46.悩むシオン
女王との面会から一日が経ち、俺は仕事の合間を縫って本部へと赴いていた。
「……まさか、あんなことになるなんてなぁ」
演習場で空を見上げながら、ぼーっと考える。
今は育成クラス、軍内ではCクラスに分類される勇者の卵たちの剣術指導を行っていた。
ちなみにこれはリベルカとの契約と引き換えに受け入れた組織改革の一環。
俺はその改革の手助けとして下のクラスに属している勇者たちの指導を任されていた。
しかし今日は指導どころではなく、昨日の王女との面会の件で頭がいっぱいになっていた。
「いきなり剣を作れって言われてもなぁ……」
女王からの要望。
それは自分に剣を作ってほしいというもの。
詳細としては魔剣級の力を持つ剣をご所望のようで、期日は3か月。
特に細かい条件などは要求されなかったが、大まかなものとして自らの剣であったレーヴェテインに匹敵、または上回る力を持つものを作ってほしいとのこと。
そのためのサンプルとして後日、レーヴァテインが送られてくることになった。
それと昨日工房に送られてきた匿名の依頼書だが、あれはやはり女王自らが送ったものらしい。
匿名で出した理由は色々あるらしいが、おかげで依頼書の謎は解けた。
ちなみにこのことは全て昨日のうちに親方に報告済みである。
反応?
そんなのは言うまでもない。
でも最初に親方が俺に言った第一声が「お前、王城でなにしでかしてきたんだ?」という疑いの言葉だったのは少し残念だった。
多分、それが普通の反応なんだと思うけど。
それと、俺が作った魔剣についてもしっかり事情を説明した。
とはいえクラリス陛下が俺を咎めることはなかったし、逆に剣の返却について問われたが、そのまま国で保管してもらうようにお願いすることにした。
あんなものが世に出たら、とんでもないことになるだろうからな……
それにしても――
「……なんで俺なんだ?」
確かにクラリスが言っていたように魔剣を作れるような技師は王都でも数えるほどしかいない。
もちろん、魔剣技師は親方みたいな経歴の長い力ある職人たちばかり。
その中で経験も練度もまだ浅い俺が選ばれた理由が未だに分からなかった。
女王が言うにはあの魔剣の機能性に惚れ込んで……とのことらしいが。
「なんにせよ、依頼を受けたからには責任を持ってやらないとな」
最初は丁重にお断りしようと思っていた。
何せ相手は女王。そんな要人の片腕となろうものを職人歴2年そこらの若造がホイホイと作っていいものなのかと。
でも女王は俺の鍛冶職人としての腕を見込んで依頼をしてくれた。
職人をしている身としてはこれほどまでに名誉なことはない。
しかも、向こうはあんな無茶な顧客契約も呑んでくれたんだ。
向こうが良いとは言ってもやはり不公平な感じがあるし、後味が悪い。
それに、これもある種の経験になると思った。
かつて世間を騒がせた英雄の剣を作るという普通に職人をやるだけでは到底味わえない経験をね。
まぁ、そういうわけで結局依頼を受けたのはいいが……。
「どうしよう。素材も一から集めないとだし、時間も……」
とてつもなく悩んでいた。
それはもう、他のことを考えられないくらいに。
「教官! 全員、指定されていたカリキュラムが終わりました! 次のご指示を!」
「ホロライト鉱石……いや、あれでは純度的問題が……」
「あの~教官?」
「ん~やっぱり魔剣となると――」
「教官……シオン教官!」
「うぉっ!?」
頭をフル回転させて考えている中、誰かの大声が脳内に響き渡る。
目の前には一人の女の子が俺の眼をじーっと見つめていた。
「ど、どうしたんだアリス。なんか事件でも起きたか?」
「違いますよ。全員、言われていたカリキュラムを終えましたのでご報告にきたのです。次のご指示をいただくために」
「あ、あぁ……報告ね」
そう言ってくるのはアリス・ビンフォードという少女。
Cランク勇者の中ではずば抜けた才能を持っており、次期Sランク候補にも名が挙がる育成クラス期待の星。
最近の若い勇者では珍しく自己開発意欲を持ち、その上努力家という理想的な人物像を兼ねそろえている。
歳は俺よりも一つ下ではあるが大人っぽく、菫色のふんわりとした髪を持った美少女で頭には星模様のピンをつけている。
指導者としてCクラスに潜り込んだ時はこうして話すことはあまりなかったが、日々の鍛錬を重ねていくにつれて少しずつ会話が増えるようになった。
今では俺の指導力に感銘を受けたのか、個人的に剣術を教えてほしいと言われ、空き時間に少しだけ指導をしている。
しかしながら、そんな彼女にも一つだけ難点があり、
「なんかぼーっと考え込んでいたみたいでしたけど、何かお悩みが?」
「うん、まぁ色々とあって」
「色々……はっ、もしかしてそれって恋のお悩みとかですか!?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「もしよければ相談に乗りますよっ!」
と、目をキラキラと輝かせ、興味津々に聞いてくる。
彼女は生粋の恋バナ好きなのである。
何かあればすぐに恋愛の話に持っていくし、今もまだ何も言っていないのに恋愛好きな乙女の顔が全体からにじみ出ていた。
「残念ながら恋愛事情じゃない。ちょっと仕事関係で悩みがあって」
「えー違うんですかぁ?」
「なんでそうガッカリな顔するんだよ」
当然、違うと即答。
それを聞くとアリスは肩を落とし、「なんだ……」とため息を漏らす。
(どんだけ恋愛好きなんだよ……)
いや、逆にこれが普通なのだろうか?
よくよく考えてみたら、今まで恋愛のことになんて全くと言ってもいいほど関わってこなかったし。
「教官、それよりも……」
「ん、ああ……次の訓練指示だったな」
「それもそうなんですが、あそこに……」
「……?」
アリスの指差す方向に俺は目を向ける。
と、その先には何やら不審な動きをする者がいた。
周りの目を気にしているのか、姿勢を低くし、執拗に辺りをキョロキョロと見渡している。
おまけに黒ローブで身体全体を覆っていた。
「怪しいですね、あの人」
「だな。少し後をつけてみるか。アリス、お前は他の奴らに休憩するように伝えておいてくれ」
「分かりました。気をつけてくださいね」
「お前もしっかりと身体を休めておけよ。最近、夜遅くまで鍛練をしているようだからな」
「あっ、ばれてました?」
「他の奴らから聞いた。あんまり無理はするな。身体を休めるのも鍛練のうちだ」
「はぁい」
と、気の抜けた返事をするアリス。
俺は続けて、
「万が一の時のために代わりの教官を呼んでおく。後はその人の指示に従ってくれ」
最後にそれだけをアリスに伝えると、その不審者の後を追うべく、演習場を後にした。




