03.勇者になっていた幼馴染
それからしばらくして、俺はその”女勇者”を客間へと連れて行った。
「粗茶ですが……」
「ありがとう、しーちゃん」
『しーちゃん』と俺のことをそう呼ぶ女勇者。
確かに親方の言う通り、この人が装着している鎧には勇者軍の紋章が刻まれていた。
「それにしてもまさかしーちゃんが鍛冶職人をしていたなんて驚きだよ! 勇者を辞めたって聞いてたからどうしているのかと思ってたけど……」
「え? なぜそのことを……」
「ふっふ~ん♪ 私にかかればそんな情報すぐにでも手に入れることができるわ♪」
頭のアホ毛がゆらゆらとご機嫌に揺れている。
てか、それって個人情報漏洩で組織的にマズイんじゃ……ってそんなことは今はどうでもいい。
それにしても一体この人は誰なんだ?
(しーちゃんってのは確かにガキの頃によく村の人たちに言われていた愛称だが……)
こんな美少女の知り合いを持った記憶はない。
勇者時代に仕事上で関わった異性の人もいるが、見覚えはなかった。
あ、ちなみに補足説明になってしまうが、俺は生粋の童貞である。
彼女いない歴=年齢!!(誇れることではない)
今までまともな(とはいっても人並み程度の)関係を築いてきた異性と言えば幼馴染のリーフレットくらいで、それ以外は悲しいことに出会いすらも全くない人生だった。
それは鍛冶職人となった今でも現在進行形。
思い出すだけでも泣けてくる。
「ん、どうしたのしーちゃん?」
「え? ああいや何でもない……です」
やはり人違いをしているのではないかと思う。
仮に知り合いだったとしても――
「んーーー? なんか久しぶりに再会したっていうのに反応薄くない?」
と、考えている最中、俺の顔を覗きこみながらそう話してくる。
久しぶりに再会? 一体何のことを……
「あっ、まさかわたしが誰だか分かっていなかったり?」
笑い混じりに女勇者はそう言うが、その通りです。
冗談よね? みたいな雰囲気出してますが、違います。
ガチで分からないんです、はい。
「え、えっと……」
何て返答すれば分からず困るオレ。
そんなたどたどしい俺を見るとさすがの女勇者も察したのか少し焦りを見せ始める。
「あはははっ! 流石にそれはない……よね?」
「えーっと、残念ながらそのまさかなんだが……」
俺は少し申し訳なさそうに自分の心の内を伝える。
すると女勇者は大きく目を見開き、
「え……本当に覚えてないの? わたしよ、わたし!」
いや、そんなオレオレ! みたいな悪党が善人を騙そうとする時に使いそうな言い回しで言われても……。
そう思いながら俺は無言で頷く。
「ひ、酷い……いくら8年ぶりだからって幼馴染の顔も忘れちゃったなんて……」
「え、幼馴染だって?」
俺はそのワードでピンッと来た。
そして同時にまさか……? という考えがふと浮かんでくる。
確かに冷静によく見てみるとかつてのリーフレットの面影があった。
まだ確信には至っていないが……。
「そんなまさか。お前、リーフ……なのか?」
一応確認のため聞いてみる。
すると返答はすぐにきた。
「ええ、そうよ。信じられない?」
「い、いや……そういうわけじゃ」
「その様子だとまだ信じ切れていないようだね」
先ほどまでのテンションとは一変して、少し不満そうに頬を膨らませる。
「ならこれならどうかな?」
そう言って女勇者は銀色の髪を左右に分けて二本に束ねる。
そして最後に銀フレームの眼鏡をかけて――
「ほら、これでわたしだって分かるでしょ?」
「う、うそ……だろ」
驚愕。
その姿はまさしくかつてのリーフレットそのものだった。
地味な眼鏡におさげが特徴的だった当時の面影が一気に前面に出てきた。
成長はしていて分からなかったけど、間違いない。
彼女は幼馴染だったリーフレット本人だ。
「あ、その顔だとようやく気がついた感じ?」
「あ、ああ。まさかあのリーフだったなんて……」
「ふふふ、驚いた?」
「いや、驚くも何も変わり過ぎだって! 全然気づかなかったわ!」
変わりすぎだというのは容姿だけではない。
中身も立ち居振る舞いも全て別人のようになっていた。
(当時は冴えない地味な感じだったけど……)
今や彼女はその正反対をいく変化を遂げていた。
その上かなりの美少女になっていて本当にリーフレットなのかと真実を知った今でも疑いの念を持ってしまうほどだった。
「しーちゃんは全然変わってないからすぐに分かったよ」
「そ、そうか? 俺もあの時に比べれば少しは男前になったと思うが」
「うーーん? そうかな?」
「ッ……!」
首を傾げ眉を寄せるリーフレット。
悲しいことに俺の渾身の冗談はあっさりと流されてしまった。
冗談とはいえ、面と向かってそう言われると少しショックである。
「それよりもリーフ。一つ気になることがあるんだが」
「ん、なに?」
話題を変え、俺はあることを聞くことに。
そう、俺がさっきからずっと気になっていたことだ。
「お前が着用しているその鎧って勇者軍の物だろ?」
「う、うん。そうだけど、それが?」
「い、いやいやいや! それがって……お前。まさか、勇者になったのか?」
驚きのあまり途切れ途切れになる俺にリーフは笑顔で、
「うん、そうだよ!」
ま、マジかよ。
あのリーフレットが勇者? あの小さな虫如きでビビりまくっていたあのリーフレットが!?
驚きの連続でまた俺の脳内が機能停止に陥りそうになる。
だが驚くのはこれだけではなかった。
「あ、あとこう見えてもわたし、Sランク勇者なんだ~♪」
……は?
ニコニコと笑みが絶えることないリーフに反し、俺は驚きの反動で終始真顔だった。
「え、Sランクって……お前が?」
「なによ。わたしがSランク勇者なのがそんなにおかしい?」
「いや……おかしいというか信じられんというか」
ってことは勇者軍では幹部級か俺のような大隊の隊長レベルにまで上り詰めたってことか?
自分で言うのもあれだが、相当な実力者でないとSランク認定はされない。
最低でも上位魔族を数百……いや数千は屠っていないとギルドからは認めてもらえないからな。
だから勇者軍でもSランク認定されているのは組織の上の人間のみで数えるほどしかいない。
そんな勇者の中でもエリート中のエリートにリーフレットが?
半信半疑だった。
しかし――
「うーん……じゃあ、証拠を見せてあげる!」
……と言って渡されたのはリーフの認識票だった。
軍に入る時に個人個人を識別するために渡される鉄で作られた小さなプレートだ。
分かりやすいようにランクごとで色分けが施されている。
ちなみに一番上のSランクは認識票の色は金色となっている。
で、肝心のリーフから渡された認識票の色は――
「き、金色……だと」
「ほら、嘘じゃないでしょ? ホント、しーちゃんは疑い深いんだからぁ」
俺は一瞬目を疑ったが、どっからどうみても認識票の色は金色だった。
(本当にSランクなんだな……)
……唐突ながらこの日、俺は8年ぶりに幼馴染と再会した。
地味で臆病で口数が少なくて……虫一匹もまともに殺せないような女の子のはずだった。
が、今のリーフレットは容姿も性格も口調も別人のようになっていた。
そして勇者の名に相応しい豪勢な鎧を身に纏い、腰にはたいそう立派な剣を差し、一人前の勇者に成長していたのだ。
しかもその実力はSランク級ときた。
今でも信じられない。
だが、証拠を見る限り信じざるをえないだろう。
かつて冴えない印象が強かった幼馴染が8年という時を経て、ハイスペック幼馴染へと変貌を遂げていたという驚愕の事実を。