38.ローブの中は
「……ぷはぁっーー! 生き返ったぁ」
渡した水袋を片手に元気を取り戻すローブの子。
(初めから水がほしいならそう言えばいいのに……)
でもこの猛暑で水がないというのは確かに致命的だ。
俺はいつも外で仕事をする時は脱水症状を防ぐために必ず水袋を持参する。
もしこのまま誰も通りかからなかったらこの子は間違いなく脱水症状に陥っていただろう。
「ありがと。もう大丈夫」
そう言ってローブの子は立ち上がりながら、水袋を返してくる。
「本当に大丈夫か? まだ座っていたほうが……」
「これくらい平気」
「そ、そうか?」
「うん。水を飲んだら一気に身体が軽くなった。あなたはわたしの命の恩人」
「恩人って……」
でもまぁ、何はともあれ元気を取り戻してくれて良かった。
もう少しここへ来るのが遅れていたらもっと大きな出来事になっていたかもしれないからな。
「助けてくれてありがとう。わたしはリィナ」
ローブを上げながら自己紹介をしてくる。
その素顔はかなりの美形で歳は大体10代中盤くらいかなといったところ。
琥珀色のショートヘアと海のように奥深さがある蒼色の瞳を持った美少女で体型はほっそりと華奢ではあるものの、出るべきところはしっかりと出ている。
あまり感情を出さない主義なのか雰囲気はミステリアスで知的な感じが前面に出ていた。
「シオンだ。シオン・ハルバード」
俺も追随して自己紹介を。
「よろしく、シオン。わたしのことは普通にリィナって呼んで」
「あ、ああ」
リィナはそう言いながら少しだけ微笑む。
そしてリィナの視線は近くに置いてあった大袋の方へと向けられる。
「あの袋はなに?」
「ん、ああ……あれはこれから王都へ運ぶ予定の品物だ。中には鎧や短剣などの武具が入ってる」
「え、シオンも王都に行くの?」
「そうだけど……もしかしてリィナも?」
「うん。わたしもお仕事でこれから王都へ行くところだったの」
「そうだったのか」
仕事……か。
一体何の仕事をしているのだろう。
見た感じ成人はしていないだろうから、定職にはつけないはずだけど。
「もし良かったら一緒に王都まで行かない? 色々とお礼もしたいし」
「別に構わないけど、そんなに気を使わなくてもいいんだぞ?」
「それはわたしの美学に反する。受けた恩はしっかりと返さないと」
「美学って……」
年不相応な言葉に困惑するも、律儀な所は素直に素晴らしいなと思った。
「じゃあ、決まり。早速行こ」
「お、おう」
……ということで俺はひょんなことから出会った少女、リィナと共に王都へと向かうことになった。
♦
「重たそうだね、それ」
「まぁな。でも何度かやっていることだから少しは慣れたよ」
額に汗を光らせ、袋を担ぎながら返答する。
するとそんな様子を見たリィナが、
「わたしも一個持つよ。その方がシオンの負担も減らせるし」
「いいのか? でもこれ結構重たいぞ?」
「大丈夫。わたしこう見えても力持ちだから」
(そんな感じには見えないが……)
でももしそれが本当ならかなり助かる。
王都までの道のりはまだ長いし……
「じゃ、じゃあ……」
俺は袋の一個を下ろし、リィナの目の前へ置く。
それをリィナは両手で持ち、担ごうとする――が。
「ん、んん~~~~~~! はぁ……」
力を込めて唸り声を上げるが、すぐに力の抜けた声へと変わる。
「ど、どうした?」
その姿を覗きこむ俺にリィナはこちらを向きながら、
「……重たい」
と、一言。
もう一度試みようとするが、やはり無理なようで袋はビクともしない。
「……こんなの無理。二本の腕じゃ持てない」
いや、腕の本数の問題じゃない気がするが……
「ま、まぁ無理はするな。やっぱり俺が持つよ」
俺は再び袋をよいしょと持ち上げる。
「ごめん、役に立てなくて……」
少ししょんぼりしながら謝ってくる。
もしかしてさっきの力持ち発言は俺の役に立ちたかったからそう言ったのだろうか?
「大丈夫、気にするな。それに元々これは俺の仕事だしな。気持ちだけ受け取っておくよ」
「う、うん……」
そんなやり取りをしながらも、俺たちは王都へと足を進めていく。
そして場所は王都へと続く道の途中にある森の入口へと差し掛かる。
ここを抜ければ王都はすぐ目の前。
俺たちはゆっくりながらも森の中へと入っていく。
……と、その時だ。
「ん? なんだこの感覚は……」
森の入り口に入ってすぐのこと。
俺は何か不審な気配を察知する。
この魔力反応……魔物か?
「シオン、ちょっと待って。何かがこっちに近づいてくる」
リィナもその気配を察知したようで互いに足を止める。
「分かるのか? この気配が」
「うん。多分……魔物」
驚いた。
まさかこの子も同じように魔力反応を感じることができるなんて。
(もしかして冒険者か何かなのか?)
そんなことを思っていると、突然すぐ近くの叢がガサガサと揺れ動きだす。
同時に歯ぎしりをするような音と共に、狼のような魔物が叢の中から勢いよく飛び出してきた。




