70.隠者と
「はぁ、なんで俺様がこんなところに来ないといけないんだ」
「それがガルーシャ様以下統べしものたちからの命令だからですよ」
「んなことはわーってる! ちっ、せっかくいい夢を見ていたのによ」
峡谷の奥深くで。
二人の魔人は眠る大きな巨体を前にして喋り合っていた。
「ドラゴンねぇ……これでガルーシャ様は一体何をする気なんだ?」
「我々の人間界侵攻のための布石をお作りになられるおつもりなのでしょう。真意は不明ですが……」
「だがそんなまわりくどいことしなくても、今乗り込んじまえば人間界なんてあっという間に手中に収められるだろ? 一番の脅威だった勇者ですらあのザマだったんだからよ。なぜしないんだ?」
「それほどガルーシャ様は慎重になられている、ということです。いついかなる時に何が起こるか分からない。万全の準備を整え、侵略を確実とした環境を作るということが今の我々にとって重要視するべきこととお考えなのでしょう」
「あん時の悲劇を繰り返さないためにか? ったく、魔王ともあろう男が何とも臆病な」
頭をボリボリと掻きながら不満を垂れ流す。
その時だ。
二人の背後で影の如く黒の装束に身を包んだ者が現れる。
「……ベルモット様、今帰還致しました」
「グールですか。どうでしたか、外の様子は」
「はい、特にこれといった大きな変化はありませんでした。ですがつい先日、新たな一派が森内に入ったことを確認しました。人数は合計で4人。恐らく勇者かと」
「勇者、ですか。一つ質問ですが、その中に漆黒の片手剣を持った勇者はいましたか?」
「はい、一人だけ確認しています。黒髪で黒の剣を持った少年でした」
ベルモットはその情報を聞くと口元を歪める。
「分かりました。次の指示があるまで持ち場で待機をしていてください」
「はっ!」
黒装束の人物は黒い煙を身に纏いながら、その場から姿を消す。
ベルモットは不敵な笑みを浮かべ、二体のドラゴンを見つめる。
「どうやら、彼もここに来たようですね」
「彼? 何の話だ?」
「覚えていませんか? 貴方もあの時、私と場を共にしていたではありませんか」
「……まさか、例のゴルドを殺ったとかいう勇者崩れのことか?」
「そうです。彼とそのお仲間が先日現地入りしたそうですよ。恐らく彼らのお目当てはこのドラゴンたちでしょう」
「ほー、それは面白いことになってきたな。おい、ベルモット!」
「なんでしょう?」
もう一人の魔人はニヤリと不気味な笑みを浮かべると、
「この二体のドラゴンの使用権を俺様に寄越せ」
暗く低いトーンでベルモットにそう言う。
「はい? 貴方は何を言ってるんです?」
「俺様がそいつをぶっ倒してやる。前々から戦ってみたいと思ってたんだ」
「はぁ……ですがなぜドラゴンの使用権までを貴方に?」
「次いでだ。奴を倒し、俺様がそのドラゴンを使役して人間界に死の雨を降らせる。そうすればガルーシャ様も御喜びになり、俺様は晴れて『統べる者』の一員となれる」
「なるほど。貴方も功績目当て、ということですか」
ベルモットは何かを見透かしたように深い溜息を漏らす。
だがもう一人の魔人はこれ以上ないほどやる気に満ち溢れていた。
彼は一度こうなったらもう止められない。
ベルモットは止めるのも諦め、ただ黙っていると、
「ベルモット、貴様は一切手出し無用だ。今回の一件、このバルガ様が全てを……喰らい尽くしてやる!」
と、自信に満ちた顔でバルガというもう一人の魔人は言った。
♦
時を同じくして精霊園。
俺たちはルルの導きによって園内の奥深くまで来ていた。
先へ進むと天にも昇るほどの巨大な樹木が聳え立ち、その周りでは無数の光が飛び交っていた。
「綺麗……こんなの見たことない」
「あの光もお前と同じ妖精なのか?」
『そうだ。というかそこら中に飛んでいるのは皆、妖精だよ』
「ま、マジか……」
数はもう数えきれないほど。
その光の集まりが樹木を照らし、幻想的な空間を生み出していた。
『よし、着いたぞ。お前たちはここで待っていてくれ』
ルルはそういうと樹木の上の方へと飛んでいった。
「精霊王ってどんな人なのかな? 王っていうくらいだから男の人だとは思うけど」
「どうだろう。というか精霊に性別なんてあるのか?」
「でもさっきのルルちゃんは可愛い女の子だったよ?」
俺たちはルルの案内のもとで精霊王に会うことになっている。
ルルがその王とやらに俺たちを会わせたいらしい。
それにしても同じ世界にあるとは思えないくらい綺麗な場所だ。
まるで別世界に放り込まれたかのよう。
おかげで未だに夢を見ているかのような感覚が抜けない。
そんな中で俺たちは今から精霊たちを束ねる”精霊王”という存在と会することになる。
(一体どんなヤツが出てくるのやら……)
そう思っていたその時だ。
急に樹木が光りだし、周りにいた精霊たちの輝きもより一層増す。
「なんだ、何が起こってる?」
「妖精さんたちが……」
光は一点に集まり、徐々に強い光へ。
眩しすぎるほどの光が辺りを覆い、俺たちの目を眩ます。
『二人とも。今、ルシア様を呼んできたからくれぐれも無礼のないようにな!』
「……そ、その声はルルか? この光は一体――」
ルルに問おうとした時、光は徐々に弱まっていく。
目を開き、視界が戻ったところで前方を見る。
すると、いつの間にか目の前に――さっきまではなかった人型の光が二つの目に映る。
「もしかして、アレが……」
『そうさ。あの方こそ精霊を纏めし者。そして、吾輩たちの生みの親……精霊王ルシア様さ』




