74.侵食種
『こっちだ、二人とも!』
場所は精霊園第2結界網付近。
俺とリーフレットはルルの案内で魔物退治へと向かっていた。
結界付近には他の妖精たちが勢ぞろいして結界強化の魔法を唱えており、俺たちはそのもう少し先の地点にいた。
『この辺りが第2結界網だ。もうすぐここへ大量の魔物どもが来る』
「俺たちはこの先まで行って討伐すればいいんだな?」
『そうだ。吾輩たちも出来る限りのことはするが、最終的にはお前たち頼りになってしまうと思う。巻き込んでしまってすまない』
「気にしないでルルちゃん! わたしたちこう見えても結構強いんだから!」
『い、いやしかし……』
「リーフの言う通りだ。たかが数百程度の魔物なんて俺たちからすれば造作もないこと。だからあまり深く考えるな」
『リーフレット殿……シオン殿……ありがとう』
ルルは申し訳なさそうにコクリと頷く。
だがすぐにキリッとしたいつもの表情に戻すと、
『じゃあ、吾輩はみんなのところに戻って結界の強化と万が一の時の策を敷いてくる。……頼むぞ、二人とも』
「ああ、任せろ」
「泥船に乗ったつもりでいて!」
「リーフ、それを言うなら”大船に乗ったつもりでいて”だ」
「あれ、そうだっけ?」
こんな状況でアホを出すリーフレットにクスッとルルが笑う。
でもおかげでさっきまで強張っていたルルの表情が少し軟らかくなった。
ナイス、リーフ! と言いたいが、多分彼女にそんな自覚はない。
いつもの天然かつアホ属性が出てしまったってとこだろう。
『じゃあ改めて吾輩は戻るぞ。二人の武運を祈る!』
ルルはそう俺たちに告げると、来た道を戻って行った。
「……さぁて、俺たちも早速行動に出るとしますか」
「……だね」
思えばこうして二人で力を合わせて戦うのは初めてだ。
リーフレットと離れてから8年、まさか二人で剣を持ち戦う日が来ようとは思ってもいなかった。
(時が進むってのは怖いもんだな……)
リーフレットと再会し、勇者軍に関わることになってからつくづくそう思う。
そして、自分がいまこうして聖威剣を再び握ることになったのも……。
「これも、運命ってやつなのかな」
「……え? どうしたのしーちゃん」
「いや、何でもない。行くぞ、リーフ!」
「うんっ!」
俺とリーフレットはグッと気を引き締めると、進行する魔物たちの元へと足を動かすのだった。
♦
「……なるほどな、あれが侵食種ってやつか」
「スゴイ魔力……あれは普通じゃないね」
ルルと去ってから数分。
俺たちは先へ進み、ようやく魔物たちの姿を目撃。
聖威剣を構え、臨戦態勢を整えていた。
「グラン、相手はどれくらいいる?」
『大体500~600ってとこだな。ちなみに全部が侵食種だ』
「そうか……割と運動することになりそうだな」
情報を整理すると、相手は侵食の魔物500~600体。
魔物自体は通常種だが、侵食によってその力は大幅に増している。
魔力反応だけで推測すれば上位種にも匹敵するほどだ。
その上、見たところ魔物たちに自我はない。
半ば操られているような感じと言えばいいか。
目は酷く充血し、中には毛皮が変色している個体もあった。
恐らく奴らの頭の中は侵食の際に投与されたと思われる薬の影響でくるくるぱーの状態なのだろう。
とにかく、あれを精霊園に立ち入らせたら間違いなく地獄絵図になる。
絶対に食い止めなければいけない。
「用意はいいか、リーフ」
「こっちは大丈夫! ヴァイオレットもやる気みたい!」
『リーフレットのことは任せてシオン様! 私の力があればあんな魔物なんか一瞬で片付いちゃうんだから!』
「た、頼んだ……」
というか本当にやる気だなヴァイオレットさん。
こんな感じだったか? というほどやる気に満ちていた。
そして何故かリーフも同様にやる気満々なようで――
「しーちゃん、頑張ろうね!」
「お、おう……頑張ろうな」
笑顔でそう言ってくるリーフに相も変わらず硬い笑顔で返す。
とは言っても、空回りだけはしてほしくはない。
やる気があることに越したことはないが……。
「でも、リーフ。無理だけは絶対にするなよ。何かあったらすぐ俺に伝えてくれ」
「分かってるって!」
「じゃ、早速討伐開始だ。やるぞ!」
俺たちは魔力を解放。
迫りくる魔物たちに刃を向ける。
足腰にギュッと力を入れ、地を蹴り上げると――俺たちは大群の中へと入って行く。
「はぁっ……!」
超速の如く近づき、俺は素早く剣を振るう。
”グルルルルルルルルァァ!!”
森中に響き渡る悲痛の咆哮。
突然の介入者で流石に驚いたか、魔物たちは足を止める。
そしてこの瞬間、リーフレットと俺は攻撃の対象へと変わる。
(足が止まったか。ちょうどいい)
逆にズンズン進んでいかれる方がめんどい。
まだ結界まで距離はあるが、一匹たりとも見逃すことはできない。
ここで確実に根絶やしにしなければ――
「……っと、危ない危ない」
考えている間に次々と襲い掛かって来る魔物たち。
それを悉く返り討ちにし、死体の山を築いていく。
確かに普通の魔物と比べれば動きも素早いし、反応も早い。
今まで戦ってきた魔物の中では強い部類だ。
(侵食ってのはここまで個の能力をあげるというのか……)
と、なるとこれから討伐することになるであろうドラゴンたちはどれほど強いのだろうか。
しかも異種というステータス付き。
一筋縄では行かないだろうな、多分。
「大体100は斬ったかな……」
そうこうしている内に周りは魔物たちの死体だらけになっていた。
おかげで空気が汚染され、生暖かい血の匂いがするようになってきた。
「グラン、あとどれくらいだ?」
『200くらいだ。例の嬢ちゃんも結構暴れてるぞ」
「え、マジ?」
ふとリーフレットの方を見てみると、凄まじい速さで魔物たちを蹴散らしていた。
確か”神速”とかいうヴァイオレットの固有能力だったか?
俺でも正直、目で追うのがやっとくらいの速さで魔物たちを殺っていた。
「こりゃ俺たちも負けてられないな。グラン……!」
『ああ……!』
チマチマやるよりはリーフレットのように一気にやった方が効率も良いし、魔力もそれほど消費せずに済む。
と、いうわけで……
「少し本気でやらせてもらうとするか……」
俺は聖威剣を力強く握ると、剣先を向け横に構える。
そして瞬間的に魔力を高め、魔物たちへ向けて突進をしようとした――その時だった。
(……ん、なんだこの感覚は)
突然、脳裏を過る不思議な感覚。
魔物たちとは別の魔力反応が頭の中に入って来る。
(これは殺意……いや、違うな)
でもこれだけは間違いない。
今の俺たちの姿を、他の誰かが見ている……ということは。




