51.潜入
「よし、ここならバレることはないだろう。……多分な」
「多分って……俺はどうなっても知らんぞ。もし誰かに見つかりでもしたら……」
「そん時はそん時さ。今は果たすべき目的を達成することに意味がある」
特別棟内女子更衣室。
俺たちはそんな男子禁制の場にひっそりと潜んでいた。
(くそっ……なんでこんなことに)
あの後、俺はユーグの必死の頼みを不覚にも受けてしまった。
ただ、条件として潜入する手伝いをするというだけならということで話は纏まった。
はずだったのだが……
「まさかCクラスの連中に出くわすなんてな。訓練中だったのか」
潜入途中で偶然にも訓練中だったCクラスの一団に出くわしてしまい、見つからないよう逃げ延びた先が女子更衣室だったという運がいいのか悪いのか分からない状況になっていた。
「でもこれで結果オーライだぜ。これで一気に計画が進んだ」
「ああ、そうだな。おかげさまで俺は道連れにされたわけだが?」
「まぁそう言うなって。無事にバレずに帰ってこられればOKなんだ。それよりもこれから目にする至高なるエロスをしっかりとこの目に焼きつけないと」
「はぁ……」
もうここまで潔いと文句どころか溜息しか出てこない。
今更だがこんなのが数少ない友人の一人だと思うと悲しくなってくる。
確かにユーグの言い分は分からなくもない。
強さを得るには人それぞれ方法というものがある。
ユーグの場合、それがこの覗きというだけであって彼の言う通り、ただ疚しい気持ちだけで犯した行為ではない。
でも社会はそんなことは認めてくれない。
この覗きは自分を強くするため……と言ってもやってることは歴とした犯罪行為。
非人道的な行動をしているわけだ。
そして、今の俺もその”犯罪者”と同格のクズになってしまった。
こうなってしまった以上、もう後戻りはできない。
であるならば、今果たすべきことはただ一つ。
(絶対に見つからないよう無事にここから出ること……)
ユーグも自分がしている行為を把握できていないほどバカではない。
そこまで長居はしないだろう。
だからそれまで耐えるんだ。
(何としても見つからないように……!)
俺は拳をギュッと握り、心に誓う。
「ん、どうしたシオン」
「いや、何でもない。少し自分の中で誓いを立てていただけだ」
「誓い……? なんだそりゃ」
と、そんな会話をしている最中だった。
「あ、ここだね。女子更衣室」
「特別棟の更衣室使ったことないの?」
「うん。いつも演習場の端っこの方で見られないように着替えてたから」
「えっ!? そうだったの!?」
更衣室の外から聞こえてくる女の声。
会話からして二人。
スタスタと足音を立ててこちらに向かってきていた。
「お、早速お客人だぜシオン。とりあえず隠れるぞ!」
「か、隠れるってどこに?」
「こっちだ。早くしろ!」
「お、おいっ!」
と、ユーグに言われるがままに俺はある場所にぶちこまれる。
狭く薄暗く光が漏れる場所は数センチほどの覗き穴からだけ。
そう、俺はロッカーの中に入れられたのだ。
そしてユーグも……
「お、おいユーグ。なんでわざわざ同じロッカーに入るんだ」
「この方が色々と都合がいいんだよ。それよりも今は目の前のことに……」
「ちょっ、あまり激しく動くなって! ただでさえ狭いんだから!」
ロッカー自体はかなり大きめのものだったが、大人二人も入ればギチギチになるには当然のこと。
実際、俺たち二人でやっと入れるレベルで普通に立っているだけでもギリギリだった。
でもユーグはそんなことなど関係なしに一つしかない覗き穴に目を向ける。
「さて、記念すべき一発目は誰かなぁ~」
ユーグの見せる顔はもう犯罪者のそれ。
これから友人に穢されてしまう被害者に心の中で謝罪しながらも、俺はじっと目を瞑った。
すると――
――ガチャ
扉の開く音と同時に大きくなる足音。
どうやら誰かが入ってきたようだ。
「おっ、誰かが来たな」
ユーグはまさに一意専心の如く覗き穴に目を当てる。
俺はその背後で音を立てぬようじっと見守る。
「良かったぁ……誰もいない」
「多分さっきの子たちはまだ訓練中のようね。ちょうど良かった」
「それで、これを着るの?」
「そう。誰かが来る前にささっと着替えよう」
「う、うぅ……」
ロッカーの外から聞こえてくる話し声。
話の筋からして訓練中の兵士……ってわけじゃなさそうだが、それよりも気になることがあった。
(この声、聞き覚えが……)
その時だ。
いきなりユーグが小声で、
「お、おいおいマジかよ……」
「どうしたユーグ?」
俺も小声で反応。
するとユーグは身体をプルプルとさせながら、
「いきなり大当たりだ。こりゃ、ついてるぜ」
「大当たり? 一体誰なんだ、そこにいるのは――」
「きゃっ! り、リィナ、いきなり何を……!」
ユーグに問おうとした時、外から女の叫び声が聞こえてくる。
「何か躊躇していたから脱ぐのを手伝ってあげようと思っただけ。特に意味はない」
「き、着替えくらい自分で出来るから!」
服を脱がされているのだろうか? 何か抵抗をしているような感じだった。
ユーグはその一部始終を見るなり鼻息を荒立て、
「こ、これはヤバイ……ヤバいぞ! まさか軍内屈指の美少女コンビがお出ましとは……」
じっと凝視。
食らいつくかのように外を見ていた。
だが俺はユーグの言葉に違和感を感じた。
「おいちょっと待て。お前今なんて言った?」
「ん、軍内屈指の美少女って言ったんだが?」
「なん、だって……?」
この時、俺の心中には嫌な予感が過った。




