44.金色の姫
ルーベリック城内。
俺たちは戦士長マクドエル先導のもと、女王陛下のいる部屋へと案内してもらっていた。
「すごい……」
「綺麗……あんな彫像みたことない」
辺りをキョロキョロと見渡し、驚きの声をあげるリィナとリーフレット。
それもそのはず。
王城内に入った途端、目に入ったのは要所要所に飾られているたくさんの絵画や彫刻。
そしてギラギラと輝く特殊な金属を施した内装だった。
見た瞬間に分かるほどのインパクト。
この城だけでも相当な金をかけていることが分かる。
「ここにある絵画や彫刻は陛下のご要望で特注で作らせたものなんです。クラリス様は芸術や美術の分野に造詣の深いお方でしてね、特に絵画や彫刻物といったものをコレクションするのが殿下のご趣味なのです」
俺たちが真新しいものをみるかのような目で辺りを見渡していると、マクドエルが説明をしてくれた。
(なるほど、殿下はこういう美術品に精通している人なのか)
でもこの数は尋常じゃない。
まるでどこかの博物館にでも来たような感じだ。
連なる絵画や彫像に思わず目を奪われてしまう。
「……こちらです」
とある一室の扉の前でマクドエルは足を止める。
この部屋の中に女王陛下が控えているようだ。
俺は深呼吸し、息を整える。
「……よし、行くぞ二人とも」
二人に目を合わせ、ドアの前に立つ。
するとマクドエルが「お待ちください」と言って俺たちを止めた。
「申し訳ありません。中に入るのはシオン様だけということにしていただけませんか?」
「えっ、護衛は……」
「護衛の方は部屋の外で待機ということにしていただけると。これも陛下のご指示ですので。もちろん、我々騎士たちも立ち入りを禁止されております」
「ということらしい。悪いがここで待っていてくれないか?」
「……う、うん」
「……分かった」
さすがに嫌とは言わなかったが、あからさまに残念な顔をする二人。
やはり二人も女王陛下に会えることを心待ちにしていた様子。
「悪いな、二人とも」
「ううん、気にしないで! その代わり、後でどんな人だったか詳しく教えてね」
「外の護衛は任せて。シオンが安心して女王様と話せるように全力で守るから」
「ありがとう……リィナ、リーフ。行ってくるよ」
二人にそう告げ、微笑むと、再び扉の方を向く。
「……ご準備はよろしいですか?」
「はい、いつでも大丈夫です」
「分かりました。では……」
そう言ってマクドエルはコンコンと2回、扉をノックする。
そしてしばらくの沈黙を挟むと、マクドエルは静かに扉を開け、俺を部屋の中へと案内した。
♦
「お忙しいところ失礼いたします、クラリス様。第一戦士大隊戦士長のマクドエルです。シオン・ハルバード様がお見えになりましたので、案内をさせていただきました」
入室後、マクドエルはそう一言添えると膝をつき頭を下げる。
俺もそれに準じて膝をつき、できるだけ頭を低くした。
部屋に入ると一人の人物が窓際に背を向けて立っていた。
「案内、ご苦労さまでした。もう下がって大丈夫ですよ」
「はっ! では私はこれにて失礼致します」
マクドエルは顔を上げると、再び一礼。
去り際に俺の方を向き、会釈すると足早に部屋から去っていった。
「貴方が、シオン・ハルバード様ですか?」
「はい。お初にお目にかかります、陛下。この度はお招きいただき、大変嬉しく思っております」
慣れない言葉を使い、少しぎこちなさが出てしまうが、何とか言い切る。
女王はスッとこちら側を向くと、俺に顔を上げるように言う。
「そんなに固くならなくても大丈夫ですよ。わたくしのことも陛下……などではなくクラリスとお呼びください」
「い、いえ! そんな無礼……なっ!」
つい顔をあげてしまい、女王と目が合う。
と、俺はその姿を見るなり、一瞬だけ固まってしまう。
(こ、この人がクラリス女王……)
固まった理由は他でもない。彼女のその逸脱した美貌だった。
噂ではとてつもない美貌を持った人だと聞いていたが、そもそも見たことがない人の方がほとんどなのであくまで妄想の範囲だと思っていた。
だが、噂は本当だった。
白く艶やかな肌に大きな瞳。
背丈もそれなりにあり、スタイルは言うまでもない。
そして何より印象的なのは光沢を帯びた金色の髪だった。
その髪が窓から差し込む光に反射し、神々しさすら感じるほど。
彼女の美貌をさらに引き立てている。
そして同時に彼女の中に秘める膨大な魔力が俺の身体に伝播してきた。
最もこの人は魔力の流出をかなり抑えているみたいだが、俺にはすぐに分かった。
(王帝戦乱の英雄……か。親方の言っていたことは本当だったわけだ)
圧倒的強さと人を惹きつけるほどの美貌。
かつて世間に名を残していった戦乙女はその両方を必ず持ち合わせていると言われているが、本当にその通りだ。
特に彼女はそれを分かりやすい形で体現していると言える。
「どうぞ、そちらにおかけください」
「い、いえ……自分はここで結構です」
「そんなことおっしゃらずにお座りください。あくまでわたくしは対等な関係でお話をしたいのです」
対等な関係か。
実際、一国の長として力を持つ者がただの一般市民と対等な扱いというのはあまり好ましいことではない。
でも、
「分かりました。では……失礼いたします」
彼女はそれを望んでいた。
言葉を発さずとも平等でいたいということが何となく伝わってきたのである。
「今、お茶をご用意いたしますね」
女王陛下はニッコリと微笑むと、ティーポットを取りに奥の部屋へ。
「ああ……緊張した」
緊張と慣れない雰囲気で一つ一つの挙動に違和感が生じる。
その上精神的な影響もあってか、身体がいつもみたいに思うように動かない。
(平常心だ。平常心を保つんだ、シオン!)
高まる鼓動を自己暗示で抑えながらも、俺は近くにあったソファに腰をかけた。




