211.堕ち行く心
久々の更新です!
長らく更新できず、申し訳ございません。
あとこの度ペンネームを変更することになりました。
詳細は活動報告にて書いてありますので、良ければご一読していただければと思います!
「ここにいたのか」
広々とした病棟の屋上に、一人の人影を視認する。
俺が探していた男は脇にあったベンチに腰をかけていた。
「シオン。来てくれたのか」
「そりゃあな。隣いいか?」
「ああ」
男は俺の方を見るとコクリと頷く。
「こんなに広々としているのに、なんでこんな隅っこにいるんだ?」
広い屋上は日の当たる中央部にもベンチはあった。
そっちの方が景色もいいし、風も感じられるし、断然に良い。
……はずだが、この男は何故だか薄暗い隅っこのベンチにいた。
「俺はこっちの方が好きなんだよ。あそこのベンチはロケーションこそいいだろうが、ちと太陽が眩しすぎる」
男はらしくもない言葉を吐いた。
いや、むしろこれが本来の彼なのだろう。
男はじっと柵の先にある限られた景色を眺めていた。
「珍しいな。お前はてっきり向こう側を好む人間だと思ったが」
むしろ俺の方がそっち側の人間なはず。
少なくとも昔の俺はそうだった。
そして見事に対照的だったのが、彼だった。
まるで光と影のようだと、当時は思ったものだ。
「はは、それは客観的に見ての話だろ? 本来の俺のこっちだ」
変わらない腑抜けた笑みを見せながら、男は言った。
「分かりやすいな」
「何がだ?」
「単純に感情を隠すのが下手だなぁと思ってさ。あ、それは昔からだったか」
俺が軽い感じでそういうと、男はフッと微笑した。
「こんなのお前にしか見せねぇよ。他の連中に見られたら、即死するわ」
「だろうな」
今の彼は普段から想像もつかない状態だった。
持ち前の明るさは微塵もなく、息をするように吐くジョークも一切ない。
〝普段〟のユーグを知る人物がここにいたら、「え、お前だれ?」みたいな感じになるだろう。
「どうしたんだ?」
俺が一言飛ばすと、男は躊躇なく答えた。
「やられたよ」
その一言だけ放った。
質問の答えとしては、明らかに情報不足だが、俺には分かった。
「例の魔人か?」
俺の言葉に男は頷く。
「圧倒的だった。読んで字のごとく手も足も出なかった。いや、出せなかったというべきか」
軽いジョークを飛ばしたつもりだったのだろうが、彼の顔は笑ってはいなかった。
むしろ、段々と険しくなっていく。
「バルガの時からだいぶ鍛錬を積んだつもりだったのに、なんでこうも……」
男は右手を握りしめると、軽くベンチを叩いた。
彼がこんなにも負の感情を露わにするのは珍しい。
つまり、彼の心はそれほどまでに追い込まれているということだ。
「ユーグ、あまり深く考えるな。あれは今まで俺たちが相手したやつとは格が違った。今までの経験と比べるのはナンセンスだ」
「だが、あれもいずれは倒さなければいけない相手だ。なのに……次元が違いすぎた。まるで赤子のように扱われていた。……仮にもSを冠する勇者である俺が、遊ばれていたんだ」
語調が少しずつ荒くなっていく。
言葉一つ一つに彼の悔しいという想いが滲み出ていた。
「落ち着け、ユーグ。少しは冷静に――」
「冷静になっていられるかっ!」
彼は俺の言葉を跳ねのけ、その叫びは広場全体にこだました。
「無駄だったんだ。あの次元は到底人が及ぶ範囲じゃない。勇者だろうがなんだろうが、奴に敵う人類はいない!」
「そう思うのか?」
「ああ、そうさ! それともお前は奴に勝てる術でもあるというのか?」
「そんなものはない。けど……」
そんなものがあるのならぜひとも教えてほしい。
でも術がないからといって勝てないというのはイコールにはならない。
「諦めるには時期尚早だ。生きている限り、俺たちはどこまでも強くなれる。今までもそうして勝利を掴んできただろ? だから――」
「それはお前の功績があっての話だ。今まで魔人を倒してきたので、俺でもリーフレットちゃんでも、リィナちゃんでも他の誰でもない。お前がいたからこそ、成しえたことなんだ」
「……俺がいたから勝てた……そう言いたいのか?」
「そうだ! 実際その通りだろ? お前の強さは周りからすれば別格だ。あまり自覚はないかもしれないけどな。俺たち一般人からしたら、お前も十分にバケモノクラスだ。さっきの意見もお前だからこそ言えることだ。強者だからこそ、余裕を持てる。でも、俺はお前とは違う。もし同列で語っているのなら、その意見に意味なんてない。そもそもお前と俺でさえ、次元が――!」
「分かった。もうそれ以上は言うな」
よくわかった。
多分このままじゃなんの改善もされないだろう。
きっかけか何かがない限りは。
「少し時間をくれないか? 付き合ってもらいたいことがある」
「はぁ? 付き合うって、何をだ?」
「後で話す。今はとりあえずついてこい」
興奮する彼に、俺は必要最低限の情報だけを与える。
そして無理やり彼を屋上から連れ出すと、病棟内のとある場所へと向かった。




