【コミカライズ掲載中！！】俺の冴えない幼馴染がSランク勇者になっていた件

第2章

49.目的

「お、おいシオン！　待ってくれ！　これにはふかーいワケが……っ！」

「覗きにワケもクソもあるか。とりあえず団長に報告しておく。生憎、俺以外の目撃者もいるしな」

「ほ、報告！？　そっ、それだけはご勘弁を！」

　ユーグは去ろうとする俺にしがみつき、行く手を阻む。

　彼の一連の所業。

　それはどうやら特別棟内にある女子更衣室へと潜入しようとしていたらしい。

　目的は分からない。

　だが言われなくても大体見当はつく。

「仕方ないだろ？　俺は友人が目の前で犯罪者に変わる姿など見たくはない」

「いや、だからそうじゃないんだって！　頼むから話を聞いてくれよ！」

「……」

　必死に訴えてくるユーグ。

　俺は仕方なく一旦足を止めることにした。

　ユーグは有能な人材ではあるが、超がつくほどの変態であり、変人だ。

　俺も初めて会った時は驚きばかりだった。

　でもこいつとて意味もなく堂々と犯罪行為を犯すような愚かな人間ではないことは分かっている。

　俺は一人の勇者として、友人として彼(ユーグ)をずっと見てきた。

　だからこそ、こんなアホみたいな状況でも彼を信じたい。

　それに、ユーグの表情にはいつものような疚しい気配は感じなかった。

　いつもならもっとヘラヘラと笑っているようなイメージだったが、今回はそうじゃない。

　本当に何か目的があるかもしれない。

　だから……

「……分かった。そこまで言うなら理由を聞かせてもらおうか」

「し、シオン……！」

　曇ったユーグの表情に笑顔が取り戻される。

　結局、俺は話を聞くことにした。

　必死なのも重要な目的があるからこそ……と、そう思ったからだ。

「で、その”ワケ”ってのはなんだ？」

　単刀直入に聞く。

　するとユーグは真剣な表情はそのままに理由を話し始めた。

「俺がこんなことをしているのは……今よりもっと強くなりたいからだ」

「強くなりたい……だと？」

「ああ。俺はあの時、痛感したんだ。自分が看板だけの無力な人間なんだってことが」

「あの時って、ゴルドとの戦闘の時か？」

「そうだ。俺の攻撃は奴(ゴルド)には通じなかった。それも清々しいくらいにな」

　ユーグは一呼吸おいて続ける。

「俺は自分が情けなく思った。Sランクという名誉ある看板を掲げておきながら、魔王の一配下すらまともに太刀打ちできなかった自分が」

「だから、もっと強くなりたいと？」

「ああ、そうだ」

「でもそれと女子更衣室に潜入することに何の関係がある？　見つかったらどうなるかくらい分かっているだろう？」

「もちろん、危険を承知の上での行動だ。しかしこれは今の俺にとっては必要なことなんだ。眠りきった俺の聖(・)魂(・)を呼び覚ますためにはな」

「聖魂を呼び覚ますだと？」

　ユーグの言い分を一言で纏めるとこうだった。

　”自らの欲望に準じる刺激を得ることで自身の中に眠っている聖魂を覚醒させる”

　聖魂は勇者にとっては力に直結する重要なもの。

　聖威剣の力を最大限に発揮するために必要な物だ。

　だが聖魂というのはその人物の持つ”心”によって力量が大きく左右されてしまう。

　例えば野心や信念を持つ者はより強くなることができる。

　聖魂もその心に反応するからだ。

　そして逆に強い心を持たない者の聖魂は時と共に少しずつ錆びついていく。

　もちろん、力もそれに比例する。

　聖魂自体は自己消滅することはない。

　しかし長時間何もせずに放置すれば食べ物ように腐り果てていく。

　要は気持ち次第で勇者はどこまでも強くなれるということ。

　理由は何でもいい。

　ただ、自分にとって心が高揚するほどの経験を得られればそれでいいのだ。

　これは人類が感情の生き物と言われるからこそのこと。

　”強き心を持つ者は強者となる”

　勇者を辞めた俺の聖魂が今も尚色褪せていなかったのはグランの言っていた通り、剣を捨てることに対して未練があったから。

　だからこそ俺は剣を手放して3年経ってもそれなりの力を発揮することが出来た。

　ユーグは自分の能力に限界を感じていた。

　そして同時に沈みゆく心と聖魂がリンクし、鍛錬を重ねてもそれ以上の成長が出来なかった。

　だからユーグはある決断をした。

　今の自分の持つ欲望を叶えることによって聖魂を覚醒させ、沈みきった心を再び震え上がらせる。

　今のユーグにとってさらなる強さを得るにはこれしか方法がなかった。

　それでだ。

　肝心のユーグの持つ欲望というのが……

「……エロスだ」

「エロ……ス？」

　ユーグは一秒たりとも笑わない。

　正に真剣な顔をしてこの言葉を放ったのである。

「それが、お前の欲望なのか？」

「そう。お前は知らなかったかもしれないが、俺は女好きの変態だ。暇さえあれば女を口説いては予約していた宿屋に連れ込んでいる」

「よくもまぁそんなことを真顔で言えるよな、お前」

　突然、友人から言い放たれる最低な一言。

　知らなかっただろう？　と言ってくる時点でもう色々と突っ込みたくなる。

　強くなる以前に人としてやり直した方がいいと言ってやりたいくらいだったが、彼の顔は真剣(マジ)。

　残念ながら、到底ツッコミを入れられるような雰囲気ではなかった。

「でもお前の場合はその面一つで何もしなくても向こうから寄って来るじゃないか。別に犯罪を犯すようなことをしなくても叶う欲望なのでは？」

「いや……それじゃダメなんだ」

「何故だ？」

　ユーグはこの質問に答える。

「俺の求める”エロス”は女を口説いて宿屋に連れ込んで得られるものじゃない。もっと純粋な……そう！　ありのままの”エロス”なんだ！」

「ば、バカ！　あまりデカい声でエロスエロス言うなって！」

　第三者から見ればこれほど馬鹿馬鹿しい会話はないだろう。

　正直、俺も何について語っているのか分からなくなっている。

　だがユーグの言葉を聞くと、そのありのままのエロスというのが女子更衣室を覗くことに該当するらしい。

「俺は作られたエロスじゃなくて、自然なエロスを求めている。そこで俺は考えた。その自然なエロスとは一体何なのかを！」

「それが、女子更衣室の覗きってわけか？」

「その通りだ。覗きというのは背徳感を覚える行為。しかしそれと同時に得られる自然なエロスは人の持つ性への欲望を満たしてくれるとある人物は言っていた」

「ある人物？」

「俺の恩師だ。勇者になる前に剣術やらなんやら色々と教わっていた」

「は、はぁ……」

　なに変な事を教えてんだよ……とツッコミを入れたくなるが、我慢する。

　ユーグは粗方理由を述べると、俺の前に座り込んだ。

　そしてそのまま両手を地に付けると――豪快なる土下座をかましてきた。

「お、おいユーグ。一体何を――」

「シオン。親友としてお前に頼みがある！」

　ユーグは俺の言葉を遮り、豪快に頭を地につける。

「頼み……？」

　勢い余って頭を地面に強打するが、ユーグは頭を下げたまま、その滑稽な姿で――

「お願いだ。俺の……俺の女子更衣室侵入計画に手を貸してくれ！」

　土下座までして頼んできた内容は何とも他愛もないものだった。