54.英雄の剣
「ドラゴン討伐?」
「はい。勇者軍との共同任務で今度行くことになって……」
工房内での会話。
俺は親方にドラゴン討伐に行くことを話していた。
「でもどうしてだ? その任務はお前が行く必要があるものなのか?」
「い、いやそれは……」
勇者軍の女子更衣室に潜入し、それがバレての処罰で行きますだなんてもちろん言えない。
俺は少し間を開けつつ、適当な言い訳を考えるが。
「ふむ、なるほど。ワケありってとこか?」
俺の仕草や態度を見て何かを察したのか親方はそう言ってくる。
「ま、まぁ……はい」
少し小声で返答すると、親方はニヤリと笑う。
「その顔じゃ何かやらかしたんだな」
「い、いや……!」
なんという勘の良さ。
図星を突かれ、身体中に稲妻のような衝撃が走る。
「はははっ! やはりそうか。ま、何したかは聞かないでおこう」
「……すみません」
なんというか、申し訳ない気持ちが溢れてくる。
本当は正直に言うべきなんだろうけど、俺にはその勇気がなかった。
事が事だし……。
「あ、そうそう。そういえば届いてたぞ、例のブツが」
「本当ですか!」
「おう。さっきここへ届いた」
親方は奥の物置部屋から丁寧に布に包まれた一本の剣を持ってくる。
「開けるぞ」
親方は厳重に縛ってある紐を解く。
そして被さった布を取ると出てきたのは……
「これが……かつての大戦で英雄と呼ばれたクラリス陛下の剣、レーヴァテインか」
布に隠れた一本の剣は白い光沢を帯びた片手直剣だった。
所々にキラキラした細かな装飾が施された白妙の剣。
見ているだけでも神秘的なものが伝わって来る。
「かなり念入りに手入れされてますね……まるで新品のようです」
「クラリス陛下は剣にこだわりを持つお方だと聞いたことがある。手入れもその手の専門に頼らず、自分でやるようだ」
「ま、マジですか……」
剣にこだわりを持っているって話は初耳である。
そう思うと、今回の依頼ってかなり責任重大なのでは?
作った剣を気に入ってもらえなかったら……と思うと、怖くなってくる。
(これはかなり気を引き締めないといけないな……)
俺は親方から剣を受け取り、再度凝視する。
(なるほど。かなり丁寧に使いこまれているな)
特に刃の部分は新品も同然。
刃こぼれは一切なく、手入れがしっかりと行き届いていた。
変わりに柄の部分を見てみると、少し黒く変色しているところが見受けられた。
これは余計に剣を振らず、ほぼ一撃で相手を仕留めているからこそのこと。
変色しているのは剣を振る際に柄に大きな力を加えていたからだと推測できる。
これだけを見ても親方の言う通り、あの女王様はかなりのやり手だったということが分かる。
特に俺のように剣を握って戦ってきたものにとっては。
「問題はこれと同等か超えるほどの剣を作るにはどうするかだな」
話はそこから始まる。
今回の依頼はこのレーヴァテインに匹敵するか、それ以上の剣を作ってほしいというもの。
そしてその判断材料として送られてきたのがこのレーヴァテインだ。
「見た感じ、かなり特殊な鉄が使われているみたいですね……」
「恐らくアロンハルト鉱石と軟鉄を混ぜ合わせて作ったものだな、これは」
「アロンハルト鉱石……?」
「大陸南端にあるルルブ氷国にのみあるとされる希少鉱石のことだ。通常の魔鉱石の倍以上の魔力を含んだ特殊な代物でな。その丈夫さも相まってか聖威剣の材料にもよく使われたりする」
「なるほど……そんなものが」
だがここからルルブ氷国までの道のりはアホみたいに長い。
それにアロンハルトは希少鉱石の中でもかなり貴重かつ入手が困難なもので市場に出回っているものを買おうとなると目玉が飛び出るほどの額になるという。
「流石にアロンハルトは無理そうですね……」
「まぁ、アロンハルトにこだわらずとも似たような魔鉱石はある。だが代わりに相当な純度のものでないといけないが……」
「うーん……」
悩み考える。
するとその時、一人の中年技師が俺たちのもとへと駆け寄ってきた。
「シオン、お前にお客さんが来ているみたいだぞ」
「お客……?」
「ああ。服装を見る限り、勇者軍の人間だった」
「分かりました。すぐに行きます」
「行ってこい。とりあえずこの話はまた今度にしよう。俺もほかの案がないか考えてみる」
「ありがとうございます。ご迷惑をおかけします」
「なぁに言ってんだよ! お前は俺の予想を遥かに超えることをしてくれたんだ。最近、お前が勇者軍と国家騎士団との間に顧客契約を結んでくれたおかげで売り上げ上々、鰻上りよ! それくらいの援助はしてやらんと」
ガハハと笑い飛ばしながら親方はそう言ってくれる。
最近は依頼がひっきりなしに来ている。
契約の影響が大きく出始めたのだろう。
(運も相当あったが……)
正直のところ、国相手に顧客契約を結べたのは今でもかなり驚いている。
でも良かった。
親方がここまで喜んでくれるなら本望だ。
「では、親方。少しだけ持ち場を離れますね」
「おう!」
俺は一礼すると、そのお客とやらに会うべく、工房を抜けた。




