78.準備へ
「お呼びでしょうか? クゼル司令」
「おお、シオン殿。いきなり呼び出してすまぬな」
「いえ。それで、自分に御用とは……?」
俺は兵士の案内で再度クゼル司令のいるテントへと足を運んでいた。
どうやら俺に用があるらしい。
クゼルはモジャッとした顎鬚を触りながら、用件を話し始めた。
「うむ。実は先ほど調査隊より、緊急の一報が入ってな」
「緊急の一報?」
「ああ。実は峡谷にいる二体のドラゴンの明確な所在が分かった」
「……!」
俺は眉間にシワを寄せ、クゼルを見る。
「その話、詳しくお聞かせ願いませんか?」
真剣な眼差し。
食いつくような目でクゼルに頼む。
クゼルはコクリと首を縦に振ると、
「もちろん、お話するつもりだ。そのために貴殿をここに呼んだのだからな。まぁとりあえず座んなされ」
俺は近くに置いてあった椅子に静かに座り、クゼルの話に耳を傾けるのであった。
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「お、シオン。やっと帰ってきたか」
テント内に入ると、三人はテーブルを囲んで何かをしていた。
「なにやってるんだ?」
「ボードゲームだ。休憩室に置いてあってな。二人がいない間も休憩中にリィナちゃんとずっと対戦してた」
「ボードゲームって……今は任務中だぞ」
「まぁそう堅いこと言うなって。あ、良かったらお前もやるか? ちょうど今、一戦終わったところなんだ」
「いや、俺は遠慮しておく。それよりも、みんなに伝えておかないといけないことがある」
「また何か情報を得たのか?」
「ああ。俺たちが明日討伐予定のドラゴンの明確な所在が判明した」
「「「「「……ッ!」」」」」
三人の表情が一瞬にして変わる。
さっきまでのお遊びムードから一変、テント内は緊迫した雰囲気に包まれた。
「しーちゃん。それって二体のドラゴンの居場所が分かったってことだよね?」
「そうだ。しかももう一つ、とんでもない情報を手に入れることができた」
「とんでもない情報?」
「それはなんだよ、シオン」
三人の注目は一挙に俺へ。
俺は三人を見渡すと、そっと口を開いた。
「例のドラゴンの侵食が完了していたみたいだ」
「な、なんだって!? じゃあ……」
「さっき言った仮説は正しかったってことだ。これでもう、明日の出発は確実なものになった」
この情報はクゼル率いる調査隊から得た情報。
どうやら峡谷にいる二体のドラゴンは完全侵食を完了させ、今は調整期間に入っているらしい。
そして二体のドラゴンがいる場所は峡谷にある深層区画。
鎖で繋がれ、魔人と共にそこに入っていく場面を目撃したらしい。
たまたまその辺の調査に出ていた調査隊員による証言だ。
「ってことは、これでもう考えることはなくなったってわけか」
「後はその深層区画に行ってドラゴンと魔人を討伐する。それだけってことね」
「そういうことだ。だが、どうも一筋縄では行かないみたいだけどな」
「どういうことだ?」
「実はその深層区画は複雑に入り乱れているらしくてな。一言で言えば迷宮化してるらしい。おまけに内部には魔物やらモンスターがうじゃうじゃいる」
「なるほど。要はドラゴンを倒すためにはその迷宮を攻略する必要があると」
「ま、そういうことになるな」
俺がさっきクゼルから得た情報はここまで。
でも、これでようやく一歩が踏み出せる。
しかも話を聞く限り、残された時間はほぼないと考えていいだろう。
今日は約束上、動くことはできないが、明日の明朝に出発するという故はもうクゼルに伝えておいた。
後は……
「各々必要な限りの準備はしておかないとな。もしかしたら結構な長旅になるかもしれない」
「ドラゴン・魔人討伐の上に迷宮攻略か……な~んか前途多難な気がしてならないな」
「でも、やるしかない」
「そうですよ、ユーグさん! もしここでドラゴンたちを解き放ってしまったら、より多くの罪のない人間が命を落とすことになります。勇者として、それだけは許せません!」
情けない声を上げるユーグに反して、リーフとリィナはやる気みたいだ。
でも、ユーグの言っていることも分からなくはない。
今回の一件、多分前のゴルドの時とは比べ物にならないくらい危険な道を行くことになるだろう。
最悪、命を落とす危険もある。
それはもちろん、俺も例外ではない。
だからこそ、残された時間で最悪の事態を想定した準備をしておかなければならない。
「う~ん……」
「ん、どうしたんだシオン。何かまだ……」
「いや、別にたいしたことじゃない。ただ……少し準備をしておこうと思ってな」
「準備? 迷宮攻略のか?」
「……ああ、それも関係していることだ」
とはいってもやれることなんてあまりないが。
だがやれることはやっておかないと。
少しでも万全な準備で迷宮に潜るために。
(あまり気は進まないが、久しぶりに訪ねてみるとするか……)
例の魔女に……。




