55.誘い
「ごめん、シオン。お仕事中に」
「おお、リィナじゃないか」
工房と隣接する武具店のカウンター前に立っていたのはリィナだった。
「今日は仕事休みなのか?」
「うん。少し息抜きしたくて今日と明日、お休みを貰った」
今日のリィナはいつものような仕事スタイルではなく、完全私服だった。
少しモコッとした可愛らしい服装が普段のクールな彼女とのギャップを感じさせる。
「今日はどうしたんだ? わざわざこんなところにまで来て」
「頼みがあって来たの」
「頼み?」
「うん。シオンは明日の休息日って時間空いてる?」
「ああ、空いてるが……」
「良かった。じゃあ明日、昼前に王都の噴水広場まで来て。それじゃ……」
「お、おいおいちょっとまったぁ!」
用件だけ言ってささっと退散していくリィナを止める。
リィナは不思議そうにこちらを振り向くと、
「ん、どうしたの?」
「どうしたの? じゃない! 全く状況が読めないんだが、明日何かあるのか?」
理由を聞くための質問を投げる。
だがリィナは即座に目線をそらすと、
「ごめん、それは言えない」
「なんでだ?」
「……それも言えない」
「え、えぇ……」
「とにかく、明日絶対来てね。忘れたらハブの血を飲ませるから」
「お、おいっ!」
リィナは質問する俺から逃げるように去っていく。
あの慌てようからして只事ではないのは分かるが……。
「ハブの血ってなんだよ……」
とりあえず、その理由を知るには約束通りの時間に噴水広場に行くしかない。
俺は「はぁ……」と一つ、ため息をつくと再び工房の方へと戻ったのだった。
♦
時は進み、次の日。
俺はリィナに言われていた時刻通り、王都の噴水広場にいた。
ベンチに腰をかけ、噴水をバックにゆったりとリィナの到着を待っていた。
のだが……
「リィナのやつ遅いな……とっくに時間は過ぎてるのに」
定刻通りの時間にリィナの姿はなかった。
もう噴水広場で待ってかれこれ30分以上が経っていた。
「おかしいな。確かに噴水広場って言ってた気がするんだが……」
リィナは時間にルーズなタイプではない。
むしろ徹底する方だ。
なのに定刻に来ない……ということは。
(もしや、リィナの身に何かあったのでは!?)
脳裏に過る一つの可能性。
限りなく低いものだが、あり得ない話じゃない。
噴水広場は休息日ということもあってたくさんの人で賑わいを見せていた。
人が多く集まる王都ならそういったことも無きにしも非ず。
俺の心は次第に焦燥感に駆られていく。
「こうしちゃ、いられない。早くリィナを――」
「わたしがどうかしたの?」
「いや、今から助けにいこうと……ってリィナ!? いつからそこに!?」
突然、俺の真横にひょっこりと現れる少女の影。
そこには昨日とは違い、軍服に身を包んだリィナの姿があった。
「ほんの数秒前からだけど。助けに行くってどういうこと?」
「そ、それはその……いつもはしっかりとしているお前が定刻通りに来なかったから、何かあったんじゃないかって思って」
「ああ、そういうこと。ごめん、心配かけて。色々準備に手間取っちゃって」
「そうだったのか……」
良かった。別に何かあったわけではないみたい。
「でも、何で今日は軍服なんだ? 王都ってことはどこかに行ったりするんじゃないのか?」
「そうだよ。でも、わたしとじゃない」
「じゃないってどういうことだ?」
「すぐに分かる。とりあえず、シオンはここで待ってて。もうすぐ来ると思うから」
「えっ……リィナ!」
昨日と同様。
明確な理由を言ってくれないまま、リィナは去っていく。
「はぁ……またこの展開か……」
俺は再びベンチに腰をかけ、リィナの言う通りその場に留まることに。
そしてそれから数分後。
大人子供で賑わう王都の景色を眺めながら、待っていた……その時だった。
「ご、ごめんね。待たせちゃった……かな?」
「ん……えっ!?」
突如、目の前に現れ、話しかけてくる銀髪蒼眼の美少女。
見覚えはない。
ただ一つだけ言えるのは超絶美人だということ。
前にクラリス女王に会った時も似たような感覚を感じたが、今回はそれ以上の衝撃だった。
「あ、あの……どちら様でしょうか?」
数秒間ほど見惚れてしまった後、俺が放った第一声がこれだった。
だが向こうはその質問を聞くなり、不思議そうに眉を寄せる。
「えっ、しーちゃん。わたしだよ? もしかして分からない?」
「し、しーちゃん? わたし?」
その『しーちゃん』というフレーズで全てを悟る。
なぜならその言葉を俺に向かって言ってくるのは全世界探しても数えるほどしかいないから。
それによく見てみたら、確かに面影がある。
服装や化粧でいかにも別人のように見えたが。
「もしかしてリーフ……なのか?」
少し引き気味に彼女に質問する。
すると彼女は首を縦に振り、
「う、うん……そうだよ。そんなに変わってる?」
「……ま、マジかよ」
ただただ驚くことしかできなかった。
向こうが何も言わなかったら多分、俺は気がつかなかっただろう。
目の前に現れた衝撃的美少女が自分の幼馴染だったなんてことは。




