に入らないものも存在する。
今回はその手に入らないものを手に入れるため、こうして魔法技術においては群を抜いている彼女に頼みに来たってわけ。
「『即転移』『完全防御付与』『魔封じ』の三つだ」
俺は流れるようにロゼッタの質問に答える。
ロゼッタはそれを聞くと「?」と言わんばかりの表情に。
「結構中身が読めないラインナップねぇ……迷宮攻略にでも行くつもり?」
「ああ、まさしくその通りだ」
よく分かったな……。
流石はかつて大陸中でその名を轟かせていた大魔女、鋭い答えだ。
「でも貴方ぐらいの次元の人間がなぜスクロールなんて古典技術を? 迷宮攻略ぐらいなんてことないでしょ?」
「いや、今回は俺一人じゃないんだ」
俺は必要最低限の情報をロゼッタに話した。
「なるほど。いわゆる”保険”をつくりにきたってことね」
「ああ、少し先が見えない旅になりそうなんでな。すぐにでも欲しいんだが、作れるか?」
「もちろん。その程度のスクロールなら容易いわ。でも、報酬はしっかりと払ってもらうわよ?」
「別に構わない。カネならここにある」
俺は懐に縛り付けておいた巾着袋をテーブルにドサッと置いた。
中には金銀貨それぞれ30枚ずつ入っている。
「うふふ、抜かりないのね」
「まぁな。で、やってくれるか?」
「いいわよ。少しだけ時間を貰うわね」
「ああ、頼んだ」
ロゼッタは金に入った巾着袋を手に取ると、そのまま奥の部屋へ。
そしてほんの20分ほど経った後。
ロゼッタは三つのスクロールを持って颯爽と部屋から出てきた。
「はい、できたわよ。これでいいのかしら?」
「おお! まだ20分くらいしか経っていないのにすごいな! 流石はロゼッタだ!」
「うふっ。じゃあご褒美にハグを――」
「悪い、それだけは遠慮するわ」
即答。
だってまた死にかけたくはないし。
でも、この魔法技術は流石の一言。
術式もかなり難度の高いものばかりをチョイスしたが、難なく作ってくれた。
普通のスクロール職人なら完成までに一か月はかかるレベルの代物だ。
「すまないな、いきなり押しかけて」
「大丈夫よ。それに貴方には色々と借りがあるし、今こうして魔法の研究ができるのも貴方のおかげだもの」
急に改まって微笑みながらロゼッタはそう言ってくる。
(普通に話す分には良い人なんだけどなぁ……)
研究とはいってもやっていることが結構マッドなことだから、どうも距離を置きがちになってしまう。
「あ、ま~たよくないこと考えてたでしょ!」
「い、いやぁ~別にぃ~」
少しニヤケ面で言葉を返す。
「じゃ、じゃあ俺はこの辺で戻らせてもらうよ」
あまり長居はしてられない。
用件も済んだことだしさっさと――
「あ、ちょっとシオンちゃん待って!」
「ぐっ……!」
振り返り、去ろうとした瞬間に呼び止められる。
俺は一切反対側を振り返らずに、
「な、なんだロゼッタ……?」
嫌な予感がする、そう思ったのがまずかった。
「前に作ったシチューあるでしょ? 実はあれから練習して――」
「わ、悪い! 俺もう行かないと! スクロールありがとうな! んじゃっ!」
俺は即刻転移魔法を展開。
逃げるようにその場から去っていく。
「ちっ、逃げられたか」
悪態をつくも、ロゼッタは「ふっ」と口元を歪め、
「まぁ……久しぶりに会えたし、今日はいいかな」
ちょっと嬉しそうに微笑みながら、そう呟くロゼッタだった。




