64.原因
「だから、ここから先は通行止めだと言っているだろ!」
「だ、だけど目的地に行くにはこの道しか……」
「あの……どうかしたんですか?」
馭者のおじさんと騎士たちが口論している中で、俺はその二人に割って入る。
馭者のおじさんは俺の方へ視線を向けると、
「ああ、お客さん。実はこの騎士様方がここから先は通行止めとおっしゃいまして……」
「通行止め? どうしてですか?」
視線を三人の騎士たちに向け、理由を聞いてみる。
すると三人の中で一番ガタイの良い騎士が口を開いた。
「この先にあるスノア峡谷付近で魔物が出たんだ」
「魔物?」
「ああ。しかも数十匹ってなんて規模じゃない。数百匹規模の魔物だ。団からの情報だと上級魔族も群れにいるみたいで」
魔物か。
やはりリベルカの言っていたことは正しかったみたいだ。
でもこの人たちは一体どこの所属の騎士だろう?
鎧の紋様からして国家騎士団ではなさそうだが……。
「あの……失礼ですが、貴方がたは?」
一応聞いてみることに。
するとまたもガタイの良い騎士が口を開き、喋り出した。
「我々はルーノ公国近衛騎士団第一討伐隊隊長のボンというものだ。後ろにいる二人はダンとゼン。二人とも我が討伐隊の一員だ」
ルーノ公国って、確か俺たちの住まうルーベリック王国のすぐ東側に位置する隣国の名前。
近衛騎士団ってことは君主様の側近騎士ってとこか。
「なるほど。でもまさか本当に隣国の騎士様も出動していたとはな。団長が予想していた通りだ」
背後にいたユーグが頷きながらそう話す。
「どういうことだ、ユーグ」
「団長が出発前に言ってたんだ。スノア峡谷ってルーベリックとルーノの国境近くにあるもんだから、問題が起これば隣国の騎士も来るだろうってな」
そういうことか。
で、現に問題が起こっているからこうなっていると。
でも困ったな。
ここを通してくれないと峡谷まで行くことができない。
(何とか通してくれそうな理由はないだろうか……)
と、思っていた時だ。
「ん、その鎧の紋様……」
ここで。
ガタイの良い騎士(確か名前はボンだったか?)が俺の後ろにいる三人の鎧に注目。
俺は軍の人間ではないため自前の装備だが、ユーグたち三人は任務として出ているため勇者軍保有の鎧を身に着けていた。
ボンはユーグたちが身に着けている鎧の紋様をマジマジと見つめると、何かを思いついたかのように表情を変えた。
「お前たち、まさか勇者か? 確か……勇者軍の本部はルーベリックにあったな?」
「そうです。俺たちは団長の命令で峡谷にいるドラゴン討伐に向かっている最中でした」
ユーグが代表で説明を。
するとその話を聞くなり、ボンは顔色を変える。
「ど、ドラゴン……あのバケモノを始末しにきたのか?」
「バケモノ?」
「ああ。実は数日前、俺たちとは別の討伐隊がその竜討伐に向かったんだ。だが……」
「全滅……ですか?」
ボンは無言で頷くと、
「その通りだ。俺も最初は信じられない気持ちでいっぱいだった。向かった討伐隊は竜討伐慣れをしている連中だったからな。たかが普通の竜の一匹や二匹如きで追い詰められるほど軟な奴らじゃなかった。でも、それから数日経った時に現地に出向いていた伝令兵が上層部に全滅を報告したんだ」
「そうだったんですか……」
やはり並のドラゴンとはワケが違う様子。
冒険者の件といい、これ以上野放しにしておくと被害が増える一方だ。
それに魔人の存在もあるし。
「だがそれからというもの、峡谷からドラゴンの姿がめっきり見えなくなってな。代わりに魔物が大量発生してるってのが今の状況だ」
「峡谷から見えなくなったって……そのドラゴンは今どこに?」
「さぁな。俺たちも行方を追っているが、未だ見つかっていない。恐らくは峡谷の奥深いところで身を潜めている可能性が高いと我々は踏んでいるが……」
「ってことは、もう峡谷にいるかすらも分からないってことか……」
だとすれば、かなりヤバイことになる。
近くには小さな街や村だってあるんだ。
甚大な被害が出る前に何とかしないと、取り返しのつかない事態に発展しかねない。
「どうするシオン? もう峡谷にドラゴンがいないとなると……」
「いや、今は行くしかないだろう。まだ峡谷にいないという確証はないんだ。それにこのタイミングでの魔物の大量発生も気になる。もしかすれば……」
魔物は自身の活動領域を広げるために膨大な魔力に集まる習性がある。
その膨大な魔力がドラゴンによる影響なら、峡谷にドラゴンがいる理屈にはなる。
まだ何も分からないが、確かめてみるほかない。
「騎士様、理由は存じ上げました。ですが、このまま引き返すわけにもいきません。通行の許可を頂けないでしょうか?」
俺は三人の騎士にそう頼む。
二人の騎士たちは暫くの間無言で考え込んでいたが、ボンだけはすぐに返答してくれた。
「……分かった。お前たちが勇者で正当な任務として受けてきたというのなら俺たちに止める権利はない。ただ、ここから先は徒歩になる。それでもいいか?」
「問題ありません。三人ともそれでいいか?」
「俺は構わないぜ」
「うん。全然へーき!」
「わたしも大丈夫」
満場一致。
俺たちはボンたちに問題がないことを伝えると、
「了解した。では通行を許可する……と言いたいところだが、一つお前たちに来てもらいたいところがある」
「来てもらいたいところ?」
「俺たちが活動拠点としているベースキャンプだ。昨日から調査のために峡谷付近に駐在している。一応、外部から侵入してくる人間を止めておけと上から命令されていてな。勝手に入れると下手な勘違いを招く恐れがある。手間を取らせてしまって悪いが、我々に同行してもらえないだろうか?」
そういうことなら仕方がない。
勘違いで無駄な争いを生みたくないしな。
「分かりました。そういう理由であれば同行させていただきます」
「感謝する。お前たち二人はここで引き続き、任務にあたれ。俺は一度キャンプに戻る」
「「承知いたしました、隊長」」
二人の騎士はスッと頭を下げると、一歩引き下がる。
「では、行こう。案内する」
そういうとボンは背中を向け、先の道を歩いていく。
俺たちはその後についていき、そのベースキャンプとやらに向けて足を動かすのであった。




