206.殺害宣言
『シオン……シオン……!』
脳裏に響くその声。
その声は相手の手のひらの中で拘束されていた俺に再び活気をもたらす。
「なんだ、これは……! 僕の力が、押されている?」
締め付けられていた身体をじわじわと解くように。
身体は徐々に言うことを聞いてくれるようになった。
暗く沈んでいた視界が少しずつ光を取り戻していく。
そして聞き慣れたあの声が俺に脳にスッと入ってきた。
『シオン! 生きているか!』
光が広がるのと同時に。
俺の目の前にグランが現れる。
「ふぅ、何とか届いたみたいだな」
『その様子だと、まだまだ余裕があるみたいだな』
「余裕なもんか。これでも全身に痛みが回りすぎておかしくなりそうなんだぞ」
それでもまだ軽口を叩けるのはグランが来てくれたからだろう。
グランから得られる魔力が俺にこの空間を埋め尽くす邪悪な何かから守ってくれていた。
それでも結構きついが。
「グラン、お喋りはまた後にしよう。今はこのふざけた世界をぶっ壊さないと」
『そうだな。だが魔力の方は大丈夫か?』
「問題ない。これだけあれば十分だ」
俺はグランを握りしめると、天に向かって勢いよく突き刺した。
「行くぞ、グラン! ≪解放せよ≫!」
グランと俺の魔力が空間全体に広がっていく。
パレットに乗せた絵の具を用途ごとに別の色へと塗り替えていくように、この空間は完全に俺たちの色へと染まっていく。
「くっ、これ流石にマズいかな……」
俺を縛り上げていたものが無くなっていく。
色が空間全体を埋め尽くした時、バリンバリンと空間に亀裂が入っていった。
「これで、仕上げだ。一斉解放!」
更に魔力を解放させると。
時間と共に空間そのものが崩れ去っていく。
そして。
眩しい光と共に、俺たちは再び現実の世界へと戻ってきた。
「……戻ったのか」
奴の作った空間は完全に消え、先ほどまで見ていた景色が広がる。
「みんなは……?」
周りを見渡すと、地面に伏すみんなの姿があった。
「リーフ、ユーグ、リィナ!」
『三人なら大丈夫だ。お前のおかげで大事には至っていない。気を失っているだけだ』
「そうか……」
それを聞いてほっとする。
だが、俺と同様の苦痛を味わったのは間違いない。
正直、俺も途中でグランが来てくれていなかったら……
「ふ、ふふふっ! なるほどね、ゴルドたちが手を焼くわけだ」
安堵する中、背後では耳障りな高笑いをあげる奴の姿があった。
まるでこの状況を楽しんでいるかのように。
ヴァンゴッドの表情は緩んでいた。
「そんなに面白いか?」
「ああ、凄く面白かったよ。まさかあの状況で聖魂の力を利用して、その黒剣を呼び寄せ、魔力まで取り戻すなんてね。見事に抜け穴を通られてしまったよ。いくら僕とはいえ、魂は傷つけることはできても聖魂までは干渉することは出来ないからね。いやはや、それでも驚きなんだけど」
相当、興奮しているようで。
先ほどの冷静で爽やかな雰囲気から、一気に騒々しくなった。
だがそんなことはどうでもいい。
「今はこのクソ魔人に――」
剣をヴァンゴッドに向けたその時だ。
突然、空を切り裂くように謎のゲートが現れた。
「おっと、どうやらタイムオーバーみたいだ。ま、僕としてはいいものを見れたし今日のところは満足かな」
「おい待て!」
「そう焦らなくても近いうちに再戦出来るよ。……君がまだ生きていれば、の話だけど」
「なに?」
「ふふっ、それじゃ楽しかったよ」
ヴァンゴッドはふわっと宙に浮くと、ゲートに吸い込まれるようにして姿を消した。
「逃げたか」
『まぁ、あの場面で戦っても得られるものはない。それよりも今は』
「ああ、みんなを医療室まで運ぼう。ついでに軍の方にも報告を入れないと。運ぶのを手伝ってくれ」
『了解した』
荒らされた遊園地を高台から眺めながら。
俺はグランと共に倒れたみんなを軍の医療室まで運ぶのだった。
♦
一方で、魔界へと帰還したヴァンゴッドは難しい表情を浮かべていた。
「ヴァンゴッド様、おかえりなさいませ」
「ああ……」
「どうかされましたか?」
「いや、何でもない。疲れたから、次の仕事まで少し休ませてもらうよ」
「か、かしこまりました」
ゲートの先で待っていたベルモットを後に。
ヴァンゴッドは一人、自室に向かった。
執務用の椅子に腰を掛け、ヴァンゴッドは険しい表情を浮かべると。
「まさか、僕の創造魔法を解き、その上破壊までされてしまうなんてね。ふふ……ふふっ、こりゃ主様も恐れるわけだ。……シオン・ハルバード、次に会う時は必ず君を……」
〝この手で、殺してあげよう〟




