226.トリガー
「もう一つの人格を呼び覚ますって……本気なの?」
「はい。我儘を言っているのは分かっています。でもこれはまたとないチャンスだと思ったんです」
「チャンス?」
「私の人格暴走は魔力の制御によって変わってくる。そうですよね、グランさん」
『我の仮説が正しければな。だが限りなく真実に近いのは確かだろう』
「というかそもそもグランはなんで魔力制御でリラちゃんの人格変異を抑えられるって分かったんだ?」
グランが有能なのは百も承知なのだが、疑問だったのだ。
いくらグランでも使用者の聖魂に触れてみないことには中身を知ることは出来ないはず。
そして使用者の聖魂に触れるには解放の呪文を唱えてからじゃないとダメだし……
『ふむ、まぁ正直なところその辺は勘が働いたのだ』
「勘?」
『ああ。彼女が我に触れた時、凄まじい量の魔力反応を感じた。その上、少し特殊な魔力循環を持っていたことが分かったのだ』
「特殊な魔力循環ですか?」
『普通人の体内を循環する魔力の流れは一定であり、規則性がある。まぁシオンみたいな魔力バカだと話は変わってくるがな』
「悪かったな、魔力バカで。でもその話だとリラちゃんの魔力循環って……」
「かなり不規則なものになっている。お前ほどではないが、魔力量も相当なものだ。そしてその魔力量が彼女の体内に流れる魔力の不規則循環に拍車をかけている」
つまり、リラちゃんの魔力の流れが不安定でかつその膨大な魔力量のせいで更に悪化させているってわけか。
『最初は考えすぎかと思っていたが、リミッターの下限をできる限りまで下げておいて良かった。当初考えていたリミッター制限であれば人格の変化は避けられなかっただろう』
「となればグランがさっき言っていた仮説に信憑性が出てくるな。でもその話の筋だと魔力制御だけじゃ、人格のコントロールは出来ても聖威剣からの力の解放は半減してしまうんじゃないか?」
『その通りだ』
「えっと、つまり人格の変化に対応できても本来の力が発揮できないということでしょうか?」
『端的に言えばそうなる。お前の力の源は魔力を媒体に聖威剣が不規則性を持つ魔力循環を促進させているからだ。その代償が人格の変異と深く繋がっている。我はそう見ている』
「でもリラちゃんの人格変異って生まれ持ったものじゃ? 確か多重人格合併症だったけ?」
「はい……」
リラちゃんがコクリと頷くと、
『ならばリラよ、お前に一つ聞きたいことがある』
「な、なんでしょうか?」
『勇者になってから自分の人格変異を自己認識したことはあったか? なんでもいい。突然、自分の理性を奪われるような出来事はあったか?』
リラちゃんはうーんと考え込むが、はっと何かを思いつくように表情を変えた。
「そういえば勇者になってから前みたいに突然もう一つの人格が出てくることはなくなった気がします。前は感情の高ぶりとか何か心に影響するきっかけがあって発現していたみたいですが、勇者になってからそのような話は聞いていません。その……変異している時の記憶がないのではっきりとは言えませんが」
『ふむ、ならば聖魂を覚醒させた時に変異のトリガーが変わったのだろうな』
「聖威剣の解放が感情の変化で起きていた人格変異のきっかけに変わったと?」
『そういうことだ。そしてこれら全ての仮説が正しければリラの体内の魔力循環さえどうにか制御できれば力のコントロールも可能になる。もちろん理性を保ったままな』
まぁ理論上だとそうなるだろうけど……
「できるのか? そんなことが……」
『さぁな。それは彼女次第だ。最悪下手に力の制御を誤れば本来の彼女が持つ人格が飲み込まれてしまう可能性だってある』
「それって今のリラちゃんの人格が……」
『跡形もなく吹き飛ぶということだ』
「そんな……」
やろうにも一生モノになるかもしれない危険な賭けになるってことか。
そんなこと正直、させるわけにはいかない。
知っているなら、尚更だ。
でもそうはいかないんだろうな。
『リラよ、どうする? 今の話を聞いてなお、もう一つの自分と向き合ってみる気はあるか?」
グランの問いはもはや意味を為していなかった。
彼女の顔はもう戦う人間のものになっていた。
そしてリラちゃんは深く息を吸うと、ただ一言……決意を示した。
「もちろん、やります……いえ、やらせてください!」




