58.わたしのこと
「どう思っているか……だって?」
「うん……少し気になってたの。あっ、別に深い意味はないの! ただ……」
「ただ……?」
「わたし……前とだいぶ変わったでしょ? 容姿も雰囲気も……」
「そうだな。最初会った時にリーフだと名乗ってきた時はにわかにも信じられなかったよ。あのリーフがここまでの変貌を遂げていたなんてね」
でもあの出来事もほんの数週間前の話。
未だあの時に感じた驚きの余韻は消えていない。
「だからあの日から少し心配だったんだ。しーちゃんはこんなに変わったわたしを受け入れてくれているのかなって……」
「そう……だったのか」
険しい表情から一転し、不安を仄めかすような顔つきへと変わる。
こういう時は「気にするな。そんなことはない」とカッコよく言うべきなのだろう。
でも実際のところ、まだ真に信じ切れていない自分がいるのも事実だ。
別に疑うとかそうじゃなくて、単に受けた印象が強すぎたから故のこと。
昔は本当に臆病な子だった。
それが今や、魔王を倒さんとする巨大組織のリーダー格だ。
もし過去に戻れるとして勇者をやっていた頃の俺に今の事実を言っても絶対に信じなかっただろう。
何せリーフの性格と勇者というのは天と地ほどの差があるほど程遠い話だったのだから。
「しーちゃん、正直でいいの。今のわたしのこと、どう思う?」
再び顔つきは変わり、目を潤わせながら俺にそう聞いてくる。
本当なら気を遣った言葉を選び、相手の抱える不安を少しでも和らげてあげる……のが普通なのだろう。
だが俺には分かる。
彼女は、リーフはそんなことなんて望んじゃいないってことを。
人間ってのは目を見れば何を考えているか大体分かるものだ。
もちろん、読心術とか超能力とかそんなたいそうなものじゃない。
勇者って仕事のおかげで色々な人間と関わってきたからこそ得た技術、いわゆるおまけってやつだ。
「しーちゃん……?」
だから俺は彼女に繕った言葉を並べるつもりはない。
ただ真実を――伝えるだけだ。
「リーフ、正直に言うよ」
「う、うん……」
俺は一旦間をあけると、再び口を開く。
「正直、俺は今のリーフを完全に受け入れられていない。今でも別人なんじゃないかって時々思う時がある」
「やっぱり、そうなんだ……」
「でも、逆に嬉しいこともあった」
「嬉しい……こと?」
「リーフが自分の意思で勇者になっていたことだ。昔のお前は自分の言いたいことを主張せず、ただみんなの言うことを聞いているだけだったからさ。おじさんとおばさんはこのことを知っているんだよな?」
「うん。わたしはきちんと正直なことを言って村を出たから」
「反対されなかったか?」
「されたよ。特にお父さんには……」
「そうか。でも、その反対を押し通してまで勇者になろうと思ったんだよな?」
「うん。だからわたしは今ここにいる。こうして、しーちゃんとも会うことができた。でも、それがしーちゃんにとって嬉しいことなの?」
「そりゃ嬉しいさ。あんなに臆病だったリーフがこんなにも頼もしくなったんだ。嬉しくないわけない」
お世辞で言っているわけではない。
これは本音の回答。
驚きと共に湧き上がってきた率直な意見だ。
「そっか……でも良かった」
「なにが?」
「てっきり引かれてるんじゃないかって思ってたから。でも、今のしーちゃんの言葉を聞いて安心したよ」
その言葉に偽りはなく、リーフレットの表情は段々と柔軟さを取り戻していく。
さっきまでのしかめっ面ではなく、いつもの愛嬌ある可愛らしい笑顔だ。
「なら良かった。ただし、食べ過ぎは厳禁だぞ。何でも最近は一日5食生活をしているみたいじゃないか」
「えっ!? な、なんでそれを……!」
「前にリィナから聞いた。あんなに小食だった奴が一日5食か……」
「だ、だって食べても食べてもすぐお腹空いちゃうんだもん!」
「ま、せいぜい太らないようにな」
「だ、大丈夫だもん! 日々の鍛錬で食べたすぎた分のカロリーは消費しているから!」
「ホントかぁ~?」
「ホントっ!」
頬をぷく~っと膨らませ、機嫌を損ねた顔をする。
すると、
「お待たせいたしました、季節のパンケーキになります」
パンケーキが到着。
そして同時にリーフレットの目の色が変わる。
「うわぁ~! 美味しそう!」
「ま、まぁ確かに美味しそうだが……デカすぎないか?」
何枚にも積み重なったパンケーキと季節のフルーツがふんだんに使われた一品。
皿にはお洒落に生クリームがちょこんと盛られ、パンケーキの上からはこれでもかというくらいのメープルシロップ。
まさに予想の斜め上をいく一品だった。
「ねぇねぇしーちゃん! 早く食べようよ!」
「お、おう……」
やっぱり食べ物になるとすごいな。
特に目の色が……なんか怖い。
(ま、楽しそうにしているならいいか)
ガツガツとパンケーキを食べるリーフレットの姿を見ながら、そう思う。
だがこの時、俺の心中では一つだけ気がかりなことが渦巻いていた。
いや、こうして昔を思い出していてふと頭を過ったことだ。
誰にも言ったことのない自分だけの秘密。
そして彼女を、リーフレットを心配させてしまった俺の決意。
8年前、なぜ俺が何も言わずに村を出て行ったのか。
(俺も、いつかは言わないとな……)
何故かリーフは聞いてこないけど、相当なショックを与えてしまったことは間違いない。
あの時の約束を果たすことができなかったから。
でも、当時はまだ言えなかったんだ。
単純に勇者になりたいという夢だけじゃなかったという……ことを。
♦
一方、監視組の二人はというと――
「ご、誤解です! わたしたちはただある人物の護衛を……!」
「護衛? 我々からはコソコソと監視しているように見受けられたが?」
近くにいた国家騎士たちから事情聴取を受けていた。
理由はストーキング等の不審な行動。
王都は人が沢山集う場所であるため、それなりに警備も厳しい。
二人はその警備の網に引っかかってしまったわけだ。
「リィナちゃん、もう諦めよう。実際、犯罪行為に片足突っ込んでるんだから――」
「ユーグさんに言われたくないです!」
「ぐはっ!」
痛いところを突かれ、ユーグはその場に崩れる。
「騎士様、わたしはこう見えても勇者軍の一人です。この軍服が何よりの証拠です!」
「勇者……ねぇ。最近多いんだよね、そういうの」
「ど、どういう意味ですか?」
「成りすましによる極悪犯行だよ。今日だけで君含めて3件目だ」
「そ、そんな……! わたしは本当に――」
「とにかく、身分がどうであれ不審な行動をしている者は国家騎士として見逃せない。一緒に来てもらうよ」
「うぅ……」
リィナもショックのあまりその場に崩れ落ちる。
「リィナちゃん、ここはとりあえず騎士さんの言う通りに――」
「あ、ちなみにだが君も一緒に来てもらうよ」
「えっ!? 俺もですか!?」
「当然だ。君も同じことしてたんだから」
「い、いや! 俺はただの付き添いで……てかむしろ被害者……」
「言い訳は後で聞く。いいから、二人とも来なさい」
「う、うっそ~ん……」
……というわけで監視役二人は国家騎士たちに連行されていったのであった。




