40.穴場の
「ごめん、シオン。やりすぎた……」
「き、気にするな。なんてことない」
というのは建前で実際はめっちゃ痛い。
ズキズキと痛む頬をリィナに見えないように抑える。
(首ごと吹っ飛ぶかと思った……)
心の中ではそう思いながらも、俺は何事もなかったかのように笑みを見せる。
「久しぶりの王都……なんか新鮮」
「そうか、リィナは長い間遠征に行ってたんだもんな」
俺たちは既に王都内に足を踏み入れていた。
俺にとっては見慣れた光景でもリィナにとっては郷愁に浸るような感覚なのだろう。
しきりに辺りを見渡していた。
「あの店、新しく出来たんだ」
「ん? ああ……確かにあんな店みたことないな」
「あの店も、改装してる」
「よくそんなことまで分かるな」
「王都の街並みは全部頭の中にあるから」
「ま、マジかよ」
他にも前と変わっている王都の街を次々と言い当てていく。
ちなみに俺はほんの数件しか知らなかった。
よっぽどこの街のことが好きなのだろう。
さっきまではあまり見せなかった笑顔がリィナの顔には出ていた。
「シオン、まだ時間は大丈夫?」
「時間? ああ、まだ余裕はあるけど……」
「じゃあ、ちょっと来て」
「お、おい!」
いきなり手を引っ張られ、どこかへと連れていかれる。
リィナが入っていったのは一本の路地。
狭くて薄暗くて道も悪い。
そんな道をリィナはひたすら進んでいく。
「お、おいリィナ! 一体どこへ……」
「……着いた」
「え?」
唐突に足を止めるリィナ。
すると目の前には何だか洒落た感じの佇まいの店がポツンと一件あった。
「ここ。連れてきたかった場所」
「こ、ここって……」
「中に入るよ」
「え、ちょっ……!」
意思を問う間もなく俺は店の中へと連れていかれる。
「いらっしゃい。お、リィナちゃんじゃないか! 久しぶりだな!」
中に入った瞬間、顔を会わせたのはタンクトップにゴリゴリの筋肉が特徴的な巨漢の男。
遠くから見てもその大きさはよく分かるほどだ。
「久しぶり、マスター。例のやつ、作れる?」
「おう! 作れるぜ! てか、いつ帰ってきたんだ?」
「ほんのついさっき。お腹空いたから本部に行く前に寄ろうと思って」
お腹空いた……ってメシを食いにきたのか。
確かに店の中に入った時にどことなくいい匂いがするなと思ってたけど。
「そうかそうか! で、そっちのイカした兄ちゃんは誰だ? あ、もしかしてカレシとか!?」
二人の会話の中で突然俺の方へとヘイトが集まる。
だがリィナはその問いに対して、
「ち、違う! そんな関係じゃない! ただの知り合い」
顔を赤くしながらも、否定する。
「初めまして、シオンと言います」
ここぞというタイミングで自己紹介を。
と、巨漢の男もカウンターから出てくると、
「初めまして。俺はここのマスターをやっているガロという者だ。よろしく!」
「よ、宜しくお願いします……」
自己紹介と共に握手をする。
(やっぱデケェ……)
近くで見るとその迫力は歴然。
多分昔は冒険者か何かだったのだろう。
かなり鍛え上げられている。
「まぁ、その辺に座ってくれい。すぐに準備するからよ。あ、荷物はこっちで預かっておくぜ」
「すみません、ありがとうございます」
俺たちは各々マスターに荷物を預ける。
「あ、マスター。今日は二人分でお願い。代金はわたしが払う」
「OK! じゃ、ちょっとだけ待っててくれ」
そういうとガロは厨房の方へと入って行った。
「まさか路地裏にこんな店があるなんてな。知らなかった」
「ここは知る人ぞ知る穴場なの。勇者軍の人たちも結構来ている」
「へぇ……確かに穴場って感じだな」
店内は外装の通り、お洒落な空間で大衆酒場というよりはオーセンティックバーを彷彿とさせるような造りだった。
蓄音機から流れるジャズ調の曲がその空間をさらに際立たせている。
「そういえばさっきの会話で気になったんだが、ここへはよく来るのか?」
「うん。わたしが勇者軍に入った時から定期的に通ってたからもう2年以上になるかな」
「だからマスターとも仲がいいんだな」
おやじ、いつもの! みたいな感じで頼んでいたから常連なのかなと思ったがやはりそうだった。
マスターとの会話からも仲の良さを感じたし。
と、そんな会話をしていると、料理が運ばれてきた。
「へい、お待ち! いつもの特盛ミートスパゲティー二つ!」
「ありがとう、マスター」
「おうよ! たらふく食べて仕事の糧にしてくれい!」
運ばれてきたのは大皿にこれでもかと盛ったミートスパゲティだった。
見た感じ、確かにすごく美味しそうだけど、それよりも量によるインパクト半端なかった。
「す、すげぇなこの量。いつもこんな量を食べているのか?」
「そうだよ。ここのミートスパゲティは大陸……いや世界一。いくらでも食べられる」
とはいっても一皿分だけでも相当な量。
まだ食べてすらいないのにお腹いっぱいになりそうだ。
ちなみにリィナがいうにはおかわりは自由……らしい。
「今日はわたしの奢りだから気にせず食べて」
「いいのか?」
「問題ない。さっき助けてくれたお礼」
「分かった。じゃあ、遠慮なく……」
俺たちは特盛ミートスパゲティの前で「いただきます」と合掌すると、フォークを手に持ち食べ進める。
「(もぐもぐ)うん、このミートスパゲティ旨いな!」
「でしょ? これを食べると元気を貰える。明日も頑張ろうって思えるの」
もぐもぐと食べ進めるリィナ。
それも幸せそうにしながら。
だが……
「食べるの早くね?」
まだ食べ始めて2分弱。
もうリィナの皿には8割方スパゲティが無くなっていた。
「これくらい普通。一皿3分以内がマイルールなの」
「どんなルールだよ、それ」
そう話している間にもスパゲティは無くなっていき――完食。
本当に3分以内で食べきっていた。
「マスター、おかわり~」
「おう、ちょっと待ってろ!」
という具合に2皿目へと突入。
俺なんてまだ半分も食べていないというのに……
時間はどんどん経過していく。
気がつけばテーブルの上にはリィナが食べ終えた大皿が山の如く積み重なっていた。
「け、結構大食いなんだな……リィナは」
「普段はこんな感じじゃない。だけどこのスパゲティだけは特別」
スパゲティに何か魔法でもかかっているのかというほどの勢い。
俺はただその勢いをポカーンと見つめるばかりだった。
「……ごちそうさまでした」
「満足したか?」
「うん。今日も美味しかった。ありがと、マスター」
ようやく食べ終えたリィナ。
その皿の合計は何と10皿を越えていた。
(ば、バケモノだ。この子……)
俺も一皿を完食したが、結構ガツンとくる量だった。
でもリィナの言う通り、少し濃いめで飽きの来ない味だったから、いくらでも食べられるという気持ちは分かった。
「マスター、お勘定はここに置いておくね」
「サンキュー! また来てくれよな!」
「うん、また来る」
「ごちそうさまでした」
「うむ! あ、そうだ。兄ちゃん、ちょっとこっちへ来てくれるか?」
「は、はい……?」
と、突然ガロに手招きされる。
耳を貸せと言われたのでそうすると、
「兄ちゃんよ。お前さんとリィナちゃんがどういう関係なのかは知らないが、これからも関係を持つようならちょくちょく気にかけてやってくれないか? あの子、ああ見えても結構繊細な子なんだ」
「は、はぁ……」
「ま、兄ちゃんは良い人そうだから心配いらないだろうがよ。ま、そういうことだ。リィナちゃんをよろしく頼むぜ!」
何をよろしくされたのかイマイチ分からないが、マスターのリィナに対する愛は物凄く感じた。
俺は少し困惑しながらも「はい」とだけ答えると、一礼。
店を後にし、勇者軍の本部へと向かった。




