39.リィナの力
”ガルルルルルルルゥゥゥ!”
叢から突如飛び出してきた魔物たちは鋭い眼光を向け、威嚇してくる。
「まさかこんなところに魔物が……」
数は目視できる範囲で6体。
もしかしたら近くに潜伏している可能性もあるけど……。
俺は荷物をすぐ傍に置き、ウエストポーチに潜ませておいた短剣を取り出そうとする……が。
「シオン、下がってて。ここはわたしがやる」
リィナは俺の前に塞がるように立つと、勢いよく黒ローブを脱ぎ捨てる。
「あ、あれは……」
リィナがローブを脱ぎ捨てた途端、真っ先に目に入ったのは彼女が腰に差していた一本の剣。
青と白を基調とし、鍔の部分には薔薇の花をモチーフにしたであろう特殊細工が施されていた。
(間違いない、あれは聖威剣だ)
形状は俺やリーフが持っているような片手直剣タイプではなく、細剣タイプの聖威剣。
あの薔薇の特殊細工が恐らくアンプルを挿入する部分なのだろう。
やたらと強い魔力を感じる。
(でも聖威剣を持っているってことは、リィナは……)
「切り裂け、自然の刃よ……≪解放せよ≫!」
リィナは解放の呪文を唱え、剣を一振りする。
……と、同時に目の前にいた魔物たちが次から次へと切り裂かれていく。
(たった一振りで……)
それはまるで空気の刃。
空気を聖威剣の能力で瞬間的に刃へと変換させた、ということなのか?
「……シオン、終わったよ」
「空気……刃……」
「シオン? どうかしたの?」
「え? あ、ああ……悪い、少し考え事をしていた」
しかしながらこの少女、かなりの腕前だ。
さっきの一振りを見ただけで分かった。
この子は相当な量の鍛錬をこなしてきていると。
それは太刀筋はもちろん、構え、そして振りに至るまでの全ての行動に表れていた。
「それよりも、さっきの凄いな。まさか一振りだけで撃退しちゃうなんて」
「あれくらい、朝飯前。この世に空気がある限り、わたしは無敵」
「空気……?」
「うん。わたしは空気を自在に操ることができるの。さっきのは空気を刃物に変換させて攻撃したってこと」
「空気を刃物に……」
ということはやはり俺の見立て通り、リィナは空気を使って魔物を倒したってことか。
解放の呪文も使っていたし、聖威剣の能力で間違いないだろう。
「何しているの、シオン。早く行こ」
「ん?」
と、気がつけば先を行くリィナに、
「あ、ああ! 今行く!」
俺は後を追うように再び歩き出した。
♦
「へぇ~、シオンは元々勇者だったんだ」
「まぁな。今は見ての通り、引退して鍛冶職人をやっているけど」
並列して森を歩く二人。
俺とリィナは昔の話で盛り上がっていた。
「だからシオンはわたしのさっきの能力を見ても驚かなかったんだね」
「聖威剣のか?」
「うん、普通の人なら腰を抜かすから。冒険者稼業とかやってない限りはね」
「ま……確かにすげぇなとは思ったけど」
それよりも色々と目につくポイントが盛り沢山だった、というのもある。
任務遂行のために軽装備を重視しているのか、結構露出度の高い服装をしてたし……。
ローブを着てもらっている方が落ち着く……というのは心の内に閉まっておくことにしよう。
「リィナは任務終えで本部に戻るところだったのか?」
「そうだよ。団長の命令でとある場所に単独遠征していてね。今日はその報告書を出しにきたんだ」
「単独遠征か。ってことは勇者歴は結構長い方なのか?」
「そうでもない。まだ軍に入って2年しか経ってないし」
基本、勇者軍では遠征の際は複数人でのチームが結成される。
例外として力ある勇者は単独任務を指示されることがあるが、そうではない限りそういった命令が下されることはない。
「それで単独任務を任されるのは凄いな」
「そんなことない。実際、同じ時期に軍に入った人の中でわたしよりも強くて逞しい人がいるし」
「そうなのか?」
「うん、あの人だけは圧倒的。そして、同時に憧れでもある存在。その人がいたから、わたしは強くなれたの」
「よっぽど好きなんだな。その人のことが」
「す、好き!?」
俺の何気ない一言にピンときたのか、いきなり動揺するリィナ。
頬を赤く染め、何やら考え込んでしまった。
「お、おい……顔赤いけど大丈夫か?」
「へ、へへ平気……これくらい全然!」
一気に先ほどまでのクールな感じが崩れていく。
よほどさっきの一言が心に響いたらしい。
なぜかは知らないけど……。
「し、シオンは……そういう人いないの?」
「憧れの人?」
「うん」
憧れの人か。
周りの人間なんてこれぽっちも見てなかったからそう言われると返答に困る。
今まで自己流で世の中を渡ってきた俺にとっては憧れの存在なんていなかったし。
でも……
「羨ましいなって思ったことならあるな」
「羨ましい……?」
「うん。自分もああやって生きられたら楽しいんだろうなって思っていた時期があった。結構中身のない人生を送ってきたからさ」
ただ強さだけを求めて奮闘していた過去。
それ以外は一切興味を示すことはなかった。
従い、従わせるというだけの人生を歩んできた俺にとって自由気ままに生きている人の姿を見ていると、純粋に羨ましいなって思ったんだ。
「じゃあ、わたしたちは結構似たもの同士なのかもね」
「似た者……同士?」
「そう。わたしも最初はその人のことを羨ましいなって思ってたの。自分にないものを持ってて……キラキラして見えて……」
リィナは間を置いて、話を続ける。
「でもそれがいつしか自分もそうなりたいなっていう夢に変わってて、その人は憧れの存在という形になってたの。初めは遠くからただ羨ましさで見ているだけだったのに……」
「そうか……変わることができたんだな、リィナは」
「……え?」
「それって自分を変えられたってことだろ? 立派なことじゃないか」
お世辞ではない。
自分を変えることができるというのは立派なことだ。
俺にはそれができなかったから余計にそう思える。
「立派って別にそこまでじゃ……」
「そんなことはない。自分を変えるってことは相当な努力をしないとできるもんじゃない。それにさっきの戦いを見て感じたよ。強くなるために必死に努力してきたんだなって」
「……」
リィナは唐突に黙り込んでしまうと、急に明後日の方向へ顔を向ける。
何だかさっきよりも顔は赤く、耳まで朱色に染まっていた。
「り、リィナ……?」
気になって顔を覗きこもうとするが、手で無理矢理押さえつけられる。
「み、見ないで……は、恥ずかしいから……」
「ほ、ほへっ?」
顔を押さえつけられるオレ。
てか、ちょっと力強すぎないか?
押さえつけられる力は徐々に強まっていく。
「ひょっ、リィナひゃん……ちかりゃが……」
「だ、だから見ないで!」
力はさらに強まる。
(ちょっ、やめ……輪郭が……顔の輪郭がぁぁぁぁ!)
激痛の中、俺はそう心の中で叫ぶ。
が、当然ながら俺の心の叫びは彼女の耳に届くことはなかった。




