29.助太刀
「混血……児?」
「そう、俺は人間である母親と魔族である父親の間で生まれたハーフなのだ。だから聖魂を持つことができ、同時に魔族特有の身体能力も手に入れることができた」
「だから聖威剣を覚醒させることが……」
「まぁ聖威剣を覚醒できるかどうか正直なところ運任せだったがな」
……と、ゴルドは突然手元から聖威剣を出現させ、浮遊するそれを片手でガシッと握る。
大きな身体に見合った大型の聖威剣が紫の薄気味悪い色を輝かせている。
ゴルドはその大きな聖威剣の剣先をリベルカの方へ向け、微笑すると、
「さて、無駄話はこれくらいでもういいだろう。そろそろ始めるとしよう」
「そうですね。私も全てを知ってしまった以上、覚悟を決めなければなりません」
リベルカは続ける。
「今では後悔しています。あの事件の日、迷うことなく貴方を殺しておくべきだったと!」
周りの人間は即刻処刑すべきだと口を揃えて言った。
でも当時、まだ情報源が足りていなかったのもあってか簡単に処刑はできなかった。
それにリベルカは悩んでいた。
本当にそれが全て真実であるのかということを。
もしかしたら冤罪かもしれない。
証拠はあっても何かの間違いかもしれない。
リベルカは組織の幹部として誰よりもゴルドを見てきた。
目的はどうであれ、ゴルドはどの者よりも優秀だった。
組織を統率する能力だけじゃない。
統率するに値する実力も持ち、尚且つ組織の頂点に君臨するだけの器を持っていた。
やり方はどうであれ、勇者軍を強くするために尽力していたことがあったのも事実。
だからリベルカは全てが曝された後でも心のどこかで信じ切れていなかったのだ。
そんな力ある人間がこんな悪行に及ぶのかということを……。
「でもこうして真実を聞き、そして貴方のその笑いを見て確信しました。全ては私の甘さが原因だったと。私のくだらない情が勇者軍の株を大きく下げてしまう原因になってしまったと。だからもう迷いません。この命に代えても私は……」
リベルカは聖威剣を強く握ったまま顔を上げ、ゴルドに訴えかけるように話す。
「貴方を……この場で処刑します……!」
リベルカは言葉と同時に自身の魔力を解放。
全身に魔力のオーラを纏わせ、辺りに散らばっていた木の葉は一瞬にして吹き飛んでいく。
それをあざ笑うかのように見つめながらゴルドは、
「ほう、この俺を処刑する……か。面白い……」
ゴルドも右手に持った聖威剣を軽く構え、ニヤリと笑う。
「でもいいのか? そう簡単に命をかけると言ってしまって。お前は自分の立場を理解しているのか?」
「理解しているからこそです。私があの時、貴方を躊躇なく罪人として殺しておけばこんなことにはならなかった。罪を償わなければならないのは私も同じです」
「なるほど。流石は竜殺しと下級魔族たちに恐れられているだけはある。大した覚悟だ」
竜殺しというのは数年前、リベルカが魔族たちの影響で侵食されたドラゴン三体を纏めて討伐したことによって付けられた異名。
その時の勇姿は魔族たちに大きな影響を与え、彼らの間でこのような異名が付けられたという。
「だが……」
ゴルドは聖威剣を軽く握り、少しずつ魔力を解放していく。
解放の呪文はまだ唱えていない。
だがそれだけでもゴルドの魔力はとんでもないほど全身から溢れ出てくる。
「俺には……通用しない」
これは出まかせで言っているわけじゃない。
紛れもない真実だ。
常人では考えられないほどの覇気がリベルカを襲う。
これだけでも普通の人間なら気絶してしまうレベルだろう。
でもリベルカは決して後ずさりなどせず、ただゴルドだけを見つめて剣を構える。
二人の魔力は人を超越するレベルでどんどん膨れ上がっていく。
辺りに生えている木々は突風により激しく揺れ動き、近くに身を潜めていた動物たちは逃げ帰るように去っていく。
しかし二人の魔力の増幅は留まることを知らない。
「ゴルド・エンブラント、覚悟……!」
――≪解放せよ≫
その言葉と共にリベルカの口からは解放の呪文が言い放たれる。
そして同時に魔力を全解放させると――リベルカはゴルドへその鋭い刃を向けた。
「はぁぁぁぁぁぁッ!」
特殊能力ではある瞬間転移を用い、リベルカは易々とゴルドの背後を取る。
だが、
「甘いな」
ゴルドは後ろすら振り向かず、聖威剣のみを背後に向け、リベルカの攻撃を完璧に防ぐ。
リベルカは弾かれた衝撃で態勢を崩す、が……
「まだです!」
ゴルドの動きを想定していたのか弾かれた直後に瞬間転移を使い、今度は側面から息をつく間もなく攻撃をする。
「ふんっ!」
しかしゴルドはこの攻撃も読んでいたのかその巨体を俊敏に動かし、剣身でガード。
瞬間、ゴルドはリベルカの顔前に手を近づけると魔力の波動だけで彼女を軽々と吹き飛ばす。
「ッッ!」
リベルカは一回転しつつも態勢を整え、着地。
だがゴルドの動きはリベルカよりも遥かに上をいっていた。
「残念だ。少しは楽しめるかと思っていたが、まさかここまで腕が落ちていたとは」
「……ッ!?」
突然耳元に聞こえてきたその声に反応し、リベルカは顔を上げる。
と、目の前には自分の図体より何倍もある大きな巨体が見えていた。
「そ、そんな……」
ゴルドは既に聖威剣を空高く上げ、いつでも切りかかれる態勢を整えていた。
「本当はこんなに早く殺すつもりじゃなかったが……この程度じゃ致し方ない」
リベルカは着地の反動で動けず、ただ唖然とゴルドを見上げるばかりで何もできなかった。
それに反してゴルドは余裕綽綽の笑みを浮かべると顔を真っ青にするリベルカに、
「……さらばだ、リベルカよ。あの世で自分の弱さを深く後悔するといい」
冥土に送る前の最後の一言を添え、ゴルドは躊躇なく聖威剣を振りかざす。
『殺される……』
リベルカの脳裏にはそんな言葉がよぎった。
諦めて目を瞑り、殺される覚悟を決めた……その時だった。
だんちょーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーうッ!!
どこからか聞こえる若者の叫び声。
と、同時に二人以外の剣がゴルドとリベルカの間に割って入った。
しかも一つじゃない。
二つの剣が同時に割って入り、振りかざすゴルドの聖威剣を受け止めたのだ。




