73.来襲
「魔物……ですか?」
『はい。数からして数百の魔物が第一結界網を突破しました』
報告を受けるとルシアは手の平を下に翳し、何やら水晶玉のような物体を取り出す。
次に突然、よく分からない呪文を唱え始めると、水晶玉は強い光を発し何かが映し出された。
「こ、これって……」
「魔物……しかも侵食されていますね」
ルルの報告は適確なものだった。
しかも相手は侵食された魔物。
それが列を作って真っ直ぐ精霊園の方角へ進んでいるシーンが映し出されていた。
『この数だと恐らく第2結界網も破られてしまいます。今吾輩たちが何とかして結界網の強化にあたっていますが……』
「破られるのも時間の問題……ということですか」
一応この精霊園の結界は第1結界、第2結界、第3結界と三重の層となっている。
3つともルシアが施した魔物とそれ準じる脅威のみを対象とする特殊な魔法結界で第1、第2結界の管理・強化はルルを含む妖精たちが。
最終関門である第3結界のみルシア自らが管理している。
ちなみに俺たちが結界による阻害を受けなかったのは脅威として認識されなかったからだ。
そして今、その中の一つである第1結界が破壊され、魔物たちが内地に侵入してきたという。
『どうしましょうルシア様。流石にあの数じゃ吾輩たちの力でも――』
「じゃあ、わたしたちがその魔物を退治してきます」
『……えっ?』
会話の間に先に割って入ったのはリーフレットだった。
俺も同じことを言おうとしていたのですぐさま後に続いて、
「俺たちならあの魔物を倒せるってことだ。少なくとも役に立たないことはないと思うぞ」
それに侵食種というのがどういうものなのか気になるしな。
今までそう言われた魔物とは戦ったことがないからどういうものなのか知りたいってのもある。
しかも今回の討伐対象であるドラゴンもその侵食種らしいから、前哨戦にはちょうどいい。
「ほ、本当によろしいのですか? 相手は数百もの大群なのですよ?」
「それくらいの魔物退治ならなれてますから! それにわたしたちは勇者と元勇者の人間です。こんな特異種の魔物の大群を見逃すわけにはいきません」
いつものリーフとは一変して鋭い眼差しを向け、そう言い切る。
普段はのほほ~んとしている彼女だが、今はその姿の片鱗もなかった。
まさに勇者としてのリーフレットが前面に出ていた。
「俺も同じ意見です。あんな奴らにこんな綺麗な場所を潰されるのは不快を通り越して胃に悪い。それに、ルルを怖がらせてしまった謝罪もまだしてなかったですし」
『べ、別に吾輩は怖がってない! ちょ、ちょっとびっくりしただけだ!』
「本当かぁ? 結構涙目になっていたようにも見えたけど……?」
『ば、バカにするな! 崇高たる存在である吾輩がそんな情けない姿を見せるわけないだろ!』
顔を真っ赤にして分かりやすく慌てるルル。
プンプンと怒りを見せ、「ふんっ」とそっぽを向いてしまった。
「ルシアさん、ここは俺たちに任せていただけませんか? 精霊園は必ず俺たちが守りますから」
「……本当にいいんですね? 頼ってしまって……」
ルシアは考え込んでいるようだった。
多分、内心では関係のない俺たちを巻き込みたくないという思いがあるのだろう。
でもこの件は後々俺たちにも関係してくること。
たとえルシアが拒んでも俺は奴らを狩りにいく。
恐らくだが、リーフも同じことを考えているだろう。
俺たちはルシアの言葉に無言で同時に頷いた。
「……分かりました。では、お言葉に甘えさせていただきます」
「決まりだな。ルル!」
俺は未だそっぽを向くルルに声をかける。
『なんだ? 何か用か黒髪』
「黒髪って……」
一応ほんの少し前に自己紹介したはずなんだけどな。
どうやら割とマジで怒らせてしまったようで――
「その……手間をかけさせて悪いが、魔物がいるところまで案内を――」
『断る!』
と、俺の頼みは一蹴される。
本気で怒ったルルの前では俺の言葉は無力に等しかった。
(あ~こりゃやっちまったな)
仕方ない。少し子供だましではあるが……
「ルル。少しの間だけいいからこっちを見てくれないか?」
『……何故だ』
「いいから。別に何もしない」
そういうとルルは横目で俺を見る。
俺はすぐに懐からあるものを取り出すと、それをルルに差し出した。
『な、なんだそれは……』
「キャンディーだ」
『きゃ、きゃんでぃー?』
「ああ。人間界のお菓子だよ」
『お、お菓子!?』
ルルはその単語に速攻で食いついた。
そして俺の手のひらに乗るキャンディーをマジマジと見つめると、身の丈くらいあるそれに手を触れた。
『か、硬い……これが人間界のお菓子なのか?』
「そうだ。人間界では砂糖菓子と呼ばれている」
『サトウガシ……』
ルルは目を輝かせ、興味津々にキャンディーを見る。
(でもまさか例の話は本当だったなんて)
例の話というのは妖精は甘いモノ好きであるという言い伝えだ。
このことは童話から百科事典まで幅広く伝えられており、結構有名な話。
とはいっても実際にそういった研究成果はないため、これといった証拠もない。
でも、今ここでそれが実証された。
妖精は甘いモノ好きだったということを。
「どうだルル。お詫びにこれをあげるから俺たちを案内してくれないか?」
『ぐ、ぐぬぬっ……!』
悩んではいるが、顔には出ていた。
喉から手か出る程、これがほしいと。
「どうするルル。もし断るようならこのキャンディーは――」
『わ、分かった! 案内する! それに吾輩も少しカッカし過ぎた。すまない……』
ルルはキャンディー欲しさに許諾すると同時に今までの行いを謝罪してくる。
「じゃ、これはお前のものだな」
俺はルルにキャンディーを渡すと、ニンマリとご満悦な笑みを浮かべた。
ルルは何やら不思議な力で(マジックボックスのような異空間に)そのキャンディーをしまう。
「ルル、早速だが……」
『分かっている。魔物がいる辺りまで案内すればいいんだな?』
「ああ、そうだ」
俺はコクリと頷き、視線を再度ルシアの方へ。
「ルシアさん。少し間、領内で暴れさせてもらいます。森に被害が出たら、すみません」
「いえ、結構です。あの脅威からこの精霊園を守っていただけるなら」
ルシアも同意。
これで話は決まった。
俺たちはルシアに今一度頭を下げると、来た道を振り返る。
「あ、あのシオン様!」
「はい?」
リーフとルルが歩いていく中、俺はルシアに呼び止められる。
ルシアは胸元で手と手を握りしめると、去り際に、
「シオン様、どうかこの精霊園を……私の子たちをお守りください」
そう、強く言った。
俺は何も言うことなく、ただルシアの目を見て頷くと、二人の後を追いかけた。
……こうして、俺たちは精霊園を守るべく、魔物の大群に立ち向かうことになったのである。




