52.顛末
ユーグが異性のことを”美少女”と呼ぶのは限られた人物しかない。
それも俺の知る限りだと本当に指を折るほどくらいの人数。
それに……
(確かさっきの会話に”リィナ”って名前が出てきたような……)
「ゆ、ユーグ。一応聞くが、そこにいるのはもしかして……」
まさかと思い恐る恐る聞いてみる。もちろん小声で。
するとユーグは、
「ああ、お前が察している通りだ。そこにいるのはリーフレットちゃんとリィナちゃんだ」
「……ッ!」
俺の身体全体に稲妻のような衝撃が走る。
そしてその答えの反動で俺はユーグの目を両手で塞いだ。
「お、おいシオン! いきなりなにするんだ!」
「や、やめろ! み、見るなっ!」
「な、何でだよ! 今いいところなのに!」
なぜこのような行動を取っているのかは自分でもよく分からない。
でも自分の幼馴染の醜態を誰かに見られてしまうと思うと、何とも言えない感情が湧き上がってきた。
「とにかくダメだ。見るな!」
「お、落ち着けシオン! このままじゃ……」
ガタガタと揺れるロッカー。
もちろん、そんな異変を彼女たちは見逃すはずがなかった。
「あれ、今の音……」
「普通の音じゃない。あそこのロッカーから聞こえてきた」
警戒を強める二人。
ユーグはヤバイと思ったのか、覗き穴から素早く目を離した。
「ま、マズイ……」
「見つかったのか?」
「いや……でもこっちを見てる。特にリィナちゃんが……」
リィナか。
確かに彼女はこういう場合の出来事には敏感で鋭い。
一発でこのロッカーが怪しいと見抜いているみたいだし。
「リーフレットはここにいて。わたしはあのロッカーを見てくる」
「う、うん……」
そう言ってリィナは俺たちの潜むロッカーへと歩み寄って来る。
「マズイ! リィナちゃんがこっちに来た!」
「おいおい嘘だろ……!」
俺たちの背筋にはじんわりと冷や汗がにじみ出てくる。
(こ、このままじゃ確実に見つかる!)
額からも汗が大量に噴き出てくる。
どんどんと大きくなる足音。
俺たちは可能な限り息を殺したが、どうやらもう手遅れのよう。
「ど、どうするよシオン!」
「お、俺に聞くなって!」
心拍数がどんどんアップテンポになっていく。
と、ごたごたしている間にリィナの足音はピタリと止まった。
対してリィナはそのロッカーの取っ手に手をかけようとする……が、
「り、リィナ! ちょっとこっち来て!」
背後から聞こえてくるリーフレットの声。
それにリィナは反応し、
「どうしたの? 何かあった?」
「と、とにかく来て! む、虫が……!」
「分かった。すぐ行く」
リィナは一旦後ろを振り向くとリーフレットの方へ。
「た、助かった……のか?」
「どうやらそのようだな」
救いの見えざる手が差し伸べられた。
俺たちは間一髪のところで脅威を回避することが出来たのだ。
「あ、危なかったぁ……」
ホッと一息つき、ユーグは前のめりになる。
だがこれがいけなかった。
ユーグの体重がロッカーへと伝播し、少しずつだがロッカーが傾いていったのだ。
「ユーグ! あまり寄りかかるな! ロッカーが……!」
「え……?」
しかしもう遅かった。
ユーグが離れた時にはもう既にロッカーは傾きかけ……
「うおっ!? な、なんだ!?」
「しまったっ……!」
そのまま、耐え切れずに横転。
同時に物凄い物音が更衣室内に響き渡る。
俺たちもロッカー内から外に放り込まれる。
「な、なに!? 今の音!?」
「さっきのロッカーからだ!」
この音に気がつき、リィナとリーフレットもこっちに来る。
そして――俺が最も危惧していた事態が起きてしまった。
「い、いてて……大丈夫か、シオン?」
呑気に俺の心配をしてくるユーグ。
だが俺の目線はユーグではなく、二人の方へと向いていた。
「し、しー……ちゃん?」
「……シオ……ン?」
私服に身を包んだリィナ。
その横には着替え途中だったのか、既に半裸になっていたリーフレットの姿があった。
(お、終わっ……た……)
もはやもう声すらも出すことができなかった。
ただ、消沈していく意識と共に目の前が真っ白になっていくだけだった。




