35.戻ってきた日常
一連の騒動から丸一日が経ち、俺は再び目を覚ました。
「ん、んん……」
目を開いた途端、見慣れない天井が視界に入る。
辺りを見渡しながら、身体をゆっくりと起きあげる。
まだ少し意識が朦朧としている中、状況を確認。
「ここは……どこだ?」
見たことのない部屋。
少なくとも俺がいつも住んでいる部屋ではない。
なんか変なぬいぐるみがいっぱい置いてあるし……。
「あれからどうなったんだっけ……」
一応ゴルドとの戦闘で気絶する前までの出来事はしっかりと覚えているが……。
「そういえば……グランは?」
そう思い、辺りを見渡すと……
『ここだ、シオン』
と、反応が。
俺の寝ていたベッドのすぐ横に立てかけてあった。
『お目覚めか、シオンよ』
「どれくらい眠ってた?」
『ざっと一日ってとこだ。でもあれだけの魔力を消費して尚この程度で済んだんだ。普通の人間なら死んでいてもおかしくはない』
とは言っても今まで気を失った経験は一度もない。
今回が初めてだ。
「3年のブランクが響いたってわけか」
『それは仕方ないことだ。お前も人の子。こういうこともある』
でも全盛期と比べてしまうと、自分の衰退を強く感じてしまう。
勇者を辞めてからも鍛錬を続けていたことが救いだったのかもと思うと尚更だ。
「あの後はどうなったんだ? それにここは……」
『そのことについては例の娘に直接聞くといい』
「例の娘……?」
と、その時だ。
突然、部屋の扉がギギーッと開く。
「あっ、しーちゃん! 目が覚めたんだね!」
「リーフ……?」
可憐な銀色の髪を後ろで束ねハーフアップにさせたリーフレットが部屋の中へと入って来る。
部屋着なのかモコモコした可愛らしいルームウェアを着ており、いつもと違うリーフレットの姿に新鮮さを感じた。
「なんでリーフがここに?」
「なんでって……ここがわたしの家だからだよ」
「い、家……!?」
話を聞けば、俺が気を失ってからすぐのこと。
リベルカが本部より要請していた医療部隊が到着し、俺はそのまま病院へと搬送。
一通りの検査を受け、原因は魔力負荷による身体的ダメージが大きかったことによって気を失ったのではないかという結論になり、命に別条はないとのこと。
入院の必要もないと判断され、万が一の時の為にとリーフレットが俺を自分の家へと運んでくれたらしい。
事後処理も団長であるリベルカが全て行い、召喚形跡などの詳しい調査はギルドへとお願いしたとのことだ。
「お医者様は最低でも一週間はこのままの状態だって言ってたけど、まさかこんなにも早く目覚めるなんて思わなかったよ」
一週間……。
でも普通ならそれくらい寝ていてもおかしくないほどの魔力は使ったと思う。
今までこんな経験はなかったから感じたことはなかったけど、魔力容量と比例して回復力もかなり高い方なのかもしれない。
「ごめん、リーフ。色々と迷惑をかけてしまったみたいで……」
「ううん、気にしないで。むしろもっと恩返ししてあげなきゃって思ってるくらいなんだから」
「なぜ……?」
「……だって、しーちゃんはわたし……いやわたしたちの命の恩人なんだもん。あの時、しーちゃんが来てくれなかったら今頃は……」
あの出来事のことを思い出し、悲し気な表情を浮かべ俯くリーフレット。
リーフレットは自分の無力さを嘆いていた。
何もできなかった。
守ることが出来なかった
……と。
俺は目をウルっとさせ、モジモジする彼女に一声かける。
「あまり過去のことを気にするな。……って、人のことを言えた立場じゃないけどな」
「追放されたって話のこと?」
「うん。でも今はもうスッキリしているよ。色々と混じり合っていた思いが全て吹っ飛んだような感じだ」
「そっか」
今まで心の奥底にそっと閉まっていたおいた様々な感情。
悔しさや復讐心といったことも含めたものだ。
ゴルドを倒した時、それら全ての感情が心の内から引いていくのを感じた。
「あっ、そうだ! 言い忘れていたことがあったんだ」
「ん……?」
そういうとリーフレットは手招きしながら、自分の耳にちょんと触れる。
よく分からないが、耳を貸せってことなのだろうか?
俺は不思議に首を傾げるも、顔だけをリーフレットの方へと近づける。
するとリーフレットは小さな声で、
「ありがと、しーちゃん。助けてくれて。すごくカッコよかったよ」
耳打ち。
それだけを言って顔をスッと離すと、彼女はニッコリと微笑んだ。
その輝かしくも可愛らしい笑顔に思わずドキッとしてしまう。
「べ、別に大したことはしてない」
「そんなことないよ! しーちゃんはわたしにとって英雄みたいな存在なんだから!」
「そんな大袈裟な……」
「大袈裟なんかじゃない! わたしは昔からしーちゃんのことを――」
と、ここでリーフレットは途端に話すのを止める。
「どうした? 何か言いかけたようだったけど……」
「う、ううん! 何でもないの!」
なんか慌てて言うのを止めたという感じ。
何を言おうとしていたのか気になったが、何となくそれ以上突っ込むのは止めた。
――が、その時だ。
突然、俺の腹からぐぅ~っと低く力のない音が奏でられる。
「お腹空いてるの?」
「あ、いや……」
自然現象とはいえ、他人にこの音を聞かれるのは恥ずかしい。
でもお腹が空いていることは紛れもない事実だった。
現に昨日から何も食べてないし……。
「じゃあ、わたしが何か作るよ!」
と、言うのはリーフレット。
何故だか知らないが、かなりのやる気を感じる。
「いや、でも流石にそこまでは……」
「いいのいいの! わたしに出来ることがあるなら何でもしてあげたいし!」
「で、でもせめて手伝いくらいは……」
と、言いながらベッドから身を乗り出そうとするが、
「それはダメッ! まだ治りかけなんだし、安静にしておかないと!」
怒られてしまった。
でもそれは彼女の優しさ故のこと。
「分かった。頼むよ、リーフ」
ここは素直に彼女の良心を受け取っておくべきだと考え、そう返答する。
するとリーフレットは目を輝かせながら、
「うんっ! じゃあ今から作って来るからちょっと待っててね!」
「ああ」
リーフレットはルンルン気分で部屋から去っていく。
よほど料理が好きなのか知らないが、元気を取り戻してくれて良かった。
「リーフの手料理かぁ……」
一体どんな料理が出てくるのだろうと楽しみにしつつも、俺はリーフレットが戻って来るのを待つことにした。




