32.カミングアウト
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溢れ出る膨大な魔力は目的地に近づけば近づくほど肌に染みて伝わって来る。
「近いな……」
途端に変わる空気の流れ。
すると、俺たちが行く道の少し先から激しい閃光が。
「そこか……!」
どうやらもう戦闘に入っているよう。
魔力と魔力の激しいぶつかり合いがここからでも感じられる。
俺はそのまま足を止めず、木々の間を駆け抜ける。
と、正面に複数の人影を視認。
少し目を凝らし見てみるとユーグ、リーフレット、リベルカらしき3人の勇者の姿があった。
そしてもう一人。
そのすぐ近くにいたのは不気味な黒いオーラを纏った者。
恐らくそいつがグランの言っていた魔人だ。
もう少し……と足を進める。
しかしその時だ。
その三人の内の一人が魔人に向かって突進していく姿が見受けられた。
あれは……リーフレットか?
リーフレットは聖威剣の能力であろう力を使い魔人に迫ろうとしていた。
……が、裏をかかれたのかリーフレットよりも魔人の攻撃の方が早かった。
「マズイ……!」
俺はギアを二段階も三段階も上げ、一気に加速。
二人の間に割り込む前に腕を伸ばし――
(……間に合った!)
リーフレットの腹部に向けて繰り出されようとした魔人の攻撃を何とか受け止める。
「んっ!?」
魔人は突然のことで驚いているご様子。
あとほんのコンマ1秒遅れていたら防ぎきることはできなかっただろう。
俺はそのままほんの少しだけ魔力を聖威剣に注ぎ込むと、その攻撃を弾き返した。
「ちっ!」
魔人は一旦距離を置き、後方へ下がる。
俺は魔人の攻撃を弾くと、すぐにリーフレットの方へと視線を向けた。
「大丈夫か?」
「し、しーちゃん……? どうして……それにその聖威剣……」
キョトンとした目でリーフレットは俺に質問してくる。
「ま、まぁ……色々あってな」
説明すると長くなりそうなので今は適当にごまかしておくことに。
「し、シオン……!?」
「シオン……貴方何故ここに……」
他の二人も俺の姿を見て目を見開く。
当然ながらいきなりの介入に動揺しているようだ。
「その件については全て終わった後にお話します。今はそれよりも……」
俺は再度魔人の方へと視線を変える。
さっきはリーフレットを守ることに必死で顔までは見ていなかったからな。
「今度は誰だ? この俺の邪魔をする愚か者は」
暗く視界の悪いこの場所で魔人の放つ太い声がその存在感を強く示す。
暗闇からスタスタと歩いてくる巨体の影。
その影はこちらに近づくにつれて少しずつ鮮明になっていく。
そしてその全貌が明らかとなった時、俺はその姿を見て心底驚いた。
「お、お前は……!」
「ん? お前は確か……」
向こうも俺の顔をしっかりと見た瞬間に「ん?」と顔を歪めた。
「ゴルド……魔人の正体はお前だったのか……」
忘れるはずもない。
この男は3年前に俺を勇者軍から追い出した張本人。
そして俺の人生そのものを大きく変えた元凶。
何年経ってもあの事実は決して俺の頭から離れることはない。
追放される直前のあのバカにするような笑みは今でもはっきりと覚えている。
「思い出したぞ。お前は3年前に俺のやり方を否定し歯向かった愚かな男。名前は確か……シオン・ハルバードと言ったな?」
ゴルドも俺のことを思い出したようだ。
「覚えててくださり、光栄です団長。いや……今は団長ではありませんか」
「何をしにきた? お前はもう勇者ではないはずだ。この俺が直々にお前を組織から追放し、その肩書を団長権限で奪ったはずなのだからな」
「つい……ほう?」
ゴルドのこの言葉に反応したのは真実を知らない二人。
特にリーフレットはすぐに俺の方へと質問を飛ばしてきた。
「つ、追放ってどういうことなのしーちゃん!」
「そ、そうだシオン! そんなこと初耳だぞ!」
ユーグも後に続いて質問を投げてくる。
リベルカだけは真実を知っていたため、何も言うことなくただ悲しそうに俯くだけだった。
そして俺も……しばらく何も言わずに黙っていた。
「お、おいシオン! 隠していることがあるなら言ってくれよ!」
「そ、そうだよしーちゃん!」
真実を知りたい二人は真剣な目をこちらに向けながらそう言ってくる。
しかし俺は中々喋りだすことができなかった。
沈黙の時間が続き、悪い空気が流れる。
「お前が言えないのならこの俺から特別に説明してやろう。そこにいる男の経緯をな」
俺が黙り続ける中、先に沈黙を破ったのはゴルドだった。
ゴルドは一瞬、俺の方を見て微笑すると、二人に説明を始めた。
俺がゴルドに任務に際してのやり方に物申したこと。
それによって掟破りという禁忌を起こしたことで、勇者としての肩書を取り上げられ、追放されたことまでの経緯。
そしてその真実を裏の力を使って隠蔽したことまでの全てがゴルドの口から語られた。
「お前たちはこの男が引退という形で勇者軍を去ったと思い込んでいるようだが、それは俺が部下にそう組織内に流すように言った作り話に過ぎない。当時はまだ年端もいかないガキだったとはいえ、それなりに力を持つSランクであったことに変わりはない。権限は持っていても、俺が独断でSランク勇者を追放させたと他の者に知られれば、計画に悪影響となる要因を生む可能性が出てくるからな」
「つ、作り話……?」
「ほ、本当なのか? シオン!」
真実を聞き、動揺する二人に俺はようやく口を開く。
「ああ……こいつの言っていることは事実だ」
「ってことは、お前は……!」
「黙っていて、ごめん……」
俺は唖然とする二人に謝罪する。
勇者軍と再び関わりを持つことになったあの日からいつかは皆に真実を言わないといけない日が来るだろうと、そう思っていた。
でも久しぶりにリーフレットやユーグたちと会って、本当に言うべきか悩んでいた。
二人が真実を知れば混乱を招くことは避けられない。
それにこのまま何も言わない方が彼らにとってもいいのかもしれないと思った。
下手に悩ませてしまい、他のことに支障が出てしまったらいけないな……って。
でもこれで誤魔化すことはできなくなった。
二人の表情を見る限り、まだ完全に信じ切れていない様子だった。
特にユーグは怒りからか眉間にシワを寄せ、握った拳を振るわせていた。
仲間意識の強いユーグにとっても、昔からの俺を知っているリーフレットにとっても今回のことは耐え難いことだろう。
これはもう二人から何を言われても仕方がない。
俯き、拳を強く握りながらそう思っていた時だ。
自分の元に近づいてくる何者かの影が見えた。
俺は顔を上げ、その影の正体を見ると、目の前に立っていたのは幼馴染のリーフレットだった。
「リーフ……?」
彼女は何も言わずにただ俺の目をじーっと見てくる。
辺りは静まり返り、風で木葉が靡く音が明瞭に聞こえてくる。
そしてほんの数秒の間だけそんな時間が続くと、途端にリーフレットは目を潤わせながら――
ぎゅっ。
「り、リーフ!?」
途端に俺の身体に手を回し、抱き着いてくる。
そしてそのまま抱き着きながら、リーフレットは話し始めた。
「わたしこそ、ごめんね。わたし、しーちゃんがそんな辛い思いをしていたなんて知らなかった。小さい頃からずっと一緒にいてしーちゃんを誰よりも傍で見てきたのに……何も気づいてあげられなかった……」
リーフレットは自らの心中にあった思いをそのまま言葉にする。
そんな彼女の姿を見て、俺もその思いに添うように抱き返す。
「リーフは何も悪くない。全ては俺が未熟だったからこそ招いたことなんだ」
それにこの真実はリベルカのような幹部衆以外を除けば誰も知らない話だ。
「だからリーフが謝ることはない。むしろ俺がもっと謝らないといけないことだ」
「で、でも……!」
リーフレットは顔を赤らめ、涙目になりながら俺を見てくる。
そんな彼女の優しさは昔から全然変わっていなかった。
ホント、お人好しなやつ。
でも……凄く嬉しかった。
こんなに自分を心配してくれる人がいる。
それが何より幸せであるということを俺はこの時、初めて分かった。
そして俺はある決意を固める。
「……ありがとうな、心配してくれて」
俺はリーフレットの頭にそっと手を乗せ、一言礼を言う。
もっと言うべき言葉はあったと思う。
でも語彙力に乏しい今の俺ではこれくらいしか言えなかった。
「リーフ……後は俺に任せてくれ。今回の件もそして自分の過去も含めて、あいつとは決着をつけたいんだ」
これが俺の決意。
今まで振り返りたくないばかりに押し殺してきた過去と向き合うという覚悟。
俺はそんな自らの想いをリーフレットに話すと、彼女は微笑みながら、
「分かった。しーちゃんがそう言うならわたしはその姿を最後まで見守るよ。幼馴染として」
そう言った。
「ありがとう、リーフ」
「俺も、お前の覚悟を最後まで見届けさせてもらうぜ」
「私もユーグと同じ意見です」
「ユーグ……リベルカさん」
俺とリーフレットの間にユーグとリベルカも入って来る。
「その代わり! 後できっちりと詫びを入れてもらうからな!」
冗談交じりに笑いながら俺の肩をバシバシと叩き、そう言うユーグ。
この温かさ……久しぶりだ。
仲間というものを感じ、普段は表情が硬い俺もこの時ばかりは笑みが零れる。
それと同時に、心の底から湧き上がって来る闘志が俺の決意を後押しした。
俺は三人に「ありがとう」とだけ述べると再びゴルドの方へ足を向けた。
「団欒の時間は終わったか?」
「……ああ。もう大丈夫だ。そろそろ始めよう」
もう余計なことは考えない。
自らの過去と決着をつけるため、そして自分のことを想ってくれる仲間の為に俺は剣を握り……戦う!
「覚悟しろ。もうお前の好き勝手にはさせない」
「誰が向かってこようが結果は同じだ。今の俺に勝てる者はいない」
「……それはどうかな?」
「ほう、どうやら自信があるようだな。いいだろう……まずはお前から殺してやる!」
睨み合う二人。
と、同時に高まり合う二つの魔力が周りの空気を一変させる。
「行くぞ、グラン!」
『ああ……!』
俺は両手で聖威剣を持ち、構える。
そして自身の持つ魔力を一気に――解放させた。




